AI活用をする際には、何でもかんでも情報を読み込ませようとしてしまうことがあります。または、アットランダムだとしても、取り合えず集められた情報だけで読み込ませてしまいがちです。しかしそれは間違っていますし、AI開発で良い結果を及ぼしません。なぜなら、Whatを読み込ませており、Whyがないためです。
本記事では、AIの教師データにおいて「What(何が正解か)」だけでなく**「Why(なぜ、それが正解なのか)」**を学習させることが、なぜ重要なのかを解説します。さらに、その思想をBtoB営業の領域に応用し、多くのプロジェクトを頓挫させる「ROIの呪い」を乗り越えるための、具体的なビジネスモデルまでを論理的に展開します。
1. なぜAIは「答え(What)」だけの学習では不十分なのか?
現在の主流であるディープラーニングは、大量の「What(正解データ)」を読み込み、そのパターンを認識することで高い精度を発揮します。しかし、このアプローチには、ビジネス活用において看過できない、二つの大きな限界が存在します。
第一に、応用力の欠如です。「What」だけを学習したAIは、いわば「答えだけを丸暗記した生徒」と同じです。過去のデータに存在するパターンは完璧に再現できても、少しでも状況が異なる未知の問題に直面すると、全く対応できなくなります。
第二に、偽りの相関関係の学習です。AIはデータに潜む表面的な関係性を、本質的な因果関係と誤解する危険性を常にはらんでいます。有名な例に「アイスクリームが売れる夏は、水難事故も増える」という相関関係があります。このデータだけを学習したAIは、「水難事故を防ぐにはアイスの販売を禁止すべきだ」という、誤った結論を導き出す可能性があります。
このように、「What」だけの教師データは、時に不十分であるだけでなく、ビジネス上の意思決定を誤らせる有害な存在にすらなり得るのです。
2. 「Why(理由)」がAIにもたらす2つの重要な価値
では、AIを真のパートナーとするためには何が必要なのでしょうか。それが「Why(なぜ、それが正解なのか)」、すなわち判断の根拠や背景にある原理原則を学習させるというアプローチです。
「Why」の学習は、AIに2つの極めて重要な価値をもたらします。
- 堅牢性(Robustness): 物事の因果関係や原理原則を理解することで、AIは未知の状況や想定外のデータに対しても、簡単には破綻しない、頑健な判断能力を持つことができます。自動運転AIが「前方の物体が子供だから止まる」のではなく、「予測不能な動きをする可能性があるため、安全を最優先して停止する」という原則(Why)を理解するイメージです。
- 解釈可能性(Interpretability): AIが「なぜその結論に至ったのか」という理由(Why)を人間が理解できる形で示せる能力です。融資審査AIが「与信スコアが基準値以下だから否決」という結果(What)だけでなく、「過去の返済遅延履歴と現在の負債比率を鑑みて、返済能力にリスクがあると判断した」という根拠(Why)まで説明できれば、私たちはその判断を受け入れ、次のアクションに繋げることができます。
「Why」を教えることで、AIは単なる計算機から、私たちと対話できる思考のパートナーへと進化する可能性を秘めているのです。
3. 【実践編】「Why」を組み込んだ「営業支援AI」の構想
この「Why」の思想を、より具体的なビジネスシーンで考えてみましょう。ここでは「営業力強化のための支援AI」を例とします。
このAIに学習させるべきデータは何でしょうか。多くの人が、売れる営業担当者のトークスクリプト(What)を思い浮かべるかもしれません。しかし、それは本質的ではありません。本当に学習させるべきは、トップセールスの頭の中にある**「思考のOS」や「行動哲学(Why)」**そのものです。
- なぜ、彼らは初回訪問でいきなり商品を説明しないのか? (Why)
- なぜ、顧客が口にする課題を鵜呑みにせず、さらに深掘りするのか? (Why)
- なぜ、機能の優位性ではなく、顧客の未来のビジョンを共有することを重視するのか? (Why)
このようなトップセールスの無意識の「Why」を言語化し、AIの基本設計(OS)として組み込みます。その上で、具体的な会話データや商談記録(What)を肉付けしていくことで、単なる物真似ではない、本質的な営業支援AIが生まれると考えられます。
4. ビジネスモデル構築で直面する「3つの壁」
