ドラムの基礎練習、特にルーディメンツに取り組む際、一つの課題に直面することがあります。それは「手順を完璧に再現しなければならない」という思考の枠組みです。手順を間違えるたびに演奏が中断し、練習の継続が困難になるケースは少なくありません。完璧を目指す姿勢は、時に創造性を制限する一因となる可能性があります。しかし、その「間違い」を単なる失敗として処理するのではなく、新たな可能性を発見する機会として捉え直すことはできないでしょうか。
当メディア『人生とポートフォリオ』では、人生を構成する様々な要素を客観的に捉え、最適に配分していく「ポートフォリオ思考」を提唱しています。この思考法は、資産形成やキャリア設計に限らず、音楽のような自己表現の領域にも適用が可能です。本稿では、練習中に生じる偶発的な事象を、意図的に自己の表現ポートフォリオへ組み込む思考法、すなわちルーディメンツの練習を通じて、予期せぬ出来事から新たな価値を創出するための具体的なアプローチを提案します。
完璧を求める心理:なぜ私たちは間違いを避けるのか
そもそも、なぜ私たちは練習中の間違いをこれほどまでに避けようとするのでしょうか。その背景には、私たちの思考に根差した、いくつかの心理的な構造が存在します。
一つは、多くの教育課程において形成されやすい、単一の正解を求める価値観です。定められた手順を正確に再現することに重きが置かれる環境では、「間違うことは望ましくない」という認識が形成されることがあります。この思考様式が、本来はより自由な探求の場であるはずの音楽表現に持ち込まれ、私たちの演奏の可能性を狭めている可能性があります。
もう一つは、心理学における「損失回避」の影響です。これは、何かを得ることから得られる満足よりも、何かを失うことから生じる苦痛をより強く感じるという、人間の一般的な心理的傾向を指します。ドラムの練習においては、「正しい手順から逸脱すること」を一種の「損失」と認識し、それを避けようとする心理的な抑制が働きやすくなります。
これらのメカニズムは、個人の意志の強弱とは無関係に機能するものです。まずは、間違いを避ける自身の傾向を否定的に捉えるのではなく、そうした普遍的な心理が背景にあることを客観的に認識することが、最初のステップとなるでしょう。
偶発性を創造プロセスに組み込む思考法
では、具体的にどのようにして、意図しない事象を創造の起点へと転換すればよいのでしょうか。ここでは、そのための思考プロセスを3つの段階に分けて解説します。これは、偶然の出来事を観察し、構造を理解し、意図的に再利用するという、体系的なアプローチです。
事象の客観的観察
ルーディメンツの練習中に手順を間違えた、あるいは意図しない音を出してしまったとします。その瞬間、すぐに演奏を中断するのではなく、感情的な評価を一旦保留し、今起きた現象を冷静に観察することを試みます。
どのようなリズムパターンが生成されたか、右手と左手はどのような順序で音を出したか、スティックのどの部分がどの打面に接触したか。この段階で重要なのは、良いか悪いかの判断を挟まず、起きたことを一つの音響現象として、ありのままに捉えることです。この客観的な観察が、予期せぬ出来事を学びの機会に変えるための入り口となります。
構造の分析
次に、その偶然生まれたリズムが、どのような構造で発生したのかを分析します。例えば、パラディドル(RLRR LRLL)の練習中に手順が部分的に入れ替わり、「RLRL RLRL」というシングルストロークに近い形になったかもしれません。あるいは、アクセントの位置を誤ったことで、全く新しいリズムの抑揚が生まれた可能性もあります。
このように、意図しなかった事象を構成要素に分解し、「なぜこのリズムが生まれたのか」という原因を論理的に探ります。この分析を通じて、偶発的な現象は、再現可能なパターンとして認識できるようになります。
発見したパターンの意図的な活用
最後の段階は、その新しいパターンを、自身の表現語彙の一部として組み込むことです。観察し、理解したリズムを、今度は意図的に繰り返し演奏してみます。最初は不慣れに感じられたリズムも、反復するうちに身体に定着し、独自のフレーズとして洗練されていきます。
さらに、そのフレーズを既存のグルーヴやフィルインに組み込むことを検討します。例えば、ハイハットで刻んでいたパターンの一部を、偶然発見したそのフレーズに置き換えてみる。そうすることで、他者の模倣ではない、あなた自身の音楽的語彙が一つずつ蓄積されていくのです。
ジャズにおける即興性とルーディメンツの関連性
この「偶発的な事象を起点とする」アプローチは、ジャズにおける即興演奏(インプロヴィゼーション)の思考様式と深く関連しています。
熟練したジャズミュージシャンは、演奏中に予期せぬ音を出したとしても、それを失敗とは認識しません。むしろ、その音をきっかけとして、次の展開への新たな起点とします。彼らにとって音楽とは、完成された設計図を再現する行為ではなく、その場で生まれる音響と相互作用しながら、新たな表現を探求するプロセスであると捉えられます。
ルーディメンツの練習も、本質的な目的は同じです。その目的は、単に手順を暗記することではなく、ドラムセットという楽器を用いて自己を表現するための「語彙」を増やすことにあります。楽譜に記された手順はあくまで出発点であり、そこから派生した無数の「間違い」の中に、オリジナルの表現につながる要素が見出される可能性があるのです。
まとめ
練習中に生じる間違いは、必ずしも上達を阻害する要因ではありません。視点を変えれば、それは既成概念の外にある、新たな創造性を促すきっかけとなり得ます。完璧さを求めるあまり、私たちは自らその可能性を見過ごしているのかもしれません。
今回提案した、偶発性から学ぶための思考法は、第一に、予期せぬ事象を感情的に判断せず、音響現象として客観的に観察すること。第二に、その現象がなぜ発生したのかを構造的に分析すること。そして第三に、分析によって得られたパターンを意図的に活用し、自身の表現語彙として蓄積することです。
このマインドセットは、ドラムの練習に限らず、私たちの人生における様々な局面で応用可能です。仕事での予期せぬ問題や、人間関係における認識の齟齬など、一見ネガティブに思える出来事も、視点を変えれば新たな学びや成長の機会となり得ます。
当メディアが探求する「ポートフォリオ思考」とは、不確実性を受け入れ、予期せぬ出来事に柔軟に対応しながら、人生全体におけるリターンを長期的に最大化していくための指針です。間違いを過度に恐れず、むしろそれを許容し、活用する。その創造的な姿勢こそが、予測不可能な状況において、より良い結果を導くための重要な資質となるでしょう。









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