ポストパンクやニューウェーブの楽曲を聴いていると、ある種の特異な感覚を覚えることがあります。それは、人間が演奏しているビートが、リズムマシーンを想起させるほど正確かつ無機質に聞こえるという感覚です。特に、Joy DivisionやNew Orderの楽曲の根幹を支えるドラムサウンドは、その典型例と言えるでしょう。
なぜ、あの時代のビートは、人間的な揺らぎを感じさせないのでしょうか。その答えは、ドラマーであるスティーヴン・モリスの特異な演奏哲学にあります。
当メディア『人生とポートフォリオ』では、音楽を単なる娯楽としてではなく、自己表現や時代精神を反映する媒体として捉えています。『/ドラム知識』というピラーコンテンツ群において、本記事は『/ストローク (Stroke)』というサブクラスターに属します。ここでは技術論に留まらず、彼のドラミングを、人間的な感情や揺らぎを意図的に抑制し、リズムマシーンのようなビートを生成するための「機械仕掛けのストローク」として分析し、その背景にある思想と美学を探求します。
なぜスティーヴン・モリスのドラムは「機械」に聞こえるのか
スティーヴン・モリスのドラミングが機械的に聞こえる理由は、いくつかの技術的な特徴の複合によって成り立っています。彼の演奏は、一聴するとシンプルですが、その裏には高度なコントロールが存在します。
第一に、そのテンポキープの正確性です。彼の叩き出すビートは、メトロノームのように揺らぎがありません。現代ではクリック音を聴きながらのレコーディングは一般的ですが、彼がキャリアを開始した70年代後半から80年代初頭において、その正確さは特筆すべきものでした。
第二に、ダイナミクス、つまり音の強弱が極端に抑制されている点です。一般的なドラマーは、ビートに抑揚やグルーヴを与えるために、一打一打の音量に微妙な変化をつけます。しかし、スティーヴン・モリスのドラムは、スネアもハイハットもバスドラムも、全てが均一な音量で鳴っているかのように聞こえます。このダイナミクスの平準化が、人間的な感情の起伏を抑制し、無機質な印象を決定づけています。
そして第三に、装飾的なフレーズの徹底的な排除です。彼のプレイには、ゴーストノートのような微細な音や、派手なフィルインはほとんど見られません。楽曲が必要とする最低限の音数で、ひたすらにパターンを反復することに徹しています。このミニマリズムが、彼のドラムサウンドから人間的な要素を抑制し、構築的な響きを生み出しているのです。
「機械仕掛けのストローク」の正体
スティーヴン・モリスのドラミングの核心は、そのストローク、つまりスティックの振り方にあります。彼のストロークは、音楽に感情的な彩りを与えるためのものではなく、むしろ感情を抑制し、機械的な精度を追求するための機能として特化しています。
意図的に感情を抑制する演奏法
ドラムのストロークは、本来、表現の根源となり得ます。例えば、ストロークの強弱は情熱や繊細さといった感情を表現し、ビートに有機的な印象を与えます。しかし、彼のストロークは、その方向性が異なっています。
彼は、各ショットをいかに均質化できるかという課題に取り組んでいるように見えます。それは、定められた軌道を正確に反復する動作に近く、この「感情を介入させない」という明確な意志が、彼の「機械仕掛けのストローク」を形成しているのです。
リズムマシーンとの関係性と模倣
この特異なスタイルが確立された背景には、80年代初頭の音楽シーンにおける技術革新があります。LinnDrumに代表される高性能なリズムマシーンが登場し、その正確無比なビートは音楽制作の現場に大きな影響を与え始めました。
多くのドラマーが自らの役割について再考を迫られる中で、スティーヴン・モリスは異なるアプローチをとった可能性があります。彼はリズムマシーンと競合するのではなく、その特性を理解し、人間の身体性を通じて模倣するという方法論です。
機械の正確さを人力で再現するというアプローチは、結果として、単なる機械の模倣に留まらない独自のグルーヴを生み出しました。それは、機械的な均質性と人間による制御という緊張感を内包した、特有のビートです。スティーヴン・モリスのドラムに対するこの探求が、New Orderのダンスミュージックへの傾倒を支える重要な基盤となったことは、十分に考えられます。
ポストパンクという時代の美学
彼のドラムスタイルは、個人的な嗜好や技術の産物であるだけでなく、ポストパンクというムーヴメントが内包する時代の美学と深く結びついています。
パンクからの様式的転換とインダストリアルへの接近
70年代末に登場したポストパンクは、先行するパンクロックの衝動的で感情的なエネルギーから距離を置き、より知的で、内省的、そして抑制された表現へと向かいました。Joy Divisionが活動の拠点としたマンチェスターは、かつての産業革命の中心地であり、その工業地帯の風景は、彼らの音楽性に影響を与えた可能性があります。
金属的で反響の多いサウンド、反復される無機質なリフ、そして感情を抑えたヴォーカル。こうしたインダストリアル(工業的)な音楽性と、スティーヴン・モリスの機械的なドラミングは、音響的に共鳴していました。彼のビートは、反復的で機械的な性質を持つ点で、マンチェスターの工業的な環境を想起させると考えられます。
人間性の再定義:機械との共存
80年代は、テクノロジーが人々の生活に浸透し始め、「人間らしさとは何か」という根源的な問いが、様々なカルチャーの中で語られた時代でもありました。コンピューターやシンセサイザー、リズムマシーンといった新しい道具と、人間はどのように向き合っていくべきか、というテーマです。
スティーヴン・モリスのドラムは、この問いに対する一つの回答を提示しています。それは、機械によって人間の役割が代替されることへの懸念や抵抗ではなく、機械の持つロジックや美学を人間が取り込み、共存することで、新たな表現領域を開拓するという試みです。人間が機械を模倣し、その精度に迫る。そのプロセスの中に、新たな人間性を見出すという、80年代に特有の美学が彼のストロークに反映されているのです。
まとめ
スティーヴン・モリスのドラミングは、単に技術的に正確であるということ以上に、明確な思想に基づいた表現であることがわかります。彼の「機械仕掛けのストローク」は、感情や揺らぎを意図的に抑制し、同時代に登場したリズムマシーンの正確さを人間の手で再構築しようとする、きわめてコンセプチュアルなアプローチでした。
このスタイルは、パンクの熱量から距離を置いたポストパンクの抑制された美学や、マンチェスターという工業都市の風景と深く結びついています。そして、テクノロジーと人間の関係性が大きく変化した80年代という時代精神そのものを体現するものでした。
彼のドラムを、こうした背景とともに聴き直すことで、Joy DivisionやNew Orderの楽曲に込められた意味を、より深く理解することができます。それは、人間が機械を模倣し、その精度に迫ろうとした時代の、特有の緊張感と美学への探求と言えるでしょう。当メディアの『/ドラム知識』では、今後もこのように、演奏技術の背景にある思想や哲学を掘り下げ、音楽を通じた自己表現の可能性を探求していきます。









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