「絆」のホルモンが「いじめ」を生む?- オキシトシンの光と影

「オキシトシン」というホルモンについて、多くの人が「愛情ホルモン」や「信頼ホルモン」といった、ポジティブなイメージを持っているのではないでしょうか。母親が我が子を愛おしいと感じる時や、人と人との間に深い信頼関係が築かれる時に分泌される、幸福で穏やかな物質。それが、これまでの一般的な理解でした。

しかし、もし、その同じホルモンが、私たちの心に「排他性」や「攻撃性」をもたらすとしたら、どうでしょうか。仲間との絆を深める力が、同時に、異質な他者を排除する「いじめ」や「分断」の引き金にもなっているとしたら。

この記事では、「愛情ホルモン」オキシトシンが持つ、あまり知られていない「光と影」の二面性について、科学的な事実を基に解説していきます。

目次

「愛情ホルモン」オキシトシンの光の側面

オキシトシンが、私たちの社会的な行動において、極めて重要な役割を果たしていることは間違いないでしょう。このホルモンは、脳の視床下部で生成され、特に人間関係におけるポジティブな感情や行動を促進すると考えられています。

例えば、出産や授乳の際に母親の体内で大量に分泌され、母子の間に強い愛着を形成する働きは、その代表例です。また、人と協力するゲームを行う際に、オキシトシンを投与された人は、相手をより信頼し、協力的な行動を取るようになる、という研究結果も報告されています。

他者への共感能力を高め、社会的なつながりを円滑にする。オキシトシンが「愛情ホルモン」と呼ばれるのは、こうしたポジティブな側面があるからです。

内集団への共感と、外集団への敵意

しかし、近年の研究は、オキシトシンのこの「親密さ」を高める効果が、普遍的なものではないことを示唆しています。その効果は、極めて限定的な範囲、すなわち、自分が所属している「内集団(イングループ)」のメンバーに対してのみ、強く発揮される傾向があるのです。

ある実験では、被験者にオキシトシンを投与し、その行動の変化が観察されました。その結果、被験者は、自分の仲間(内集団)に対しては、より一層、共感的で協力的になる一方で、競争相手である「外集団(アウトグループ)」のメンバーに対しては、むしろ不信感や攻撃的な態度を強めることが示されたと言います。

つまり、オキシトシンは、「人類みな兄弟」といった博愛のホルモンというよりは、むしろ「我々と、それ以外」という区別を、私たちの脳内でより際立たせる働きを持っている可能性があるのです。それは、自分の家族や仲間を守るためには、外部の脅威に対して、より警戒し、攻撃的になるという、生物として自然な防衛本能を司るホルモンとも言えるかもしれません。

「正義」という名の下の、集団的な排除行動

このオキシトシンの二面性は、SNSなどで頻繁に見られる、集団的な排除行動、すなわち「炎上」や「キャンセルカルチャー」の根底にある、一つのメカニズムを説明してくれる可能性があります。

ある集団が、「社会のルールを破った者」や「自分たちの価値観に反する者」を、共通の「敵」として認識した時、その「敵」を皆で一斉に非難し、排除する行為は、極めて強力な集団的な結束、すなわち「絆」を生み出すことがあります。

この時、参加者たちの脳内では、オキシトシンが分泌されている可能性が考えられます。共通の敵を攻撃することで、「私たちは同じ価値観を共有する仲間だ」という一体感が高まり、それが強い心地よさをもたらすのです。

「正義」の執行という大義名分は、この本能的な「絆を確かめ合う快感」を、正当化するための、都合の良い物語として機能することがあります。参加者は、自分が「いじめ」に加担しているとは考えません。むしろ、自分たちの共同体の純粋性を守るための、正当な行いだと信じているのかもしれません。

まとめ:「絆」の影を自覚し、本当の共感へ

オキシトシンがもたらす「絆」の感覚は、私たちの人生を豊かにする、かけがえのないものです。しかし、その光が強ければ強いほど、その裏側には、自分たちとは異なる他者を排除しようとする、濃い「影」が生まれる可能性があることを、私たちは知っておく必要があるでしょう。

私たちが、集団の中で強い一体感や高揚感を覚え、共通の「敵」に対して義憤を感じた時。一度、自問してみる必要があります。「この感情は、本当に普遍的な正義感から来ているのか。それとも、ただ、仲間との絆を確認する、あの心地よい快感に浸りたいだけではないのか」と。

その「絆」の影を自覚すること。そして、自分の内集団だけでなく、その外側にいる人々の痛みにも想像力を働かせること。それこそが、ホルモンに支配された本能的な行動を超えて、真に理性的で、成熟した共感へと至るための、一つの道なのかもしれません。

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この記事を書いた人

サットヴァ(https://x.com/lifepf00)

『人生とポートフォリオ』という思考法で、心の幸福と現実の豊かさのバランスを追求する探求者。コンサルタント(年収1,500万円超/1日4時間労働)の顔を持つ傍ら、音楽・執筆・AI開発といった創作活動に没頭。社会や他者と双方が心地よい距離感を保つ生き方を探求。

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