1ポイントでも多く貯めること、1円でも安く買い物をすること。日々の生活の中で、こうした小さな成果に喜びや達成感を見出すことは、決して珍しいことではありません。しかし、その行為と引き換えに、私たちは最も代替の効かない資産を消費している可能性について、一度立ち止まって考える必要があります。
当メディア『人生とポートフォリオ』が探求するテーマの一つに、「個の生存戦略」があります。これは、現代社会の複雑なシステムの中で、個人がいかにして自身の幸福を最大化し、安定した人生を築いていくかという問いです。その根幹をなすのが、自分自身が持つリソース、特に「時間」という有限な資産を、どこに、どのように配分するかの意思決定です。
この記事では、日常的な節約術として浸透している「ポイ活」を題材に、それに費やす時間と労力を「時給」という客観的なものさしで換算する思考法を提案します。目的は、ポイ活そのものを否定することではありません。目先の利益の裏側にあるコストを可視化し、あなたの貴重な時間が、本当に価値のある活動に向けられているかを見つめ直すための一つの視点を提供することを目的としています。
なぜ私たちは「目先の得」に惹きつけられるのか
ポイントの獲得や割引クーポンの利用が、これほどまでに私たちの注意を引きつけるのはなぜでしょうか。その背景には、人間の認知システムに根差した心理的な仕組みが存在します。
一つは、損失を回避したいという強い欲求です。「1ポイント損をしたくない」という感情は、「1ポイント得をしたい」という感情よりも強く働く傾向があります。これは行動経済学で指摘される「プロスペクト理論」の一端であり、私たちは利益を得る喜びよりも、損失に伴う心理的な影響を大きく評価するようにできています。
また、すぐに得られる小さな報酬は、将来の大きな報酬よりも魅力的に感じられる「現在志向バイアス」も影響しています。数ヶ月後のスキルアップよりも、今すぐ手に入る数十円分のポイントに、私たちの意識は向きやすい傾向があるのです。
さらに、ポイントを獲得するという行為は、明確なルールの中で目標を達成するプロセスとして認識されます。目標が達成されるたびに、脳内では報酬系に関わる神経伝達物質が放出され、これが次の行動への動機付けにつながることもあります。
これらの反応は、意志の強さとは関わりのない、人間にとって自然な性質です。だからこそ、意識的に立ち止まり、客観的な視点から自分の行動を評価する必要があると考えられます。
あなたの「ポイ活時給」を計算する具体的な方法
では、実際にあなたのポイ活が、時間というコストに見合っているのかを検証してみましょう。そのための有効な手段が、自身の行動を時給に換算することです。
自分の基準となる時給を把握する
まず、比較の基準となるあなた自身の「時給」を算出します。
会社員の方であれば、簡易的には「月収 ÷ 月の総労働時間」で計算できます。このとき、通勤時間や自宅での作業時間なども含めると、より実態に近い数値を算出できます。例えば、月収30万円で、通勤を含め1日10時間・月20日勤務なら、時給は1,500円(300,000円 ÷ 200時間)となります。
個人事業主や経営者の場合は、「(年間の売上 − 経費) ÷ 年間の総労働時間」で算出します。
専業主婦(夫)のように直接的な収入がない場合でも、ご自身の時間の価値をゼロと設定する必要はありません。仮に家事や育児を外部サービス(家事代行やベビーシッターなど)に依頼した場合の費用を参考に、仮の時給を設定することができます。これは、ご自身の労働の価値を客観的に認識するための重要な過程となります。
ポイ活にかかる総時間を計測する
次に、一つのポイ活案件からリターンを得るまでにかかった全ての時間を計測します。これには、以下の時間が含まれます。
- 情報収集: ポイントサイトの巡回、メルマガの確認、SNSでの情報検索
- 比較検討: どの案件が最も効率的かを比較する時間
- 作業時間: アンケートへの回答、広告動画の視聴、アプリのダウンロードと起動
- 移動時間: 特定の店舗でポイントを得るために、普段の動線から外れて移動した時間
これらの時間を合計し、そのポイ活に費やした総時間を算出します。
「ポイ活時給」を算出する
