本記事は、日本神話を歴史的な事実として断定するものではありません。その物語が、古代国家の統治の正当性をどのように象徴しているかを「象徴的な税と統治権」という観点から分析します。
当メディアでは、大きなテーマとして「税金(社会学)」を扱っています。国家が私たちから富を徴収する権利、すなわち「統治権」は、どのようにして正当化されるのでしょうか。この根源的な問いを考える上で、国家が自ら語る「創生の神話」は重要な手がかりとなります。
今回取り上げるのは、日本の「国譲り神話」です。この物語は、神々の対立の記録というだけでなく、国家の「統治」というシステムの原型、その根源的な仕組みがどのように記述されたかを示す、重要な示唆を含む事例と考えられます。
国譲り神話の概要
まず、国譲り神話の概要を確認します。この物語は『古事記』や『日本書紀』に記されており、細部には差異がありますが、大筋は以下の通りです。
天上の世界「高天原(たかまがはら)」を治める最高神アマテラスオオミカミは、地上の世界「葦原中国(あしはらのなかつくに)」が、自身の血を引く者によって治められるべき地であると考えます。しかし、その地はオオクニヌシノカミとその子孫である国津神(くにつかみ)たちによって統治されていました。
そこでアマテラスは、タケミカヅチノカミをはじめとする天津神(あまつかみ)を使者として地上に派遣し、オオクニヌシに国を譲るよう要求します。いくつかの交渉や力の誇示を経て、オオクニヌシは最終的にこの要求を受け入れ、地上の支配権を天津神に譲り渡すことを承諾します。これが「国譲り」です。
統治権の本質としての「徴税権」
神話の中で譲渡が求められた「葦原中国を治める権利」とは、具体的に何を意味するのでしょうか。これを現代的な社会システムの言葉で再定義するならば、それは国家の「統治権」そのものです。
そして、古代から現代に至るまで、統治権の中核をなすのは「徴税権」です。国家がその機能を維持し、インフラを整備し、秩序を保つためには、その土地と人民から富を徴収する権利が不可欠となります。古代においては、それは米や布といった物資であり、あるいは労働力の提供でした。
つまり、アマテラスがオオクニヌシに要求した「国譲り」とは、本質的には、地上世界における「徴税権」を含む包括的な統治権力の移譲を求めるものであったと解釈できます。オオクニヌシが「国を譲る」と決断したことは、彼が地上の物理的、経済的な支配権を手放したことを象徴していると考えられます。
見返りとしての「祭祀権」という無形の権威
オオクニヌシは、無条件に国を譲ったわけではありませんでした。彼は、その見返りとして一つの条件を提示します。
「天つ神の御子が住むのと同じように、柱を太く、板を広くした壮大な宮殿を建て、そこで私を祀ってほしい。そうすれば、私は幽世(かくりよ)に身を隠し、現実世界の政治には関与しない」
この要求は天津神によって受け入れられ、現在の出雲大社が建立されたと伝えられています。ここで注目すべきは、オオクニヌシが求めた見返りが、土地や富といった物質的なものではなく、「祀られる権利」、すなわち「祭祀権」という精神的な権威であった点です。
これは、権力の性質に関する重要な交換を示唆します。オオクニヌシは、地上の「政(まつりごと)」、つまり現実世界の政治と統治権を天津神に譲る代わりに、神事の世界の「祭(まつり)」、つまり精神世界における祭祀の対象としての権威を確保したのです。物理的な支配権(統治権・徴税権)と、精神的な権威(祭祀権)の間に、明確な役割分担が成立した瞬間でした。
統治の安定に不可欠な「正当性」
国譲りの交渉過程では、使者であるタケミカヅチが、その力をもってオオクニヌシの子らに交渉を迫る場面も描かれています。天津神が優越した力を持っていたことは明らかです。ではなぜ、彼らはオオクニヌシの一族を完全に排除するのではなく、その存在を認め、祀るという契約を結んだのでしょうか。
ここには、長期的に安定した「統治」を確立するための、高度な政治的判断を見て取ることができます。
武力のみに依存した支配は、短期的には有効かもしれません。しかし、それは被支配者層からの継続的な不満や非協力を招き、統治の維持コストを増大させる可能性があります。安定した国家運営のためには、人々が自発的に協力するような「正当性」が不可欠です。これは短期的な勝利よりも長期的な安定を重視する、社会全体の運営コストを考慮した戦略とも言えるでしょう。
国譲り神話が象徴するのは、この正当性を獲得するための方策です。天津神は、在来の有力者であるオオクニヌシの権威を否定するのではなく、それを「祀る」という形で国家のシステムに組み込みました。これにより、国津神を信仰していたであろう地上の人々に対して、「あなたたちがこれまで敬ってきた神も、新しい統治体制の中で尊重されている」ということを示したのです。
この物語は、既存の権威を尊重し、それを包摂することで、新しい支配の正当性を構築していく過程を描いています。この「国譲り」に示された権力移譲の論理は、日本という国家の「統治」のあり方を根源的なレベルで規定する、重要な物語となっているのです。
まとめ
日本の国譲り神話は、高天原の天津神が地上の国津神から統治権を譲り受けた物語です。これを「象徴的な税と統治権」という社会学的な視点から読み解くと、異なる側面が見えてきます。
この物語は、物理的な支配権である「統治権(徴税権)」と、精神的な権威である「祭祀権」の交換を描いた、高度な政治的契約の象徴と見ることができます。武力による一方的な支配ではなく、在来の権威を尊重し、それを国家のシステムに組み込むことで統治の正当性を確立するという、洗練されたモデルを示しています。
神話は、単なる物語ではなく、その文化が共有する統治や秩序に関する根源的な構造を反映しています。私たちが当然のものとして受け入れている国家や社会の仕組みが、どのような物語によって支えられているのかを考察することは、現代をより深く理解するための一つの方法と言えるでしょう。









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