ファンとアンチは、同じ脳内物質でできている – オキシトシンが駆動するアイデンティティ・ポリティクス

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なぜ「推し」と「敵」は、これほどまでに人を熱狂させるのか

特定のアイドルや政党、作品を熱狂的に支持し、時間と情熱を注ぎ込む「ファン」。その一方で、同じ対象を執拗に、そしてしばしば過激な言葉で攻撃し続ける「アンチ」。彼らは、一見すると、愛と憎しみという正反対の極に位置する、決して相容れない存在のように見えます。

しかし、もし、その両者の行動を駆動させているのが、全く同じ脳内物質だとしたらどうでしょうか。本稿では、このファンとアンチという現象の根底にある、驚くべき共通構造を、「愛情ホルモン」として知られるオキシトシンの、逆説的な働きから解き明かしていきます。

「絆のホルモン」オキシトシンが持つ、光と影の二面性

オキシトシンは、母親が我が子を慈しむ時や、恋人同士が信頼を深める時、あるいは友人と楽しく語らう時に分泌される、幸福感に満ちたホルモンです。それは、集団内での絆や協力関係を促進し、社会を形成するための、極めて重要な役割を担っています。これが、オキシトシンの「光」の側面です。

しかし、近年の研究は、このホルモンが持つ、もう一つの恐ろしい顔を明らかにしています。それは、「我々の仲間(内集団)への愛情を深めると同時に、我々ではない敵(外集団)への攻撃性を高める」という、影の側面です。

オキシトシンは、無差別に愛情を振りまくわけではありません。その効果は、自分が所属する「内集団」に限定され、その絆が強まれば強まるほど、外部の集団に対する警戒心や排他性、時には敵意をも増幅させるのです。つまり、オキシトシンは「愛」と「憎しみ」を同時に生成する、諸刃の剣なのです。

ファンとアンチ、それぞれの「我々の正義」

このオキシトシンの二面性を理解すると、ファンとアンチの行動原理が、全く同じ構造を持つことに気づきます。

ファンの場合:「推し」を共有する、聖なる共同体

ファンコミュニティは、「同じ対象を愛する」という、強力な共通項によって結ばれた「内集団」です。彼らが共にイベントに参加し、情報を交換し、SNSで「推し」の素晴らしさを語り合うとき、その脳内ではオキシトシンが分泌され、仲間との間に強い一体感と幸福感が生まれます。そして、この共同体の絆をさらに強固にするのが、「アンチ」や「推しの価値を理解しない人々」という、共通の「外集団(敵)」の存在です。

アンチの場合:「打倒すべき敵」を共有する、正義の連合

一方、アンチコミュニティもまた、「同じ対象を憎む」という、強力な共通項によって結ばれた「内集団」です。彼らがSNS上で対象の欠点を共有し、批判的な意見に「いいね!」を送り合い、共に攻撃の戦略を練るとき、その脳内では、ファンコミュニティと全く同様に、オキシトシンが分泌されています。彼らにとっての「外集団(敵)」は、言うまでもなく、その対象自身と、それを擁護する「盲目的なファン」たちです。

アイデンティティ・ポリティクスとしてのファンとアンチ

このように、ファンとアンチは、愛と憎しみという異なる感情を掲げながらも、「共通の敵を設定し、内集団の絆を強化することで、自らのアイデンティティと居場所を確認する」という点で、完全に同じゲームをプレイしているのです。

これは、現代社会に見られる「アイデンティティ・ポリティクス」の構造そのものです。自らが何者であるかを、ポジティブな自己定義によってではなく、「我々は何の敵であるか」という、ネガティブな他者との対立によって規定する。SNSは、この古代的な部族のロジックを、デジタルの世界で瞬時に、かつ大規模に再現することを可能にしてしまいました。

まとめ

熱狂的なファンと、執拗なアンチ。その行動の根源にあるのは、しばしば、対象そのものへの純粋な評価以上に、「仲間と繋がりたい」という、オキシトシンが駆動させる、人間の根源的な社会的欲求です。そして、その絆は、共通の敵を認識し、共に戦うことによって、最も手軽に、そして最も強固に形成されます。

私たちがSNS上で、特定の対象への強い「愛」や「憎しみ」を感じたとき、一度立ち止まって自問してみる必要があるかもしれません。その感情は、本当に対象そのものに向けられたものなのか。それとも、特定の集団に所属し、仲間との一体感という「快感」を得るために、無意識のうちに作り出されたものではないのか、と。

この脳内に仕組まれた「絆の罠」を自覚すること。それが、愛を排他的な攻撃性に、正義を不寛容な暴力へと転化させることなく、より健全な形で他者や社会と関わるための、第一歩となるのではないでしょうか。

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この記事を書いた人

サットヴァ(https://x.com/lifepf00)

『人生とポートフォリオ』という思考法で、心の幸福と現実の豊かさのバランスを追求する探求者。コンサルタント(年収1,500万円超/1日4時間労働)の顔を持つ傍ら、音楽・執筆・AI開発といった創作活動に没頭。社会や他者と双方が心地よい距離感を保つ生き方を探求。

この発信が、あなたの「本当の人生」が始まるきっかけとなれば幸いです。

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