属人的株式の活用と事業承継。特定の相続人へ経営権を集中させるための資本政策

企業のオーナー経営者にとって、事業を次世代へいかに継承するかは、経営における重要な課題です。当メディア『人生とポートフォリオ』では、人生を構成する資産の最適な配分を追求しています。その中でもオーナー経営者の「自社株式」は、金融資産としての価値に加え、従業員の生活、取引先との関係、そして家族の未来といった、多様な要素を含む重層的な資産といえます。

特に、複数の相続人がいる中で、後継者を一人に定め、その人物に経営の舵取りを託したいと考える場合、事業承継は複雑な様相を呈します。多くの経営者が懸念するのは、相続によって自社株式が意図せず分散し、後継者の経営基盤が不安定になる事態です。

一般的な対策として遺言や生前贈与が考えられますが、それらには「遺留分」という法的な制約が存在します。この記事では、その制約に対応し、経営権を特定の相続人に集中させるための一つの手法について解説します。それは、「属人的株式」の考え方を応用し、「相続人等に対する売渡請求権」を定款に定めるという、高度な資本政策の一つです。

目次

なぜ一般的な相続対策では経営権の集中が難しいのか

事業承継を検討する際、まず遺言の作成や株式の生前贈与が検討されます。しかし、これらの手法だけでは、経営権の完全な集中を実現するには不十分な場合があります。その背景には、日本の民法が定める権利と、近年の税制の動向が関係しています。

遺言の限界と「遺留分」という制度

「全株式を後継者である長男に相続させる」という内容の遺言書を作成したとしても、それだけで万全とは言えません。なぜなら、民法では、法定相続人(配偶者、子など)に最低限の遺産取得を保障する「遺留分」という権利が定められているからです。

後継者以外の相続人は、この遺留分を侵害された場合、「遺留分侵害額請求」を行うことができます。これにより、後継者は侵害額に相当する金銭を支払う義務を負います。もし後継者がその金銭を準備できない場合、代償として自社株式の一部を渡さざるを得ない状況になる可能性もあります。結果として株式が分散し、経営の意思決定に支障をきたすリスクが生じます。

生前贈与の課題と税制の動向

もう一つの手法である生前贈与も、あらゆる状況に対応できるわけではありません。株式の評価額が高額になる場合、多額の贈与税が課される可能性があります。

また、相続税と贈与税の一体化という税制改正の流れも、この問題をより複雑にしています。相続開始前7年以内(2024年1月1日以降の贈与から段階的に延長)の贈与は相続財産に持ち戻して計算されるなど、税制は変化しており、長期的な視点での計画が不可欠です。これらの制度は、円滑な経営権の移転を考える経営者にとって、新たな考慮事項となっています。

経営権集中の選択肢となる「属人的株式」の考え方

遺留分という制度があるため、経営者の意思のみで財産の配分を決定することには限界があります。この構造的な課題に対し、会社法の中に用意された仕組みが、一つの解決策となり得ます。それが「属人的株式」に関連する制度です。

属人的株式とは何か

属人的株式とは、「株主の属性(人)」によって権利の内容が異なる株式を指します。具体的には、定款で定めることにより、特定の株主だけ議決権を多くしたり、あるいは配当を多く受け取れたりすることが可能です。

通常、株式の権利は「株主平等の原則」に基づき、保有する株式数が同じであれば株主が誰であっても同じ内容です。しかし、属人的株式は、この原則の例外として会社法で認められている制度であり、「誰がその株式を保有するか」によって権利の性質を変えることを可能にします。

相続への対応を可能にする定款の定め

今回の事業承継スキームで活用するのは、属人的株式そのものではなく、その考え方を応用した「相続人等に対する売渡請求」という定款の定めです。

これは、相続によって会社の株式を取得した者に対し、会社が「その株式を会社に売り渡してください」と請求できる権利を、あらかじめ定款に盛り込んでおく手法です。この規定を設けることで、後継者以外の相続人が株式を相続した場合でも、会社がその株式を買い取り、経営権の分散を防ぐことが可能になります。これは、相続という事象に対し、会社の意思を反映させる仕組みです。

「相続人等に対する売渡請求」の具体的な手続き

このスキームは、会社の根本規則である定款に条項を追加することで実現します。その導入から実行までの流れは、法的な手続きに沿って進められます。

定款変更と株主総会の特別決議

この仕組みを導入するには、まず定款に「相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる」という趣旨の条項を追加する必要があります。

