電子ドラム市場は今、大きな転換点を迎えています。長年にわたり業界を牽引してきたRoland。
今後もRolandが電子ドラムの覇者であることは変わりないと思いますが、PCの性能が飛躍的に向上した現代において、本当に必要なのは「高機能な音源モジュールメーカー」と思われます。
この記事では、電子楽器メーカーが直面している構造的な課題を紐解きます。
ヤマハとローランドに見る設計思想のルーツ
なぜヤマハはバイクを作り、ローランドは作らなかったのか。この単純な問いに、両社の製品開発における決定的な違いが表れています。
1887年に創業したヤマハ(日本楽器製造)は、戦時中に航空機のプロペラ製造を担っていました。木製から金属製プロペラへと技術を移行する過程で、高度な鋳造設備と金属加工のノウハウを蓄積しました。終戦後、これらの資産を活用するために生まれたのがオートバイ事業です。つまり、ヤマハの根幹には重工業に基づく「物理的なモノづくり」のDNAがあります。
一方、1972年創業のローランドには、そのような重工業の背景はありません。創業者の梯郁太郎氏が率いたのは、電子技術のエキスパート集団でした。彼らが選んだのは、物理的な機械加工ではなく、信号処理技術に特化する道でした。
この「電子技術屋」としてのDNAこそが、シンセサイザーやV-Drumsという革新的な製品を生み出す原動力となりました。そして、電子技術屋として技能を蓄積してきました。しかし、この出自が現代においては、ハードウェアの進化を考える上での制約要因になっている可能性もあります。
現代の電子楽器メーカーが直面している構造的課題
かつて、電子技術はRolandの独擅場でした。しかし現在は、以下の二つの方向から挟まれる形で、その優位性が変化しています。
一つ目は、ハードウェア製造の汎用化です。 現在、物理的なパッドやラック、センサーの製造技術は一般的になりつつあります。新興メーカーが高品質な電子ドラムを低価格で供給しており、「叩いて音が鳴る」という基本的な機能において、ROLAND製品を選ぶ必然性は以前よりも薄れています。
二つ目は、PCソフトウェアの進化です。 こちらの方がより本質的な課題と言えます。PCの処理能力、特にAppleシリコンに代表される近年のプロセッサの進化により、長年の課題であった音声遅延(レイテンシー)は、人間の知覚限界以下まで短縮されました。PC上で動作する『Superior Drummer 3』のようなドラム音源ソフトVSTは、数百GBもの非圧縮データを扱えます。これに対し、専用モジュールは容量の制約を受けるため、音のリアリティという純粋なスペック競争において、PC環境に対抗することは物理的に困難な状況にあります。
現在、ROLANDは、ハードウェアの価格競争と、ソフトウェアの品質競争という二つの変化の狭間にいるのです。
最新モデルV71から読み解く現状
このような状況下で登場した新モデル「V71」は、メーカーが置かれた複雑な立場を反映しているように見受けられます。
米国のドラムメーカーDWを買収し、そのサンプリング技術を取り入れた点は評価されるべきでしょう。しかし、それは見方を変えれば、PC用の大容量ソフトウェア音源と同等のものを、専用ハードウェアの中に収めようとする試みとも言えます。
特に注目すべき点は、デジタルパッドを接続するためのUSB入力端子の数です。デジタルパッドの数は、旧機種であるTD-50Xと同じ「3ポート」が維持されました。本来であれば、シンバル類などもデジタル接続へ移行することで、より繊細な表現が可能になるはずです。しかし、ここの拡張が見送られたことは、技術的な限界というよりも、コストや製品ラインナップ上の判断によるものと推測されます。
ユーザーが潜在的に求めているのは、例えばAbleton Pushのように、PC上の高品質な音源ソフトをネイティブに駆動させつつ、すべてのパッドを超低遅延で処理できる「コントローラー兼ホスト」のようなデバイスではないでしょうか。
しかし、既存のビジネスモデルを持つメーカーにとって、そのような製品を開発することは、高収益な「音源モジュール」という事業の否定につながりかねません。ハードウェアを単なる「コントローラー」として位置付け、音源の主導権をソフトウェアメーカーに譲ることは、企業として難しい経営判断を迫られることになります。
ユーザーにとっての論理的な最適解
メーカーがジレンマを抱えている現状において、私たちユーザーはどのように振る舞うべきでしょうか。
現状の技術環境を前提とした場合、最もコストパフォーマンスが高く、かつ演奏体験に優れた構成(ゴール)は以下のように考えられます。
・音源部:PC上の専用ソフトウェア(Superior Drummer 3など)
・ハードウェア部:中古市場を含めた既存のフラッグシップモデル(TD-50X)。
最新のV71に高額な投資をする前に、一度立ち止まって検討してみる価値があります。2025年12月現在のRoland製品が持つ代替不可能な価値は、スネア、ライド、ハイハットにおける高度な「デジタルパッドのセンシング技術」にあります。
したがって、モジュール(TD-50X)を「世界最高峰のUSBコンバーター(入力インターフェース)」として割り切って使用し、音質の追求はPC側のソフトウェアに任せるという方法が考えられます。
脳みそにあたる「音源処理」はPCに任せ、手足にあたる「操作インターフェース」として信頼性の高いRoland製品を活用する。これが、感情論やブランドイメージを排し、機能とコストのバランスから導き出される結論と言えます。
もちろん、V71が持つベロシティの拡張性は素晴らしいものがあります。Rolandが業界の雄である証左です。
まとめ:ハードウェアを「入力装置」として割り切る知恵
電子ドラムの進化は、ハードウェア単体で完結する時代から、PCやソフトウェアとの統合を前提とした時代へと移行しています。メーカーがその過渡期にある今、私たちユーザーに必要なのは、新製品を無条件に受け入れることではなく、自分の演奏スタイルに合わせて機材の役割を再定義する視点です。
予算は無限ではありません。ハードウェアを賢く購入し、余った予算をソフトウェアの音源に投資するのが最適解だと思うのです。
音源モジュールを「音を作る箱」から「PCへ信号を送るための高精度な変換機」へと捉え直すことで、数分の一のコストで、プロフェッショナルなレコーディングスタジオに匹敵する演奏環境を手に入れることが可能です。









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