電子ドラムは生ドラムの代わりにはなりません。別の楽器として演奏すれば、生ドラムと比べる必要がなくなります。
しかし、住環境や予算の都合で電子ドラムを選んだ方には、本物の代わりでしかないという引っかかりが残ります。リバウンドが違う、叩き方の差が音に出ない、下手が誤魔化せてしまう、という指摘もあります。
リバウンドの違いや、叩き方の差が音に出ない点は、生ドラムを叩けるようになりたい人にとっての弱点です。
ギターとピアノは、代用品として始まり、別の楽器になった
エレキギターもキーボードも、元の楽器の代用として出発しました。電子ドラムは、いまも生ドラムの代わりになるかどうかで語られる場面があります。
エレキギターは、バンドの編成が大きくなり、アコースティックギターの音量では足りなくなったことで生まれました。のちに歪みとフィードバックが演奏の技法として使われるようになり、アコースティックギターにはない音を持つ楽器として扱われています。
ピアノとキーボードも、用途で使い分けられています。
TR-808とTR-909は、生ドラムに似ていないことが固有の音になった
ドラムの電子化にも、代用から自立した例があります。ローランドのTR-808とTR-909は、生ドラムに似ていないと評された機械が、固有の音として残った例です。
TR-808は1980年に発売され、約12,000台を作って1983年に生産を終えました。商業的には失敗で、1983年には中古市場で100ドルを切る価格で売られていました。TR-909は1983年に発売され、約1年で生産を終えて約10,000台でした。こちらも売れ行きは振るいませんでした。
TR-808とTR-909は中古市場で広まり、ヒップホップ、ハウス、テクノの制作者が音づくりに使いました。生ドラムに似ていない点が、そのまま固有の音になりました。
固有の音は、叩く身体のない機械で生まれた
808と909は、パターンを打ち込んで演奏する機械でした。
パッドを叩く電子ドラムのV-Drumsは、1997年のTD-10で始まりました。TD-10には、スネアとタムに世界初のメッシュパッドが付いていました。
ドラムの電子化は、身体を使わずに固有の音を得た側と、身体を使って生ドラムの再現に向かった側に分かれたと言えます。ギターとピアノには、この分かれ方はありませんでした。
固有の音の役割を打ち込み側が先に担ったことが、パッドを叩く電子ドラムを代用の位置に置いたと思います。
パッドを叩く電子ドラムは、生ドラムの形を写して作られている
V-Drumsは、パーツの種類も配置も生ドラムセットに合わせて作られています。生ドラムの再現を目標にした道具は、目標に近づくほど生ドラムと同じものになります。
電子ドラムの比較記事が「生ドラムの代わりにならない」と書くのは、この設計を指していると思います。
シンバルの音は、直前に叩いた振動で変わる
膜を張った太鼓は、同じ場所を同じ強さで叩けば、ほぼ同じ音が出ます。シンバルは金属板の縁が自由に振動するので、直前に叩いた振動が残っていると、次の音が変わります。
電子ドラムは、叩いた強さと位置から音を決めます。直前の振動が残った板を叩くという状況は、原理的に作れません。打面の解像度を上げても、この点は残ります。
生ドラムで置けない数のパーツを、パッドなら組める
パッドは好きな位置に好きな数だけ置けます。生ドラムでは物理的に置けない編成を、電子ドラムでは組めます。
生ドラムの配置は、人体に合わせて長く最適化されてきましたが、太鼓とシンバルの大きさに縛られています。パッドにはこの縛りがありません。
デジタルパッドは、音源モジュールごとに接続数が決まっている
ローランドのV71は、デジタルパッド用のUSB端子を3つ持ち、アナログ入力は14です。USBオーディオは録音32、再生32チャンネルです。V31はデジタルパッド用の端子が1つで、USBオーディオは録音30、再生32チャンネルです。
ローランドのデジタルパッドはスネア、ハイハット、ライドが中心なので、V71で打点を細かく検出できるパッドは、この3枚に限られます。
デジタルライドは、クラッシュと役割が分かれる
ライドの打点を細かく検出する設計は、クラッシュのように勢いよく叩く奏法とは求めるものが違うと思います。生ドラムでライドをクラッシュの代わりに使いにくいのと同じ関係です。
電子ドラムは生ドラムを写して作られているので、奏者は生ドラムと同じ使い分けで叩くことになります。それでも、並べる数と位置は生ドラムの制約から外れています。
電子ドラムが別の楽器になるのは、作品が生まれたとき
エレキギターがアコースティックギターから自立したのは、歪みやフィードバックを使った曲が広く聴かれたときです。楽器の自立は、性能よりも、その楽器にしかない音が作品になったときに起きます。
疲労は、打ち込みにない変数
打ち込みでは、演奏者の疲労が音に出ません。パッドを叩く演奏では、長く叩き続けた後半にタイミングのヨレやモタりが出ます。身体の疲れが演奏の情報になります。
生ドラムにも打ち込みにも渡さずに済む領域が、パッドを叩く演奏には残っています。
判断の目安は、生ドラムで組める編成かどうか
いま組んでいるセットが、生ドラムでもそのまま組める編成なら、その道具は代用として使われています。生ドラムでは置けない位置や数のパーツが並び始めたとき、それは別の楽器の演奏になります。
その段階では、リバウンドの差や叩き方の再現度は評価の軸になりません。比べる相手がいないからです。
道具の評価は、人が選ぶ物差しで変わる
新しい道具が古い道具の代用として評価されている間は、古い道具を超えられません。超えるのは、代用先にない性質を見つけたときです。
新しい道具ならではの性質は、代用として足りないと言われた点の中にあることがあります。808が生ドラムに似ていないと言われた点が、固有の音になったのが例です。
代用としての完成度を上げる努力は、上限が見えています。その道具にしかない性質を探す努力は、比べる相手のいない領域に向かいます。
よくある疑問
Q:電子ドラムで練習すると、生ドラムが下手になりますか。
A:電子ドラムの練習が生ドラムの技術を下げるという資料は確認していません。生ドラムを叩けるようになりたいなら、電子ドラムだけの練習では足りません。リバウンドの感覚も、叩き方の差が音に出る手応えも、生ドラムとは違います。電子ドラムを別の楽器として演奏するなら、この基準は当てはまりません。
Q:電子ドラムは、いつか生ドラムの代わりになりますか。
A:代わりにはなりません。エレキギターがアコースティックギターの代わりにならなかったのと同じ関係です。この先どちらが広く使われるかを示す統計は確認していません。
Q:住環境の都合で電子ドラムを選んだことは、妥協でしょうか。
A:生ドラムを叩けるようになることが目的なら、制約の中での次善策です。生ドラムでは組めない編成を目指すなら、別の楽器を先に始めたことになります。どちらを選ぶかは、演奏する方が決めてよいことです。
まとめ
電子ドラムは生ドラムの代わりになりません。ただし、生ドラムの形を写した道具でも、置ける数と位置は生ドラムの制約から外れています。
TR-808とTR-909は、生ドラムに似ていないことが固有の音になりました。同じ見方で、いまの電子ドラムにしかない性質を探すことができます。
生ドラムで組めない位置や数になるよう、パッドを一枚足してみてはいかがでしょうか。







