Bjorkの有機的に脈打つビート、あるいはMeshuggahが構築するリズム構造。こうした音楽に触れた時、私たちはある種の課題に直面することがあります。従来の4/4拍子や8ビートといった共通言語では説明が難しい、拍の概念では捉えにくい、割り切れないリズムの連続を前にして、「どうすれば演奏できるようになるのか」と考えるドラマーは少なくないでしょう。
この記事では、そうした複雑で非伝統的なリズムパターンを構造的に理解し、習得するためのアプローチを探ります。その一つの手がかりとなるのが「非ユークリッドリズム」という概念です。
当メディア『人生とポートフォリオ』では、ドラムの技術探求を、単なるスキルアップではなく、既存の枠組みを問い直し、新たな表現を獲得していく知的探求のプロセスと位置づけています。本記事は、ピラーコンテンツである『ドラム知識』の中でも、特に『ルーディメンツと先進的応用』というテーマに属し、基礎的な技術が先端的な音楽表現にどう結びつくかを探るものです。この記事を通じて、リズムに関する既成概念を再検討し、新しい音楽表現にアプローチするための視点を提供します。
割り切れないリズムの構造。「非ユークリッドリズム」という視点
複雑なリズムを前にしたとき、私たちの多くはそれを「変拍子」や「ポリリズム」といった既存の用語で理解しようと試みます。しかし、それだけでは説明しきれない「割り切れなさ」が存在することも事実です。その構造を理解するため、まずは基準となる「ユークリッドリズム」について解説します。
ユークリッドリズムとは何か
ユークリッドリズムとは、2005年にコンピューター科学者のゴッドフリート・トゥーサンが提唱した、リズムパターンを生成するアルゴリズムです。その原理は「k個のパルス(音)を、n個のタイムステップ(時間的区切り)の中に、可能な限り均等に配置する」というものです。
例えば、3つのパルスを8つのステップに均等に配置すると、「ドン・タン・タン・ドン・タン・タン・ドン・タン」といったパターンが生成されます。これはラテン音楽のソン・クラーベに近いリズムです。このアルゴリズムは、世界中の伝統音楽や民族音楽に見られるリズムパターンの多くを、数理的に説明できることを示しました。ボサノヴァ、タンゴ、中東やアフリカのリズムなど、その適用範囲は広範にわたります。
これらは、多くの伝統音楽に見られるリズムの根底にある「均等な分割」という原則を体現していると言えます。
ユークリッドからの逸脱としての「非ユークリッドリズム」
本題である「非ユークリッドリズム」とは、このユークリッド的な「均等な配置」の原則から、意図的に逸脱したリズムを指します。これは、数学的な法則性とは異なる、より有機的で予測が難しいリズムの動きです。
Meshuggahの音楽における、小節線をまたいで拍の重心が移動していくような感覚や、Bjorkの楽曲に見られる、周期が一定ではないビートは、この非ユークリッドリズムの好例と言えるでしょう。これらは、均等な分割を前提とするのではなく、フレーズそのものが独自の周期性を持っています。
つまり、私たちが「割り切れない」と感じるリズムの多くは、単に複雑な拍子なのではなく、根底にある構造原理が異なる「非ユークリッドリズム」である可能性があるのです。この視点を持つことで、構造的な理解が進みます。
既存の技術をどう使うか。ルーディメンツの応用可能性
では、この捉えどころのない非ユークリッドリズムに、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。ここで重要になるのが、ドラマーにとって基本的な技術である「ルーディメンツ」です。
当メディアの『ドラム知識』で繰り返し述べているように、ルーディメンツは単なる基礎練習ではありません。それは音楽を構築するための語彙であり、あらゆる状況に対応するための応用可能な技術体系です。この技術体系を、非ユークリッドリズムという新たな対象にどう適用していくかを考えます。
フレーズを「音の塊」として捉え、手順を割り振る
非ユークリッドリズムを演奏する上での最初のステップは、拍子や小節といった概念を一度脇に置くことです。そして、演奏したいフレーズを、リズムパターンとしてではなく、単なる「音のシーケンス(塊)」として捉えます。
例えば、あるフレーズが9つの音で構成されているとします。これを「4+5」や「3+3+3」といった均等なグループとして捉えるのではなく、「7+2」や「5+4」といった不均等な塊として認識する方法が考えられます。
