完全業務委託でいこうと思っている。あるいは、今いる社員を業務委託に切り替えられないかと考えている。そう検索して、この記事にたどり着いたかもしれません。
出てくる答えは、どれも同じ形をしています。契約書の形式ではなく実態で判断される。指揮命令があれば労働者と認定される。だから契約書と現場の運用が乖離していないか点検せよ、と。
正しい情報です。ただ、その処方には一つ、書かれていない前提があります。点検の物差しが、これから先も同じである、という前提です。
その物差しは、いま40年ぶりに書き換えられようとしています。
この記事が立てる問いは、そこです。判定の基準そのものが動いている局面で、これから制度を新設するとは、何を賭けることなのでしょうか。
要件の骨格を、先に押さえる
まず、上位の記事が答えていることを整理します。
労働基準法第27条は、こう定めています。出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。
つまり雇用契約の労働者には、成果がゼロでも保障給を払う義務があります。だから完全歩合を成立させるには、雇用ではなく業務委託にするしかありません。
そして労働基準法第9条は、労働者を「使用される者で、賃金を支払われる者」と規定しています。その判断基準を整理したのが、労働基準法研究会報告(昭和60年12月19日)です。
この報告は、労働者性を二つの基準で判断するとしています。使用される、つまり指揮監督下の労働であるかという労務提供の形態。そして賃金支払、つまり報酬が提供された労務に対するものであるかという対償性。この二つを総称して使用従属性と呼びます。
厚生労働省の資料は明確です。使用従属性は、請負契約や委任契約といった契約の形式や名称にかかわらず、契約の内容、労務提供の形態、報酬その他の要素から、個別の事案ごとに総合的に判断される、と。
適法かどうかは、あなたの会社の属性ではない
ここで、多くの人が読み違える点があります。
適法か違法かは、制度に貼りついた属性ではありません。個別の事案ごとに、総合的に、判断されるものです。
つまり、同じ制度でも、運用が変われば判定が変わります。そして判定する側の基準が変われば、運用が同じでも判定が変わります。
上位の記事が「点検せよ」と勧めるとき、点検の物差しは固定されているように読めます。しかし物差しは、固定されていません。
判定の物差しが、40年ぶりに書き換えられようとしている
厚生労働省は2025年5月、「労働基準法における『労働者』に関する研究会」を設置しました。現行の労働者性の判断基準が、働き方の変化や多様化に対応できていないという問題意識からです。
見直しが実現すれば、昭和60年以来、約40年ぶりの基準刷新となります。
背景には、具体的な事例があります。ネット通販大手の配達員が配達中に負傷し、労働基準監督署から労災と認定される事例が続きました。業務委託契約であっても実態として労働者に該当する、と判断されるケースが社会の関心を集めたわけです。
研究会の初会合で、座長を務める岩村正彦・東京大学名誉教授は、現在の労働者の定義がスマートフォンやインターネットといったテクノロジーの発達を前提としておらず、現実とのズレがあると指摘しました。
そして、この記事の受益者にとって決定的な点があります。研究会が問題として挙げているもののなかに、実態としては企業の指揮命令を受けている業務委託契約者のケースと、企業が社会保険料などの負担を逃れるために本来雇用すべき人を請負契約としているケースが、明示的に含まれています。
何がどう変わるかは、まだ誰にも書けない
ここで、正直に線を引きます。
研究会は、裁判例の分析や関係者へのヒアリングを重ね、労働者性の判断基準に関する報告書を取りまとめる予定です。その報告書が、法改正案の根幹をなすとされています。
ただし、報告書はまだ出ていません。労働基準法の改正案は2026年通常国会への提出が見送られており、提出時期も施行時期も流動的です。
だから、こう書くことはできません。何年から基準がこう変わる、と。誰にも書けません。
書けるのは、ここまでです。基準は昭和60年のものが今も生きている。その見直しが進行中である。時期は決まっていない。
Q:今から完全業務委託を導入するのは、違法になるのですか。
A:現行の基準では、実態が労働者性を持たなければ適法です。ただし労働基準法研究会報告(昭和60年12月19日)に基づく判断基準は、2025年5月に設置された厚生労働省の研究会で見直しが進行中です。報告書は未公表で、改正案の提出時期も施行時期も決まっていません。したがって現時点で言えるのは、今日の適法が明日の適法を保証しないということだけです。導入するかどうかは、この不確実性を織り込んで判断することになります。
今日の適法は、明日の適法を保証しない
