サイモン・フィリップスのオープンハンド奏法:左手でハイハットを刻むことの合理性

ドラム演奏において、両腕が交差するクロスハンドのスタイルは、多くのドラマーにとって標準的な構えとされています。しかし、一部のドラマーは、このスタイルとは異なり、左手でハイハット、右手でスネアを叩く「オープンハンド奏法」を選択します。なぜ彼らは、腕の交差をなくすという、一見すると特殊に思えるスタイルを選ぶのでしょうか。

その理由は、外見的な独自性や個性の表現に留まるものではありません。特に、ドラマーのサイモン・フィリップスに見られるスタイルは、ドラムという楽器をいかに合理的に、そして自由に演奏するかという問いに対する、論理的な一つの解答を示しています。

演奏技術は、単なる身体運動ではなく、個人の表現資産を形成する重要な要素です。本記事では、オープンハンド奏法という選択肢が、グリップや楽器のセッティングといった物理的要素とどのように結びつき、身体の動きを最適化し、フレーズの自由度を高めるのか、その合理性について分析します。

目次

オープンハンド奏法とは何か:腕の交差を解消するアプローチ

オープンハンド奏法とは、腕を交差させずに開いた(オープンな)状態で演奏するスタイルの総称です。一般的な右利きのドラマーが採用するクロスハンドでは、右手がハイハット、左手がスネアを叩く際に、右腕が左腕の上を交差する形になります。これに対し、オープンハンド奏法では、主に左手でハイハットを、右手でスネアを叩くことで、この腕の交差を解消します。

この奏法には、複数の利点が考えられます。第一に、身体的な合理性です。腕の交差がなくなることで、特に左手の可動域が広がり、身体的な制約が軽減される可能性があります。また、両腕が独立して動きやすくなるため、それぞれの腕の動きを視覚的に捉えやすいという側面もあります。

第二に、音楽的な自由度の向上です。クロスハンドではハイハットを叩く右手の動きが制約されがちですが、オープンハンドでは右手がスネアやタムへのアクセスに対してより自由になります。これにより、ハイハットを刻みながら、右手でタムやフロアタムを使った複雑なフィルインを組み込むことが容易になります。このアプローチは、ビリー・コブハムやカーター・ボーフォードといったドラマーたちによっても探求されてきましたが、今回はセッティングとグリップの観点から合理的なスタイルを確立した、サイモン・フィリップスのアプローチを分析します。

サイモン・フィリップスが選択したオープンハンドの思想

サイモン・フィリップスの演奏スタイルは、彼のドラムセッティング全体と密接に関係しています。彼のオープンハンド奏法は、単に左右の手の役割を入れ替えたものではなく、グリップの選択から楽器の配置に至るまで、全てが一つの思想に基づいて設計された結果です。

右利きドラマーが左手でハイハットを刻む目的

多くの右利きのドラマーにとって、利き手である右手でビートの根幹をなすハイハットを刻むことは、自然な選択に思えるかもしれません。しかし、このスタイルには、右手の動きがハイハット周辺に固定されるという制約が伴います。

サイモン・フィリップスのアプローチは、この制約を解消する点に意図があります。彼は左手でハイハットのビートを維持し、最も自由度の高い右手をスネアドラムやタム類へのアクセスに割り当てます。これにより、安定したビートを刻みながら、右手はドラムセット全体を広く使い、ゴーストノートやフィルインを組み込むことが可能になります。これは、利き手を「リズムの維持」という役割から解放し、「メロディックな表現」へと振り分けるという、合理的な役割分担の最適化と見ることができます。

マッチドグリップが前提となる身体操作

オープンハンド奏法の合理性を支えるもう一つの重要な要素が、グリップの選択です。サイモン・フィリップスは、両手ともにスティックを同じように握る「マッチドグリップ」を採用しています。

もし左手をトラディショナルグリップで握る場合、手首の可動方向がマッチドグリップとは異なるため、ハイハットを細かく、かつパワフルに刻むには別の技術体系が必要となります。しかし、両手をマッチドグリップで統一することにより、左右の手は運動力学的にほぼ同じ条件で操作できます。

これにより、左右どちらの手でも同様のニュアンスやパワーで演奏することが容易になり、フレーズの互換性が高まります。左手でハイハットを叩く動きと、右手でライドシンバルを叩く動きが、グリップという観点では同じ基盤の上にあるため、習得の効率も向上する可能性があります。オープンハンド奏法は、このマッチドグリップという均質化された身体操作を前提とすることで、その合理性を高めているのです。

合理性を追求したドラムセッティングという物理的基盤

サイモン・フィリップスのオープンハンド奏法は、彼の独特なドラムセッティングと切り離して考えることはできません。彼のセッティングは、奏法から逆算して最適化されており、物理的な配置そのものが彼の音楽的表現を支える基盤となっています。

