企業の利益が大きく出た期末に、尽力した役員へ賞与を支給したいと考えるのは、経営者として自然な判断です。従業員への賞与が損金(税法上の経費)として扱われるため、役員賞与も同様に損金算入できると考える方は少なくありません。
しかし、この認識は税務上の原則とは異なります。役員への賞与は、原則として損金には算入されません。
なぜ、このような直感的には理解しにくいルールが存在するのでしょうか。この記事では、役員賞与が原則として損金不算入とされる理由と、その背景にある税法の考え方を解説します。その上で、例外的に損金算入を可能にする制度、「事前確定届出給与」について、その仕組みと戦略的な活用法を詳説します。
これは、単に税負担を軽減するための話ではありません。当メディア『人生とポートフォリオ』が探求する、社会のルールを深く理解し、自らの事業と人生を最適化するための思考法の一環です。税務というルールを理解することは、会社の財務ポートフォリオを健全化し、ひいては経営者自身の人生のポートフォリオを豊かにすることに繋がります。
役員賞与が原則として損金にならない理由
役員賞与が原則として損金に算入できない最大の理由は、経営者による「利益操作」を防止するためです。
従業員への賞与は、労働契約に基づき、提供された労働への対価として支払われます。これは事業運営上、必要なコストであり、その損金算入に疑義が生じることは通常ありません。
一方、役員は会社から経営を委任された立場にあります。その報酬は、従業員のように労働の対価として日々発生するものではなく、株主総会の決議によって決定されます。この立場上の相違が、税法上の取り扱いの違いを生み出しています。
仮に、役員賞与を経営者の判断で自由に損金算入できるとしたら、何が起こり得るでしょうか。例えば、決算月の末日に想定以上の利益が見込まれると判明したとします。その際に経営者が「利益が出たから、その分を役員賞与として支給しよう」と決定し、それを損金として計上すれば、意図的に会社の利益を圧縮し、法人税の負担を軽減することが可能になってしまいます。
これは、税法の観点からは「恣意的な利益調整」と見なされ、公平な課税を阻害する行為となります。このような租税回避的な行動を防ぐため、税法は、期末の利益額を見てから支給額を決められるような賞与(一部の業績連動賞与を除く)について、損金への算入を厳しく制限しているのです。
このルールの根底には、法人と経営者は法律上別人格でありながら、実態として強い一体性を有するという認識があります。その一体性を利用した利益操作を防ぐために、明確なルールが設けられています。
損金算入を可能にする「事前確定届出給与」制度
役員へのインセンティブ設計を考える経営者にとって、賞与が損金にならないことは大きな制約です。しかし、この原則には、例外的に損金算入が認められる方法が一つあります。それが「事前確定届出給与」という制度です。
この制度の名称は、その本質を表しています。「事前に」「確定した金額を」「届け出る」ことで、その給与が利益操作を目的としたものではないことを税務署に対して証明し、損金算入の許可を得る仕組みです。
「事前確定届出給与」の具体的な手続きと注意点
事前確定届出給与を利用するためには、厳格な手続きを守る必要があります。
具体的な手続き
まず、株主総会などで、「誰に、いつ、いくら支払うか」を具体的に決議します。そして、その決議内容を記載した届出書を、所轄の税務署に提出します。
提出期限は、原則として「株主総会等の決議をした日から1ヶ月を経過する日」と「その会計期間開始の日から4ヶ月を経過する日」のうち、いずれか早い日です。例えば3月決算の会社であれば、通常5月に行われる定時株主総会で決議し、6月中に届け出ることが一般的です。
この手続きを踏むことで、届け出た内容通りに支給された給与は、損金として認められます。
制度利用における重要な注意点
事前確定届出給与は有効な制度ですが、その運用は厳格です。特に注意すべきは、届け出た内容と実際の支給内容に少しでも相違があった場合、その全額が損金不算入となる点です。
例えば、「12月25日に100万円を支給する」と届け出ていたにもかかわらず、会社の資金繰りの都合で支給額を99万円に減額したり、支給日を12月26日に変更したりした場合、その支給額の全額が損金として認められません。金額や日付に、一切の相違は許されないのです。
また、業績が悪化したことを理由に、届け出た給与を不支給とすることも慎重な判断が必要です。不支給とした場合、当然損金算入はできません。さらに、将来再び事前確定届出給与の届け出をしても、過去の実績から利益調整の意図があったのではないかと税務調査で指摘される可能性も考えられます。
この制度は、事前に立てた計画を必ず実行するという、高いレベルの経営規律が求められるものと言えます。
制度を戦略的に活用するための思考法
事前確定届出給与を、単なる節税手法としてだけでなく、より広い視野で捉えることができます。これは、経営計画の精度と規律を高め、役員のモチベーションを計画的に向上させるための「経営ツール」として捉えることが推奨されます。
この制度を活用するということは、「来年のこの日には、会社の業績に関わらず、この金額を支払えるだけのキャッシュフローを確保する」という、経営上の強いコミットメントを意味します。これは、経営計画の具体性と実現可能性を、自らに問い直す機会となり得ます。
また、役員にとっては、定期給与とは別に、特定の時期に確定した金額を受け取れるという見通しが、中長期的な意欲に繋がる可能性があります。ただし、これは業績に直接連動するインセンティブではないため、その性質を正しく理解し、他の報酬制度と組み合わせて設計することが重要です。
このような思考は、当メディアが提唱する「ポートフォリオ思考」にも通じます。会社の財務を健全に保ち、税という社会システムを正しく理解して活用することは、経営者自身の金融資産の最適化に直結します。そして、安定した事業基盤は、経営者がより本質的な「時間資産」や「健康資産」に目を向けるための土台となるのです。
安易な利用は、業績悪化時にキャッシュフローを圧迫するリスクも伴います。この制度を利用するか否かの判断は、自社の事業計画の確度と財務体力を見極める、経営者の洞察力が問われる場面と言えるでしょう。
まとめ
今回の内容を改めて整理します。
- 役員賞与は、経営者による恣意的な利益操作を防止する目的から、原則として損金に算入されません。
- 例外的に損金算入を可能にする方法が「事前確定届出給与」です。
- この制度は、「事前に、確定した支給時期と金額」を税務署に届け出ることで、利益操作の意図がないことを証明する仕組みです。
- ただし、届け出た内容と少しでも異なれば全額が損金不算入となる厳格なルールであり、戦略的な活用が求められます。
税法上のルールは、一見すると事業活動を制約するものに見えるかもしれません。しかし、その背景にある目的を深く理解することで、それは自社の経営を律し、未来を計画するための有効なツールへと姿を変える可能性があります。
税務への理解を深めることが、皆様の事業、そして人生のポートフォリオをより良いものにする一助となれば幸いです。









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