多くのドラマーが経験する課題の一つに、4/4拍子以外のリズムに対して感じる一種の違和感が挙げられます。「5拍子や7拍子は不自然に感じる」「フレーズが途切れてしまうような感覚がある」といった声は、少なくありません。
この感覚の背景には、私たちが慣れ親しんだ西洋音楽における、直線的な時間認識が影響している可能性があります。小節という単位で時間を区切り、1から順に拍を数えていく方法です。
しかし、世界には異なる時間感覚を基盤とした音楽が存在します。その代表例が、インド古典音楽におけるリズムサイクル「ターラ」です。
当メディア『人生とポートフォリオ』では、楽器の探求を、技術習得に留めず、思考の枠組みを広げるための手段と位置づけています。本記事では、この視点からインド音楽のターラの概念を紹介します。7拍や10拍といったサイクルを一つの大きな円運動として捉え、その中でストロークを構成していくことで、変拍子への取り組みにくさと向き合い、それを有機的なサイクルとして体感するための一つの方法を提示します。
西洋音楽の「拍子」とインド音楽の「ターラ」:直線と円環
変拍子に対して感じる違和感と向き合うためには、まず私たちが無意識に準拠している「拍子」の概念そのものを客観視する必要があります。その上で、異なるリズム体系であるインド音楽のターラと比較することで、新たな視点を得られる可能性があります。
拍を数える西洋音楽、サイクルを感じるインド音楽
西洋音楽における拍子(Meter)は、多くの場合、小節線によって明確に区切られた時間の単位として機能します。4/4拍子であれば4つの拍で一つの小節が完結し、次の小節へと直線的に進行します。私たちは「ワン、ツー、スリー、フォー」と数を数えることで、時間上の現在地を確認します。
一方、インド音楽の「ターラ」は、単なる拍の集合体ではなく、それ自体が完結した周期的なサイクル(Rhythmic Cycle)として捉えられます。ターラは「始まり」と「終わり」が一致する円環構造を持ち、演奏者はその円環の中を周回するような感覚でリズムを捉えます。数を数えることよりも、サイクルのどの地点にいるかを身体的に把握することが重視されます。
なぜ変拍子は「不自然」に感じるのか?
私たちが変拍子を不自然に感じてしまう要因の一つとして、この直線的な時間感覚が考えられます。無意識のうちに4/4拍子を基準として捉え、7拍子を「4拍子プラス3拍」あるいは「8拍子から1拍足りない」というように、基準からの加算や減算として認識してしまう傾向があります。
しかし、ターラの概念を導入すると、7拍子はそれ自体で一つの完結した周期となります。それは何かから足したり引いたりしたものではなく、元から独立した周期として存在します。この認識の違いを理解することが、変拍子を自然に捉える上で重要な視点となります。
ターラの構造:周期を構成する3つの要素
インド音楽のターラが、なぜ単なる拍数の羅列ではなく、一つの有機的なサイクルとして機能するのか。その理由は、ターラを構成する特有の構造にあります。ここでは、その中心的な3つの要素を解説します。
サム(Sam):サイクルの始まりであり、還るべき場所
「サム」は、ターラの1拍目を指す言葉ですが、その意味は単なる開始点に留まりません。サムは、そのリズムサイクルの頂点であり、目的地であり、全ての演奏が最終的に帰着する解決点です。演奏者は常にこのサムを意識し、そこへ向かうエネルギーの流れを音楽全体で構築します。円環の中心で、中心的な役割を果たす点と考えることもできます。
ターリー(Tali)とカーリー(Khali):サイクルの起伏を形成する
ターラのサイクルには、サム以外にも構造的な目印が存在します。それが「ターリー」と「カーリー」です。
ターリーは「手拍子」を意味し、サイクル内における強いアクセントが置かれる拍を示します。これは、サイクルの骨格を形成し、聴き手に周期の構造を明確に伝達する役割を果たします。
対してカーリーは「空(から)」を意味し、手拍子を打たずに手を開いて示す、いわば無音のアクセントです。音を出さないことで、逆にその部分を意識させ、リズムに緊張と緩和の起伏を生み出します。カーリーは、サイクル内に意図的な「間」や「谷」を設ける重要な要素です。