しかし、この優れた思想を持つAIも、事業として成立させるには現実的な壁を越えなければなりません。特に、クライアントにサービスとして提供する場合、以下の「3つの壁」が立ちはだかります。
- カスタマイズ性の壁: クライアントは「営業会社」と一括りにはできません。業界、商材、組織文化は千差万別です。それぞれの会社に最適化された「Why」を、どう効率的にAIに実装するのかという課題です。
- データセキュリティの壁: 商談記録や営業ノウハウは、クライアントにとって事業の生命線とも言える最高機密情報です。この機密情報を預かり、安全に管理するための高度なセキュリティ体制が求められます。
- ROI(投資対効果)の壁: これが最大の難関です。本質的な組織変革やマインドセットの変革は、成果が出るまでに時間がかかります。しかし、多くの企業は四半期や年単位での短期的な投資対効果を求めます。「成果は1年後に出ます」という言葉を、クライアントは信じて待ってくれるでしょうか。
この「ROIの壁」、あるいは「ROIの呪い」が、これまで多くの本質的なプロジェクトを頓挫させてきました。
5. 最大の難関「ROIの呪い」を解く逆転の発想
では、どうすればこの「ROIの呪い」を解き、本質的な価値提供とビジネスとしての成功を両立できるのでしょうか。
KPI(重要業績評価指標)を設定し、先行指標を管理するというアプローチも一見、有効に思えます。しかし、それは時に、クライアントとの関係性を「数字で管理するドライなもの」に変えてしまい、本質的な信頼関係の構築を阻害する可能性があります。
長い対話と思考の末にたどり着いた結論は、**「成果を”後から証明する”」**という、時間軸をずらしたアプローチでした。具体的には、クライアントとの関係性を以下の2つのフェーズに分けて設計します。
フェーズ1:信頼関係の構築に徹する(文化醸成期間)
導入初期は、あえて短期的なROIの達成を目標に置きません。この期間の目的は、AI開発や「Why」の抽出プロセス自体を**「組織の自己発見と文化醸成の機会」**と位置づけることです。
トップセールスの「Why」を言語化するワークショップを通じて、組織全体で成功の原理原則を共有します。そして、日々の活動の中から、数字には表れない「商談の質が変わった」「若手社員の発言が変わった」といった**エポックメイキングな物語(定性的変化)**を発掘し、クライアントと共有します。
このフェーズで目指すのは、数字による納得ではなく、「この取り組みは、我々を正しい方向へ導いてくれる」という熱量と期待感を醸成し、絶対的な信頼関係を築くことです。
フェーズ2:生まれた成果を共に可視化する(成果証明期間)
信頼関係という土壌の上で本質的な変化が起これば、成果は後から自然についてきます。商談の質が向上し、やがて成約率や顧客単価といった数字にも変化が現れ始めます。
その時、私たちは初めて、クライアントにこう報告するのです。 「皆様のマインドセットが変わり、行動の質が向上した結果として、半年で成約率がこれだけ向上しましたね」
これは、我々が成果を「作った」のではなく、クライアントの変革によって「生まれた」成果を共に祝福する瞬間です。ここでクライアントは、自分たちの投資が単なるコストではなく、未来への価値創造に繋がったことを深く理解します。プロセスと結果が、分かちがたく結びつくのです。
まとめ:AI時代の価値創造は「問い」から始まる
本記事では、AIの教師データという技術的な問いから始め、その本質を「Why(理由)」に見出し、最終的に「ROIの呪い」を超える新しいビジネスモデルの構想へと至りました。
- AIの学習には「What(答え)」だけでなく**「Why(理由)」が不可欠であり、それが堅牢性と解釈可能性**を生む。
- この思想を応用した「営業支援AI」は、トップセールスの**思考OS(Why)**を実装することで、本質的な価値を提供する。
- ビジネス化の最大の壁である「ROIの呪い」は、**「成果を後から証明する」**という2フェーズのアプローチで乗り越えることができる。
重要なのは、AIという技術そのものではなく、その技術を使って「どのような価値を創造したいのか」という問いを立て、その実現プロセス自体をクライアントと共有することです。それこそが、AI時代の新しいパートナーシップの形なのかもしれません。
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