オーナーと会社の取引にこそ「第三者の視点」が求められる理由
当メディアでは、税金を単なるコストではなく、資産形成と人生設計を支える社会のルールとして捉え、その構造を理解することの重要性をお伝えしています。特に、自身がオーナーである会社との取引は、一見すると自由度が高いように見えますが、そこには特有の税務上の注意点が存在します。
あなたが個人で所有する不動産を、自身の会社へ売却しようと考えているとします。「自分の会社なのだから、少し安い価格で売っても問題ないだろう」と考えるのは、自然な心理かもしれません。しかし、この「少し安い価格」が税務上の「低額譲渡」と判断された場合、意図しない追徴課税が個人と法人の両方に課される可能性があります。
この記事では、オーナー経営者が見落としがちな、個人と法人間での不動産売買における低額譲渡の税務上の影響について、その仕組みと具体的な内容を解説します。この問題は、単なる税務知識にとどまらず、個人と法人の資産をいかに分離し、健全に管理するかという、ポートフォリオ思考の根幹に関わるテーマです。
個人に適用される「みなし譲渡課税」の仕組み
まず、個人側に発生しうる影響から見ていきましょう。個人が所有する不動産を、時価の2分の1未満の価格で法人に売却した場合、税法上、その取引は時価で譲渡が行われたものと「みなされ」ます。これを「みなし譲渡課税」と呼びます。
例えば、時価1億円の土地を、自身の会社に3,000万円で売却したとします。この価格は時価の2分の1である5,000万円を下回っているため、低額譲渡に該当します。この場合、あなたの手元には3,000万円しか入ってきていませんが、税務計算上は、時価である1億円で売却したとみなされ、その譲渡益に対して譲渡所得税が課税されるのです。
この取引における実際の収入は3,000万円ですが、税務上の収入は1億円として扱われます。結果として、実際のキャッシュインを大幅に上回る税負担が発生する可能性があります。このルールは、個人から法人へ実質的な財産の贈与が行われることを防ぎ、課税の公平性を保つために設けられています。オーナーと会社という特殊な関係だからこそ、このような税務上の規定が厳格に適用されるのです。
法人側で認識される「受贈益」という税務コスト
影響は個人側だけでは終わりません。低額譲渡は、不動産を購入した法人側にも税務上の影響を及ぼします。
先の例で言えば、法人は3,000万円で時価1億円の土地を取得しました。この時価と実際の取得価額との差額である7,000万円(1億円 – 3,000万円)は、法人税法上、個人オーナーから贈与を受けた利益とみなされます。これが「受贈益」です。
この受贈益は、その事業年度の益金として法人所得に算入され、法人税の課税対象となります。つまり、会社は不動産を購入したにもかかわらず、会計帳簿には直接現れない7,000万円という利益が税務上計上され、それに対して法人税を支払う必要が生じるのです。
このように、低額譲渡は、個人には「譲渡所得税」、法人には「法人税」という形で、二重の課税負担が生じる可能性があります。良かれと思って行った価格設定が、結果的に個人と法人の双方のキャッシュフローに大きな影響を与えることになりかねません。
すべての判断基準となる「時価」の考え方
この問題の中心にあるのは「時価」という概念です。では、不動産における時価とは、どのように判断されるのでしょうか。
税法上、時価は「その取引時において、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」と定義されています。しかし、不動産には定価がなく、その評価は単純には定まりません。
一般的に、不動産の時価を算定する際には、以下のような指標が総合的に勘案されます。
- 公示価格・基準地価:国や都道府県が示す公的な土地評価額。
- 相続税評価額(路線価):相続税や贈与税の算定基準となる価格。
- 固定資産税評価額:固定資産税の算定基準となる価格。
- 不動産鑑定評価額:不動産鑑定士による専門的な評価額。
- 近隣の売買実例:周辺地域での実際の取引価格。
これらの指標にはそれぞれ特性があり、例えば相続税評価額は時価の8割程度、固定資産税評価額は7割程度が一つの目安とされています。しかし、これらはあくまで目安であり、個別の不動産の状況によって時価は変動します。安易に「路線価で売買すれば問題ない」と判断するのは注意が必要です。
税務調査で低額譲渡を指摘されないためには、客観的で合理的な根拠に基づいた価格設定が不可欠です。より確実性を高める方法として、不動産鑑定士に依頼し、正式な鑑定評価書を取得することが考えられます。これにより、取引価格の妥当性を第三者に対して明確に証明できます。
まとめ
オーナー個人と自身の会社との不動産売買は、第三者との取引以上に、客観性と透明性が求められる領域です。自分の会社だからという安易な判断で行う「低額譲渡」は、税務上、個人と法人の両方に意図せぬ課税負担を生じさせる可能性があります。
- 個人:時価で売却したとみなされ、実際の収入以上の譲渡所得税が課される。
- 法人:時価との差額が受贈益として認定され、法人税が課される。
この二重の課税を回避するためには、取引価格の根拠となる「時価」を正しく把握することが極めて重要です。売買契約書や取締役会の議事録といった記録を整備することはもちろん、必要であれば不動産鑑定士などの専門家の知見を活用し、取引の正当性を担保することを検討してみてはいかがでしょうか。
これは、単なる税金対策ではありません。個人と法人という、それぞれ独立した経済主体の資産を明確に区分し、双方のポートフォリオを健全に維持するための基本的な原則です。社会のルールである税法を正しく理解し、それに則って行動することこそが、長期的に見てあなたとあなたの会社の資産を守る最も確実な方法なのです。









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