この定款変更は会社の重要事項であるため、株主総会における「特別決議」が必要です。特別決議は、議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成が求められます。オーナー経営者が株式の大部分を保有している会社であれば、事実上、経営者の意思決定によってこの定款変更は可能です。

相続発生後の手続き

オーナー経営者に相続が発生すると、この定款規定が効力を発揮します。

  1. 相続開始:遺言がなければ、法定相続分に従い、株式は一時的に各相続人に移転します。
  2. 売渡請求の決議:会社は株主総会の特別決議を経て、後継者「以外」の相続人に対して株式の売渡請求を行います。
  3. 売買価格の決定:株式の売買価格は、まず会社と当該相続人との間で協議します。協議がまとまらない場合は、いずれかの当事者が裁判所に対して「売買価格決定の申立て」を行うことができます。
  4. 株式の買取と集約:会社は、決定された価格で株式を買い取り、自己株式として保有します。

この一連の手続きにより、後継者以外の相続人は株式の対価として金銭を受け取り、一方で経営権を左右する株式は会社に集まります。その後、会社が保有する自己株式を後継者に譲渡(または消却)することで、経営権の集中が完了します。

遺留分制度との関係

ここで重要なのは、このスキームと遺留分制度との関係です。この方法は、遺留分の権利そのものを否定するものではありません。

なぜなら、後継者以外の相続人は、相続した株式そのものではなく、「株式を会社に売却した代金」という形で財産的価値を得るからです。遺留分は財産の価値を保障する権利であり、このスキームはその価値を金銭で支払うことで対応します。つまり、相続人の財産権に配慮しつつ、会社の経営権の分散を防ぐという、合理的な解決策の一つと考えられます。

導入にあたり考慮すべき点

このスキームを導入し、円滑に実行するためには、法的な手続きだけでなく、いくつかの現実的な課題にも目を向ける必要があります。

株式の買取資金の確保

最も重要な課題の一つは、会社が株式を買い取るための資金をどう確保するかです。株価が高額な場合、会社の自己資金だけでは対応できない可能性があります。対策として、オーナー経営者を被保険者とする生命保険に会社が加入し、その死亡保険金を原資に充てる方法が活用されることがあります。

売買価格の算定

非上場株式の価格算定は単純ではありません。税法上の評価額、純資産価額、収益性など、複数の観点から評価する必要があり、算定方法によって価格は変動します。この価格を巡って相続人間で意見の相違が生じる可能性もあるため、事前に税理士などの専門家と相談し、客観的で公平な評価額の目安を把握しておくことが不可欠です。

家族・関係者間の合意形成

当メディアが重視する「人間関係」という観点からも、このスキームの導入には慎重な配慮が求められます。法的には有効な手続きでも、後継者以外の相続人にとっては、疎外感を抱くきっかけになるかもしれません。なぜこの方法が必要なのか、会社の永続的な発展と従業員の未来を守るためであることを、経営者が存命のうちから丁寧に説明し、家族全員の理解と納得を得る努力が重要です。

まとめ

事業承継は、単なる財産の相続ではなく、経営理念、企業文化、そして関わる人々の生活を守り育むための、経営者にとって重要な意思決定の一つです。一般的な相続対策では対応が難しい「遺留分」という制度に対し、「相続人に対する売渡請求」という仕組みは、経営者の「後継者に経営権を集中させたい」という意思を、法的に実現するための有効な選択肢の一つです。

この方法は、会社の資本政策に関わる高度な知識を要するため、実行には弁護士や税理士といった専門家との緊密な連携が欠かせません。しかし、その存在を知っているかどうかで、検討できる選択肢の幅は大きく変わります。

この記事が、ご自身の会社の未来、そしてご家族の未来を真剣に考えるオーナー経営者にとって、より良いポートフォリオを構築するための一つの情報となれば幸いです。

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この記事を書いた人

サットヴァ(https://x.com/lifepf00)

『人生とポートフォリオ』という思考法で、心の幸福と現実の豊かさのバランスを追求する探求者。コンサルタント(年収1,500万円超/1日4時間労働)の顔を持つ傍ら、音楽・執筆・AI開発といった創作活動に没頭。社会や他者と双方が心地よい距離感を保つ生き方を探求。

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