最後に、得られたリターンを費やした時間で割り、ポイ活の時給を計算します。
計算式: 得られたポイントや割引額(円) ÷ かかった時間(時間) = ポイ活時給
例えば、アンケートに15分(0.25時間)かけて10円分のポイントを得た場合、あなたのポイ活時給は40円(10円 ÷ 0.25時間)です。5分の動画視聴で1円分のポイントなら、時給は12円です。
「時給」というものさしがもたらす、新たな視点
この「ポイ活時給」という数値を、先ほど算出したあなた自身の基準時給と比較することで、新たな判断基準を持つことができます。
自己の基準時給を下回る活動の評価
原則として、ポイ活時給があなた自身の基準時給を大幅に下回る場合、その活動は経済的な合理性に欠ける可能性があります。それは、本来であればもっと高い価値を生み出せるはずのあなたの時間を、その価値よりも低い対価で提供している状態と言い換えることもできます。
例えばあなたの時給が1,500円であるにもかかわらず、時給換算で数十円のポイ活に多くの時間を費やしているのであれば、その時間は別の活動に用いた方が、長期的にはより大きなリターンを生むかもしれません。
「楽しい」と感じるポイ活の価値をどう捉えるか
もちろん、全ての行動を経済合理性だけで判断する必要はありません。中には、ゲームのような感覚でポイ活を楽しんでいたり、それが息抜きになっている方もいるでしょう。
当メディアでは、人生を豊かにする要素を「時間資産」「健康資産」「金融資産」「人間関係資産」「情熱資産」という5つのポートフォリオで捉えることを提唱しています。もし、そのポイ活が純粋な娯楽としてあなたの精神的な充足感に貢献しているのであれば、それは「情熱資産」への投資と見なすことも可能です。
ただし、ここで自問すべきは、その行動が本当に「楽しみ」から来ているのか、それとも「やらないと損をする」という焦燥感や義務感から行動していないか、という点です。もし後者であれば、それは楽しみではなく、新たなストレス源となっている可能性も考えられます。
時間という資産を、何に再投資すべきか
ポイ活にかけていた時間を見直すことで、私たちは時間という貴重な資産を、別の活動に振り分けることができます。では、その捻出された時間を何に再投資すれば、人生のポートフォリオ全体のリターンを最大化できるでしょうか。
- 健康資産への投資: 睡眠時間を確保する、軽い運動をする、心を休める時間を作る。これらは全ての活動の基盤となる健康を維持・向上させます。
- 金融資産(将来)への投資: 自身の専門性を高めるための学習、新たなスキル習得、副業の準備など、将来の収入増につながる自己投資に時間を振り向けることが考えられます。
- 人間関係資産への投資: 家族や友人、大切なパートナーとの対話の時間を増やす。良好な人間関係は、精神的な安定の基盤となります。
- 情熱資産への投資: 心から没頭できる趣味や探求に時間を使う。経済的な見返りがなくても、人生の充足感を高める一因となります。
これらの活動は、ポイ活のように即時的なリターンはありません。しかし、長期的にはあなたの人生をより豊かで安定したものへと導く、有益な投資となる可能性があります。
まとめ
この記事では、ポイ活に代表される節約行動を「時給」という視点で見直す方法を提案しました。目的は、日々の努力を否定することではなく、その行動があなたの最も貴重な資産である「時間」に見合っているかを客観的に評価するための「ものさし」を提供することです。
- 自分の基準時給を把握する。
- ポイ活にかかる総時間を計測し、「ポイ活時給」を算出する。
- 2つの時給を比較し、その活動が経済合理性、あるいは情熱資産への投資として成立しているかを判断する。
この思考法を身につけることで、私たちは目先の小さな利害得失の判断に、過度に影響されにくくなります。そして、自分の時間を何に使うべきかという、より本質的な問いに向き合うことができるようになります。「個の生存戦略」とは、こうした日々の小さな意思決定の積み重ねの中にこそ、その核心が存在すると考えられます。
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