パニック障害は人生の終わりではない。他者評価を手放し、自分の生き方を再構築する思考法

はじめに

ある日突然、身体が自身の制御を離れるような感覚に襲われることがあります。心拍数は上がり、呼吸は浅くなり、自分が立っている場所の現実感さえ揺らぐ。パニック障害の発症は、多くの人にとって、それまで積み上げてきた日常が強制的に中断される経験となるかもしれません。昨日まで当然のようにできていたことが困難になり、未来の計画が見通せなくなることで、人生そのものが停滞してしまったかのように感じることもあるでしょう。

しかし、もしその「中断」が、他者の期待を優先する生き方の終わりであり、本来の「自分の人生」を歩み始めるための、本当の出発点であったとしたら、どう捉え直すことができるでしょうか。

本稿は、パニック障害という経験を契機に、他者の評価や社会の通念に合わせる生き方を手放し、自らの内なる声に耳を傾けることを選択した、一個人の考察です。このメディア『人生とポートフォリオ』が探求する豊かさの本質とも関わるこの思索は、心身の不調という経験を単なる困難としてではなく、人生全体の資産配分を根本から見直すための、重要な転機として再定義する試みです。

他者評価に依存した人生の持続不可能性

パニック障害を経験する以前、私は社会が定義する成功の基準に沿って、ひたすら進み続けることに疑問を抱いていませんでした。高い評価を得ること、期待される役割を遂行すること、そして常に前進し続けること。それらが、自らの価値を証明する手段であると認識していました。

これは、私たちの多くが内面化している社会的バイアスの一つの現れとも考えられます。特定の組織への貢献を第一とすることが美徳とされた時代の価値観は、形を変えながらも現代に影響を与えています。自らの時間を組織に提供し、心身を消耗させることを、成長や貢献という言葉で正当化してしまう傾向です。

当時の私の人生におけるポートフォリオは、極端に偏ったものでした。金融資産やキャリアといった項目にリソースを集中させる一方で、最も基盤となるべき資本である「健康資産」や、代替不可能な「時間資産」は、少しずつ目減りしていました。パニック発作という身体からの信号は、この持続不可能な資産配分が限界に達したことを示す、一つの帰結だったのかもしれません。それは、システム全体のバランスが崩れていることを知らせる、重要な情報でした。

パニック障害がもたらしたゼロベース思考

予期せぬ発作と、それが再び起きるかもしれないという予期不安は、私の行動範囲に大きな制約をもたらしました。満員電車での移動、長時間の会議への出席、遠方への出張など、これまでキャリアを支えてきた業務の多くが、実行困難なタスクへと変化しました。

このプロセスは、一見すると多くを失う、困難な体験です。しかし、視点を変えれば、それはこれまで自身を制約していた様々な前提から、物理的に距離を置くプロセスでもありました。「毎日出社しなければならない」「全ての期待に応えなければならない」「弱みを見せてはならない」。そうした無意識の思い込みが、実行不可能になったのです。

全ての前提が機能しなくなったとき、人は初めてゼロベースで物事を問い直す機会を得ます。自分にとって、本当に手放すことのできないものは何なのか。誰のため、何のための人生なのか。この強制的な活動停止期間は、人生の目的そのものを再定義するための、貴重な時間となりました。これまで重要視してこなかった健康資産の価値を認識し、有限である時間資産を何に配分すべきかを、真剣に考えることを促されたのです。

「自分の人生を生きる」という決意と再構築

ゼロベースでの自己対話を経て、私は一つの結論に達しました。それは、他者の評価軸で人生を設計することをやめ、「自分の人生を生きる」という決意です。これは単なる感情的な決心ではなく、人生のポートフォリオを主体的に再編成するという、戦略的な意思決定でした。

具体的には、二つの側面からアプローチを進めました。

一つは、手放すことです。他者の期待に応えるための過剰な業務、体裁を維持するための人間関係、そして「こうあるべきだ」という社会的な圧力。これらを意識的に手放していくことで、精神的なリソースを確保しました。

もう一つは、選択することです。自らの心身が最も安定する環境は何かを問い、完全なテレワークという働き方を選択しました。通勤というストレス要因を排除し、自身の裁量で仕事のペースを調整できる環境は、健康資産を回復させる上で不可欠でした。そして、確保した時間資産を、音楽制作という「情熱資産」に再投資することを決めました。これは、短期的な利益や他者からの評価とは直接関係なく、内面的な充足感をもたらす活動です。

この一連のプロセスは、社会の基準から距離を置くことのみを目的とするものではありません。自らの価値基準に基づき、持続可能な幸福を追求するための、主体的な人生の再構築でした。

新しい人生のOSを導入する

この決意に基づいた生活は、働き方や時間の使い方といった表面的な変化にとどまらず、私の「人生のOS」とも呼べる、根源的な価値判断の仕組みを更新することに繋がりました。

以前のOSが、外部からの評価や社会的な成功を基準に動作する「他者評価・社会適合」モデルだったとすれば、新しいOSは、自らの心身の状態を最優先する「自己の価値基準・持続可能性」モデルです。

もちろん、パニック障害の症状が完全になくなったわけではありません。今でも体調には波があり、慎重な自己管理が求められます。しかし、決定的に違うのは、症状をコントロールすべき対象としてのみ捉えるのではなく、自らの限界と現在の状態を教えてくれる重要なシグナルとして向き合えるようになったことです。

新しいOSの下では、生産性や効率性だけが価値の全てではありません。何もしない時間、創造的な活動に集中する時間、信頼できる人々と過ごす時間。そのすべてが、人生というポートフォリオ全体を豊かにする、重要な要素として位置づけられています。

まとめ

パニック障害という経験は、多くのものを奪い、人生の計画に影響を与える出来事かもしれません。しかし、それは同時に、社会が示す画一的な道から一旦離れ、自分だけの道を歩み始めるための、重要な機会にもなり得ます。これまで見過ごしてきた自分自身の声に耳を傾け、何が本当に大切なのかを見極めるための、内省の期間を与えてくれるのです。

「自分の人生を生きる」という決意は、一部の特別な人にのみ可能なことではありません。それは、自分自身の幸福に対して誠実であろうとする全ての人が、自らの意思で下すことのできる選択です。

もし今、あなたが心身の不調や困難によって人生の岐路に立っていると感じているなら、その経験こそが、他者の期待に合わせた人生を終え、本当の人生を始めるための出発点になる可能性があります。その経験は、これから進むべき道を示す、重要な指針として機能するかもしれません。このメディア『人生とポートフォリオ』は、その思索を深めるための一助となる情報を提供することを目指しています。