「夢のマイホーム」。多くの人にとって、それは家族との幸せな暮らしや、人生の成功を象徴する、何にも代えがたい特別な響きを持つ言葉です。
しかし、その肯定的な認識の裏で、私たちはある「不都合な真実」から目を背けてはいないでしょうか。私たちは、不動産をその目的によって無意識に区別しています。
- 不動産投資(投資目的):家賃収入や売却益というリターンを徹底的に追求する「事業」。購入前に「出口戦略」を立てるのは当たり前の世界です。
- 不動産購入(居住目的):「暮らし」や「満足」を目的とする「消費」。購入時に将来の売却を考えるのは、どこか縁起でもないことのように扱われます。
なぜ、同じ「不動産」という高額な資産を扱う行為が、ここまで切り離されてしまうのでしょうか。ここに、現代の日本社会が抱える大きなリスクが潜んでいると指摘できます。
なぜ私たちは「出口戦略」を見失うのか?構造的要因
マイホーム購入の際に、多くの人が冷静な「投資家」の視点を失ってしまうのには、構造的な理由が存在します。
心理的要因:「所有こそが正義」という思い込み
「家を持って一人前」「賃貸は家賃を捨てているだけ」といった、親世代から続く強い刷り込み。「夢のマイホーム」という言葉が持つ魅力は、購入そのものをゴールと錯覚させ、感情が理性を上回る状態を作り出す傾向があります。
社会的要因:不動産業界の構造
住宅販売の現場では、「将来の資産価値」や「売却時の想定」といった話題は、顧客の夢や期待を損なう可能性があるため、意図的に避けられることがあります。メディアや広告も「素晴らしい暮らし」のイメージを強調することが多く、資産としての客観的な側面が伝わりにくいのが実情です。
歴史的要因:もはや通用しない、かつての「土地の価格は上昇する」という共通認識
かつての日本には「土地の価格は必ず上昇する」という共通認識がありました。その時代は、どのような家を購入しても、それが資産形成に繋がりました。しかし、人口減少社会に突入した現代において、その神話は過去のものとなりました。「価値は経年と共に下落する」という現実を直視する必要があるのです。
出口戦略は「儲けるため」ではない【未来を守るリスク管理】
誤解のないように申し添えますが、マイホームに「出口戦略」の視点を取り入れるのは、投資家のように利益を最大化するためだけではありません。それは、予測不可能な未来から自分と家族の生活を守るための、有効なリスク管理の手法です。
終身雇用の崩壊、リモートワークの普及、家族構成の変化、親の介護など、私たちのライフプランは常に流動的です。「終の棲家」と心に決めても、10年後、20年後に住み替えが必要になる可能性は誰にでもあります。
その時、「もしも」の事態に備えて「売却できる」「賃貸に出せる」という選択肢を確保しておくことが、精神的な安定と経済的な自由をもたらします。出口戦略とは、未来のあなたの選択肢を守るための一つの保険と考えることができます。
【実践編】後悔しないための「出口戦略」3つのチェックポイント
では、具体的にどのような点を意識すればよいのでしょうか。居住用不動産を選ぶ際に、最低限確認しておきたい3つの「性」について解説します。
流動性:売りたい時に売れるか?
検討しているエリアの中古市場は活発でしょうか。同じマンション内で、あるいは近隣地域での売買履歴は十分にありますでしょうか。買い手が見つからなければ、資産価値はあくまで理論値のままです。
換金性:いくらで売れるか?
周辺の類似物件の成約価格や、賃貸に出した場合の想定家賃を調査しましょう。特に「想定家賃」から物件の収益性を逆算する視点は、その不動産が持つ本質的な力を測る上で非常に重要です。
普遍性:多くの人に好まれるか?
個人的な趣味に偏った奇抜なデザインや特殊な間取りは、将来の売却や賃貸を考えた場合、リスクとなる可能性があります。多くの人が「住みやすい」と感じるであろう、普遍的な価値を持つ物件を選ぶ視点も大切です。将来の買い手は、あなたと全く同じ感性を持っているとは限らないからです。
特に、マンションであれば「管理を買う」、戸建てであれば「土地の価値を重視する」という考え方は、資産価値を維持する上で意識しておくことが大切です。
よくある反論への考察
ここまでお読みいただいた方の中には、次のような感想を持つ方もいらっしゃるかもしれません。
反論A:「損得ばかり考えて家を買うなんて夢がない」
**回答:**むしろ逆の視点が考えられます。将来、お金の心配をせず、安心して暮らし続けるための、現実的なアプローチと言えるでしょう。経済的な不安は、時として家族の幸せを揺るがす要因にもなり得ます。
反論B:「一生住むつもりだから、売る時のことなど考えなくていい」
**回答:**本当にそう言い切れるでしょうか。自身の健康、会社の状況、子供の人生など、100%制御できる未来はありません。「もしも」に備えるのは、自動車の任意保険に加入するのと同様に、賢明な選択の一つではないでしょうか。
まとめ:「消費」から「投資」へ。マイホーム購入の常識を再考する
あなたのマイホーム購入を、単なる「消費」で終わらせない。それは紛れもなく、あなたの資産のかなりの部分を投じる、人生における最大級の「投資」です。
「暮らし」というかけがえのない価値を大切にしながらも、そこに冷静な「投資家」としての視点を少し取り入れる。それだけで、あなたの未来の選択肢は大きく広がる可能性があります。
今こそ、「不動産購入(居住目的)」にこそ「出口戦略」が不可欠であるという新しい常識を、私たちは検討してみてはいかがでしょうか。
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