次に、その音の塊に対して、パラディドル(RLRR LRLL)やダブルストローク(RRLL)といったルーディメンツの手順を機械的に当てはめていきます。ここでの目的は、音楽的なグルーヴを感じることではなく、まずその不均等な音の並びを身体運動として定着させることです。これにより、拍を数えるという意識的な作業から離れ、フレーズそのものの流れを身体で直接的に捉えやすくなる可能性があります。
リニアフレーズとしての解釈と手順の再構築
もう一つの有効なアプローチは、フレーズをリニアパターンとして解釈し直すことです。リニアフレーズとは、手と足が同時に音を出すことなく、一列に連なって演奏されるパターンを指します。
非ユークリッドリズムのフレーズのどこにアクセントを配置するかを決め、その音をバスドラムやハイハットのオープン&クローズに割り当てます。そして、それ以外の音をスネアドラムやタムで構成していくのです。
この方法を用いると、複雑で抽象的だったリズムが、手足を使った一つの具体的な運動として再構築されます。身体全体で一つの流れを生み出すことで、部分的な難易度に注意が向きすぎることなく、フレーズ全体のダイナミクスをコントロールしやすくなる可能性があります。
実践への段階。非ユークリッドリズムを身体に定着させるには
概念を理解し、アプローチを定めたら、次はいかにしてそれを身体に定着させるかという実践の段階に入ります。ここでも、従来の方法とは少し異なる視点が求められることがあります。
クリックへの依存からの移行と、内在的パルスの養成
メトロノームを使った練習は、正確なタイム感を養う上で重要です。しかし、非ユークリッドリズムの練習においては、時にそれが制約となることもあります。なぜなら、一般的なメトロノームはユークリッド的な均等分割を前提としているからです。
練習の初期段階ではクリックを補助的に使いつつも、最終的な目標は、クリックなしでフレーズそのものが持つ内在的なパルスを感じ取り、再現することに置くのが一つの方法です。対象となる楽曲のフレーズを短い単位でループ再生し、それに合わせて反復練習を繰り返すことが有効な場合があります。これは、音源を繰り返し聴き、それを模倣することでパターンを身体化するプロセスです。
分解と再構築。DAWを活用した分析
現代のドラマーにとって、DAW(Digital Audio Workstation)は有効な分析ツールとなります。特定の楽曲のフレーズをDAWに取り込み、そのオーディオ波形を視覚的に確認する方法が考えられます。
音の立ち上がりを観察することで、そのフレーズがどのような音のグルーピングで構成されているかを客観的に分析できます。その上で、自身で分析したグルーピングに対して、前述したルーディメンツの応用やリニアフレーズへの再構築を試みます。これは、複雑な事象をより小さな単位に分解し、一つずつ対処していくという、論理的な問題解決プロセスと言えるでしょう。
まとめ
本記事では、BjorkやMeshuggahの楽曲に見られるような、割り切れないリズムへのアプローチとして「非ユークリッドリズム」という概念を紹介しました。
それは、習得が困難に感じられるかもしれませんが、ユークリッドリズムという基準からの「逸脱」として構造的に理解できる可能性があります。そして、そのアプローチの手がかりは、特別な練習法ではなく、多くのドラマーが習得しているルーディメンツという基本的な技術の中に見出すことができます。
拍子という固定観念から一旦離れ、フレーズを音の塊として捉え直す。そして、そこに手順というロジックを当てはめていく。この探求のプロセスは、単に難解なフレーズが演奏できるようになる以上の価値を持つ可能性があります。それは、音楽に対する既存の概念を再検討し、自身の創造的な可能性を広げるきっかけとなるかもしれません。
これは、当メディア『人生とポートフォリオ』が提唱する思想とも通底しています。既存の資産(ルーディメンツ)を評価し、それを新しい投資先(非ユークリッドリズムという表現)にどう再配分していくか。この試みは、人生における様々な課題へのアプローチにも通じる、普遍的な示唆を含んでいるのかもしれません。









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