ハイハットの位置と角度の最適化

オープンハンド奏法を実践する上で、最も顕著な変化が見られるのがハイハットの位置です。クロスハンドの場合、ハイハットはスネアの左側に、比較的低くセッティングされるのが一般的です。しかし、左手で叩くことを前提とする場合、この位置では窮屈になることがあります。

そのため、サイモン・フィリップスのセッティングでは、ハイハットはスネアの左前方に、より身体の中心に近い位置に置かれます。これにより、左腕は自然な角度でハイハットにアプローチでき、無理の少ないストロークが可能になります。この物理的な配置の最適化が、長時間の演奏における身体的負担を軽減し、安定したビートの維持を助けていると考えられます。

タムやシンバルの配置から生まれるフレーズ

ハイハットの位置だけではありません。彼のドラムセット全体が、オープンハンド奏法を前提として、腕の動線を短くし、エネルギー効率を高めるように配置されています。例えば、右手でアクセスしやすい位置に複数のライドシンバルやクラッシュシンバルが配置され、タム類も左右対称に近い形で並べられることがあります。

このようなセッティングは、特定のフレーズを演奏しやすくするために設計されています。つまり、物理的なセッティングという条件が、結果としてサイモン・フィリップスに特徴的な、流動的なタムのフレーズやシンバルワークを生み出す基盤となっているのです。彼の奏法は、セッティングという物理的環境を考慮して構築された、一つの完成されたスタイルと考えることができます。

オープンハンド奏法がもたらす思考の拡張

これまで見てきたように、オープンハンド奏法は身体的、物理的な合理性に基づいています。そして、この合理性は、ドラマーの思考にも影響を与え、音楽的な創造性の幅を広げることにつながる可能性があります。

左右の手の固定化された役割からの解放

ドラム演奏を学ぶ過程で、「右手はビート、左手はバックビート」といった役割分担を無意識に習得することがあります。クロスハンドは、この思考の定着を物理的に促す側面があります。

しかし、オープンハンド奏法は、この固定化された役割を一度解体します。左手がビートを刻むこともあれば、右手が刻むこともある。両手が対等な立場でビートやフィルインを構築するという発想は、ドラマーを既存のパターンから解放し、新しいフレーズを生み出すきっかけを与える可能性があります。左右の手がそれぞれ独立した声部を持つかのような、ポリリズミックなアプローチもより自然に行えるようになるかもしれません。

ポートフォリオの概念で見るドラム奏法

ここで、資産運用の考え方の一つであるポートフォリオの概念を応用して考えてみます。クロスハンドという一つの優れたスタイルに習熟することは、資産運用における個別銘柄への集中投資に似た考え方と捉えることができます。特定の状況下では高いパフォーマンスを発揮しますが、複雑なフィルインを叩きながらビートを維持したい、といった特定の音楽的要求においては、動きが制約されるという課題に直面する場合があります。

一方で、オープンハンド奏法を習得することは、奏法の「分散投資」にあたります。クロスハンドとオープンハンドの両方を状況に応じて使い分けることができれば、音楽的な要求に応じて最適なアプローチを選択できます。これにより、表現の選択肢が増え、奏法全体としての対応力は高まると考えられます。オープンハンド奏法は、ドラマーの技術ポートフォリオを豊かにする、価値ある選択肢の一つと言えるでしょう。

まとめ

サイモン・フィリップスに代表されるオープンハンド奏法は、単に特異な演奏スタイルというだけではありません。それは、腕の交差という物理的な制約を解消し、身体の動きを最適化しようとする合理的な探求の結果です。

その根幹には、両手を同じ条件で扱うための「マッチドグリップ」という選択があり、その奏法を最大限に活かすための「ドラムセッティング」という物理的環境の構築があります。そして、これらの合理的な選択が組み合わさることで、「フレーズの自由度」や「思考の拡張」といった音楽的な利点に繋がります。

オープンハンド奏法は、すべてのドラマーが採用すべき唯一のスタイルではありません。しかし、その背後にある合理的な思想を理解することは、自身の演奏スタイルやセッティングを見つめ直し、より自由な自己表現を探求する上で、重要な視点を提供すると考えられます。

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この記事を書いた人

サットヴァ(https://x.com/lifepf00)

『人生とポートフォリオ』という思考法で、心の幸福と現実の豊かさのバランスを追求する探求者。コンサルタント(年収1,500万円超/1日4時間労働)の顔を持つ傍ら、音楽・執筆・AI開発といった創作活動に没頭。社会や他者と双方が心地よい距離感を保つ生き方を探求。

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