具体例:ティーン・タール(16拍)とループ・タール(7拍)
例えば、最も一般的なターラの一つである「ティーン・タール」は16拍で構成され、[4拍 + 4拍 + 4拍 + 4拍]という構造を持ちます。各ブロックの頭がターリーまたはカーリーとなり、具体的には1拍目(サムでありターリー)、5拍目(ターリー)、9拍目(カーリー)、13拍目(ターリー)に構造的なアクセントが置かれます。
変拍子の例として7拍子の「ループ・タール」を見てみます。これは[3拍 + 2拍 + 2拍]というグループで構成されます。1拍目がサム(ターリー)、4拍目がターリー、6拍目がカーリーです。このように捉えることで、7という数字が、3-2-2という有機的なグループの連なりとして、身体的に把握しやすくなる可能性があります。
ストロークで「ターラ」を体現する:ドラマーのための実践的アプローチ
このターラの概念を、どのようにドラムセットでのストロークに応用できるでしょうか。ここでは、具体的な実践方法を3つの視点から解説します。
円運動としてのストローク:サイクルを身体で描く
まず、個々のストロークを単なる打撃という点の連続ではなく、一つの大きな円運動の一部として捉える方法が考えられます。例えば7拍子のサイクルを演奏する場合、腕やスティックの軌跡が、7拍で一周する大きな円を描くように意識します。この身体感覚は、直線的に拍を数える意識から、周期的なサイクルを感じる意識への移行を補助する可能性があります。
アクセントを「サム」への目印として配置する
次に、ターラの構造をフレーズに応用します。最も重要なのは「サム」です。スネアドラムの強打やクラッシュシンバルなど、最も明確なアクセントをサイクルの1拍目に配置し、そこが目的地であることを示します。そして、ターリーに相当する部分に中程度のアクセントを、カーリーに相当する部分にはゴーストノートや音を抜くなどの表現を用いることで、フレーズに起伏と方向性が生まれます。全ての音符が、サムという解決点へ向かう流れの中に位置づけられることになります。
「間」を演奏する:カーリーの概念を活かす
カーリーの概念は、ドラマーにとって応用可能な概念です。音を出さないこと、つまり「間」を意図的に演奏することが、リズムに異なる質感を与えるからです。例えば、ハイハットパターンの中で一箇所だけ音を抜いてみたり、フィルインの最後に一拍の休符を置いたりすることで、聴き手の注意を喚起し、次のサムへの緊張感を醸成する効果が期待できます。空間もまた、リズムサイクルを構成する重要な要素であるというインド音楽の思想は、私たちの演奏をより立体的にする上で参考になる可能性があります。
まとめ
本記事では、4/4拍子以外のリズムに感じる違和感の一因を考察し、その感覚と向き合うための一つの視点としてインド音楽の「ターラ」という概念を紹介しました。
その要点は以下の通りです。
- 変拍子への取り組みにくさは、小節単位で拍を数える西洋音楽的な直線的時間感覚に起因する可能性があります。
- インド音楽のターラは、周期的な円環構造を持つリズムサイクルであり、変拍子をそれ自体で完結した有機的なものとして捉える視点を提供します。
- ターラの構造(サム、ターリー、カーリー)を理解し、ストロークを円運動として捉えることで、ドラムセット上でこのサイクルを体現する方法が考えられます。
このアプローチは、演奏技術の紹介に留まらず、音楽における時間との関わり方、ひいては物事を認識するための一つの枠組みを提示するものです。
当メディア『人生とポートフォリオ』が探求するのは、このように既存の枠組みを問い直し、異なる文化や思考体系から学ぶことで、より多角的な視点を獲得することです。音楽を通した探求が、人生全体を考察する上での一つの材料となることを目指しています。









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