「書く」という行為と思考の整理:セロトニン分泌を促すセルフケアの脳科学

頭の中が整理されていない思考で満たされ、何から手をつければ良いのか分からなくなる。現代社会では、多くの人が情報過多による思考の飽和状態を経験しているのではないでしょうか。「ジャーナリングが有効である」という話はよく聞かれますが、その効果がなぜ生まれるのか、脳科学的な仕組みまでを理解している人は少ないかもしれません。

本稿では、「書く」という行為が私たちの脳内でどのようなプロセスを引き起こし、なぜそれが心理的な安定をもたらす手法となり得るのかを解説します。この記事を読み終える頃には、「書く」ことが手軽で効果的な脳のメンテナンス方法の一つであるとご理解いただけるでしょう。

当メディア『人生とポートフォリオ』では、人生を構成する重要な要素の一つとして「健康」を位置づけています。中でも脳のコンディションは、思考や感情、ひいては人生のあらゆる意思決定の質を左右する基盤です。本稿は、ピラーコンテンツである『脳内物質』の系譜に連なる「ライフスタイル薬理学」というサブクラスターに属し、日々の生活習慣がいかにして私たちの脳を最適化し得るかを探求するものです。

目次

なぜ「書く」と思考は整理されるのか:前頭前野の働き

頭の中に浮かぶ漠然とした不安やアイデアは、言語化されていない状態では、明確な輪郭を持たない情報と言えます。これらを「書く」という行為は、それらの情報に構造を与えるプロセスです。この言語化の過程で中心的な役割を果たすのが、高次の認知機能を司る「前頭前野」です。

思考を文章にするためには、言葉を選び、文法に沿って組み立て、論理的なつながりを持たせる必要があります。この一連の作業は、情報の取捨選択、優先順位付け、そして構造化といった、前頭前野が担う高度な認知機能を要求します。

つまり、書くという行為そのものが、前頭前野を活性化させるための効果的な認知活動となるのです。頭の中で無秩序に存在していた思考の断片が、構造化された文章として外部に出力されることで、私たちは自身の思考を客観的に認識し、その全体像を把握できるようになります。これが、ジャーナリングが思考整理に効果を発揮する脳科学的な理由の一つです。

感情の安定化と扁桃体の役割

私たちの脳には、不安や恐怖といった情動的な反応に関わる「扁桃体」という部位が存在します。ストレスに晒されたり、強い不安を感じたりすると、この扁桃体が過剰に活動し、冷静な判断が難しくなることがあります。これが、情動的な反応が過剰になる状態です。

ここで重要になるのが、前頭前野との関係性です。脳科学の研究では、理性を司る前頭前野が活性化すると、情動を司る扁桃体の活動が抑制される「トップダウン制御」と呼ばれる仕組みがあることが分かっています。

「書く」という行為は、このトップダウン制御を促すきっかけとなります。例えば、漠然とした不安について書き出すとします。「何が不安なのか」「なぜそう感じるのか」を言語化し、文章に落とし込むプロセスは、感情そのものではなく、感情を「対象」として分析する理知的な作業です。この作業に集中することで前頭前野が優位に働き始め、結果として扁桃体の過剰な興奮が抑制されていくのです。感情を書き出すことは、感情に圧倒されるのではなく、感情を客観的に認識し、対処する方法を学ぶための実践的な訓練と言えるでしょう。

「書く」というリズムとセロトニン神経

精神の安定や気分の調整に深く関わる脳内物質として「セロトニン」が知られています。セロトニン神経は、ウォーキングや咀嚼、呼吸といったリズミカルな運動によって活性化されることが多くの研究で示唆されています。

そして、「書く」という行為もまた、一種のリズム運動であると捉えることができます。ペンで文字を書く、あるいはキーボードをタイピングする。これらの身体的なリズムと、思考を言語化し、言葉を連ねていくという知的なリズムが組み合わさることで、脳は集中状態に入りやすくなります。

このリズミカルな知的作業が、セロトニン神経を刺激し、精神的な安定をもたらす可能性があります。ジャーナリングを終えた後に感じる、頭が整理され、気分が落ち着く感覚。その背景には、思考が整理されたことによる認知的な効果だけでなく、セロトニンが分泌されたことによる神経化学的な効果が存在する可能性が考えられます。これこそが、ジャーナリングが持つ心理的効果の重要な要素の一つです。

ライフスタイル薬理学としてのジャーナリング実践法

当メディアが提唱する「ライフスタイル薬理学」とは、薬物療法に頼る前に、食事、運動、睡眠、そして本稿で取り上げた「書く」ことのような、日々の生活習慣を通じて脳内環境を最適化しようとするアプローチです。ジャーナリングは、その中でも特に手軽に始められる実践的な手法です。

時間と場所を決める

習慣化のためには、特定の行動を特定の状況と結びつけることが有効です。例えば、「毎朝、コーヒーを淹れた後の5分間」や「就寝前の10分間」など、生活リズムの中に組み込みやすい時間と場所を確保することから始めてみてはいかがでしょうか。

テーマは問わない

「何を書けばいいか分からない」と感じる必要はありません。その日にあった出来事、感じたこと、頭に浮かんだ単語の羅列など、どのような内容でも構いません。思考を評価せず、そのまま書き出す「ブレインダンプ」は、頭の中の情報を整理する上で非常に効果的です。

手段は自由

伝統的な手書きのノートでも、スマートフォンやPCのメモアプリでも、自分自身が最も継続しやすい手段を選ぶことが推奨されます。重要なのは、思考を頭の外に出力し、言語化・可視化するという行為そのものです。

まとめ

本稿では、「書く」という行為が私たちの脳にもたらす効果を、脳科学の視点から解説しました。

漠然とした思考や感情を言語化し、構造化するプロセスは、高次の認知機能を司る「前頭前野」を活性化させます。活性化した前頭前野は、情動反応に関わる「扁桃体」の活動を抑制し、精神的な安定を取り戻す助けとなります。さらに、書くというリズミカルな知的作業は、気分の調整に関わる脳内物質「セロトニン」の分泌を促す可能性があります。

これらの脳科学的な仕組みにより、「書く」という行為、すなわちジャーナリングは、単なる記録以上の意味を持ちます。それは、誰でも、いつでも、どこでも実践できる、手軽で効果的な脳のメンテナンスであり、有用なセルフケア手法の一つと言えるでしょう。頭の中が混乱し、心が落ち着かないと感じた時、ペンと紙、あるいはキーボードを用意することを検討してみてはいかがでしょうか。そこから、思考と感情を整える新たな道筋が見えてくるかもしれません。

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この記事を書いた人

サットヴァ(https://x.com/lifepf00)

『人生とポートフォリオ』という思考法で、心の幸福と現実の豊かさのバランスを追求する探求者。コンサルタント(年収1,500万円超/1日4時間労働)の顔を持つ傍ら、音楽・執筆・AI開発といった創作活動に没頭。社会や他者と双方が心地よい距離感を保つ生き方を探求。

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