ここが、この記事の核心です。
制度を設計するとき、多くの人は現行基準への適合を目標にします。要件を満たすように契約書を作り、運用を整える。それは正しい作業です。
ただ、現行基準への最適化は、基準が動かないことを前提にした賭けです。
そして今、基準は動く方向に見えています。研究会が設置され、40年ぶりの見直しが議論されている。動く時期も動く内容も分かりませんが、動かないと考える根拠のほうが薄い。
つまり、今から完全業務委託を新設するのは、現行基準に賭けることになります。それが悪いという話ではありません。賭けであることを自覚しているかどうかが問題です。
基準が変わっても壊れない設計とは何か
では、どう設計すればよいのでしょうか。
ここからは私の判断です。専門家の定説ではないので、そのつもりで読んでください。
原則は一つです。ぎりぎりで適法な設計は、基準が動いた瞬間に違法になります。だから、余白を持たせてください。
現行基準は、指揮監督下の労働かどうかを見ます。具体的には、仕事の依頼を断る自由があるか。業務の遂行方法に指揮命令があるか。時間や場所の拘束があるか。他人が代わりに行えるか。
この各項目で、ぎりぎり白の線を狙う設計と、明確に白の設計があります。
朝礼への参加を任意にする。同行を強制しない。稼働時間を管理しない。他社の仕事を制限しない。これらを、判定を通るための最小限で満たすのか、疑いの余地がないところまでやるのか。
前者は現行基準に賭けています。後者は、基準がどう動いても白のままである可能性が高い。
業務委託にするコストを、正直に書いておく
もう一つ、設計の前に確認すべきことがあります。
明確に白の設計にすると、あなたの会社は多くを失います。
指揮命令ができません。朝礼に呼べません。教育を強制できません。他社の仕事を止められません。会社のやり方を押しつけられません。
これは制度の副作用ではなく、業務委託の定義そのものです。相手は事業者であって、部下ではないからです。
そして、ここに残酷な事実があります。それらを全部手放してもよいと思えるなら、業務委託は成立します。手放せないと感じるなら、あなたが求めているのは業務委託ではありません。
多くの会社が偽装フリーランスと判定されるのは、悪意があるからとは限りません。手放せないものを手放さないまま、契約書だけを業務委託にしたからだと考えられます。
判断基準は、失って困るものを先に数える
渡せる判断基準は、これです。
導入を検討する順序を逆にしてみてください。契約書から入るのではなく、失うものから数える。
指揮命令を手放せますか。稼働時間の管理を手放せますか。専属を手放せますか。この人にこの仕事を、と指名することを手放せますか。
一つでも手放せないなら、その分だけ現行基準に近づきます。近づくほど、基準が動いたときの脆さが増します。
全部手放せるなら、業務委託は成立し、基準が動いても壊れにくい。
つまり、業務委託を導入できるかどうかは、法律の問題である前に、あなたの会社がその人を事業者として扱えるかどうかの問題です。
すでに働いている人には、相談の経路がある
もし、あなたが業務委託で働いていて、この記事にたどり着いたなら、一つ知っておいてよいことがあります。
厚生労働省は、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の施行に合わせ、全国の労働基準監督署に相談窓口を設置しました。自らの働き方が労働者に該当する可能性があると考えるフリーランスから、労働基準法等の違反に関する相談を受ける窓口です。
契約書に業務委託と書いてあっても、実態が労働者であれば、労働基準法の保護対象になります。判断は形式ではなく実態で行われます。
不安があるなら、相談してみることを検討してみてはいかがでしょうか。
動く基準の上に、動かない設計を置く
この記事の答えをまとめます。
完全業務委託は、現行の基準では、実態が労働者性を持たなければ成立します。ただしその基準は、昭和60年の労働基準法研究会報告に基づくもので、2025年5月設置の厚生労働省の研究会で見直しが進行中です。時期も内容も、まだ確定していません。
だから、今から新設するなら、現行基準にぎりぎりで適合する設計は避けるほうが安全だと考えられます。基準が動いた瞬間に、その設計は違法に転じるからです。
渡せる判断基準は一つです。契約書から入らず、失うものから数えてみてはいかがでしょうか。指揮命令、稼働管理、専属、指名。これらを全部手放せるなら、業務委託は成立し、基準が動いても壊れにくい。一つでも手放せないなら、それは業務委託ではなく、業務委託の形をした雇用です。
法律に合わせて設計するのではなく、その人を事業者として扱えるかどうかで決める。動く基準の上に置けるのは、そういう設計だけかもしれません。




