深胴のタムパッドを見ると、なんとなく音が良さそうに感じます。木の胴に、本物のドラムと同じフープ。値段も高い。だから良い音がするのだろう、と。私もそう思って選びました。
その深胴のタム(ローランド PDA100-MS、PDA120-MS、PDA140F-MS)を、7枚すべて浅いパッド(ローランド PD-8H、PD-10H)に替えました。結果から言うと、音はまったく変わりませんでした。変わったのは、叩いてから音が返ってくるまでの反応の速さでした。この記事は、その一部始終と、そこから見えた選び方の話です。
電子ドラムの音は、パッドではなく音源が鳴らしている
まず、あらためて構造を確認します。電子ドラムのパッドは、それ自体が音を出す装置ではありません。パッドはセンサーで打撃を検出し、その情報を音源モジュールに送ります。音を鳴らしているのは、あくまで音源モジュールです。
この点は、ローランド自身が明言しています。電子ドラムの音質は、主に音源モジュールで決まるという説明が、公式サイトに置かれています。パッドについて公式が語っているのは、素材の違いによる打感であって、音質ではありません。
つまり、同じ音源モジュールで鳴らす限り、パッドを替えても音色そのものは変わらない。深胴だから太い音が出る、ということは起こりません。ここが出発点です。
それでも深胴のタムが存在するのは、生ドラムの胴が音を作っているから
では、なぜ深胴のパッドが作られているのでしょうか。答えは、生ドラムの記憶にあります。
生ドラムでは、胴の深さが音を決める重要な要素です。一般的にシェルが深いほど下のヘッドの振動までの時間が長くなり、その分、太鼓全体の鳴りが長く聴こえるとされています。浅いシェルはサステインの短いレスポンス重視型、深いシェルはサステインの長いパワー重視型という整理です。
生ドラムにおいて、胴は飾りではありません。叩かれたヘッドの振動が胴を通り、下のヘッドと共鳴し、空気を動かして、音として耳に届く。深さは、その音の長さと重さを作っています。だから深胴には意味があります。
深胴の電子ドラムパッドは、この生ドラムの手触りと佇まいを、電子ドラムの上に再現しようとした設計です。その意図自体は誠実なものです。
電子ドラムでは、胴が鳴っても音にならない
ここに、生ドラムと電子ドラムの決定的な非対称があります。
生ドラムでは、胴が鳴ることが音になります。胴が振動している時間は、音を作っている時間です。だから待つ価値がある。
電子ドラムでは、胴が鳴っても音になりません。鳴っているのは音源モジュールの中のサンプルであって、目の前の木の胴ではない。胴がどれだけ豊かに響いても、その響きはヘッドフォンからもスピーカーからも出てきません。
つまり、生ドラムにある胴の振動が、電子ドラムではありません。同じ構造が、片方では音を作り、もう片方では何も作らない。この一点が、電子ドラムのパッド選びを、生ドラムのそれとは別物にしています。
深胴のパッドで感じていたのは、音の不満ではなく反応の遅れだった
ここからは、私が実際に感じたことと、その理由についての推測です。ローランドが何らかの見解を示しているわけではありませんし、測定したわけでもありません。あくまで、一人のユーザーが叩いて感じたことです。
深胴のタムを叩いていたとき、私はずっと微妙な違和感を持っていました。音が気に入らない、と言葉にしていたのですが、浅いパッドに替えてみて、そうではなかったとわかりました。気持ち悪かったのは、頭の中で鳴っている音と、実際に聞こえる音の、反応の速度のわずかなズレでした。
浅いパッドに替えた瞬間、立ち上がりが速くなったように感じました。私の推測では、深い木の胴は打撃の振動が胴全体に回るぶん、センサーが波形の頭を捉えるまでにわずかな時間がかかっているのではないか。浅いパッドは胴に逃げる分が少なく、打点のエネルギーがセンサーに直接届いているのではないか。そう考えると、体感の説明がつきます。
もしこの推測が当たっているなら、深胴の遅れは、電子ドラムでは損失にしかなりません。生ドラムなら、その遅れは胴の響きとして音に変換され、生々しさとして返ってくる。電子ドラムでは、胴が鳴っても音にならないので、遅れだけが残る。対価のない待ち時間です。
私が気持ち悪かったのは、感覚の誤作動ではなかったのだと思います。
よくある疑問
Q:電子ドラムのタムは、深胴のほうが音が良いのですか。
A:同じ音源モジュールで鳴らす限り、深胴でも浅いパッドでも音色は変わりません。電子ドラムの音を作っているのは音源モジュールであり、パッドは打撃を検出して情報を送る役割です。深胴のパッドが持つ価値は、音ではなく、生ドラムに近い佇まいと打感にあります。したがって、音の良し悪しでパッドの深さを選ぶ必要はありません。
Q:では、深胴のパッドは選ばないほうがよいのですか。
A:そうとは限りません。生ドラムと持ち替えることが多い方や、深い胴の打感そのものに愛着がある方には、深胴が合う可能性があります。判断すべきなのは、音ではなく、自分の身体がどちらの打感で気持ちよく叩けるかです。また、好みの問題ですが、深胴の方がフィーリングが良いとする方もいるかもしれません。私は浅胴の方が反応の速度が良かったため、そちらを選択しました。
パッドは音では選べない。だから反応の速さで選ぶ
ここまでを整理すると、パッド選びの軸は一つに絞られます。
音では選べません。音源が鳴らしている以上、パッドの深さで音色は動かない。カタログの写真を見て「こちらのほうが良い音がしそう」と感じたなら、それは音の情報ではなく、生ドラムの記憶が呼び起こす連想です。
残るのは、打感と反応の速さです。より正確に言えば、自分の頭の中で鳴っている音と、実際に返ってくる音が、気持ちよく重なるかどうか。速い返りが心地よい人もいれば、沈み込む手応えが必要な人もいます。ここに正解はありません。
だから、パッドを選ぶときの問いは「どちらが良い音か」ではなく「どちらが自分の身体に素直に返ってくるか」になります。可能なら、楽器店で両方を叩いてみて、頭の中の音とのズレが少ないほうを選ぶ。それが、私がこの入れ替えを通じて手に入れた基準です。
浅胴タムの音の硬さは、音源側で作り直す
浅いパッドに替えて、反応のズレは消えました。一方で、アタックが正確になったぶん、少し硬く感じる場面もあります。生ドラムの、あのわずかな鈍りが、生々しさとして働いていた面は確かにあると思います。
そこで今後は、失った鈍りを音源側で作り直すことを検討しています。方法として考えているのは、発音そのものを遅らせるのではなく、アタックの立ち上がりを整形する方向です。テープ系やチューブ系のプラグインで頭を軽く飽和させる、あるいはトランジェントの処理でアタックをわずかに丸める。奥行きが欲しいなら、リバーブのプリディレイで空間の反射を遅らせる。
発音を遅らせれば、また反応のズレが戻ってきます。演奏性を損なわずに鈍りだけを足すなら、遅らせるのではなく整形する。この方向で試していくつもりです。
深胴が持っていた鈍りは、電子ドラムでは対価がありませんでした。ならば、対価のある鈍りを、音源側で設計し直す。同じ鈍りでも、演奏を待たせるのか、音を作るのかで、意味がまったく変わってきます。
音で選べないとわかると、自分の身体が見えてくる
深胴のタムを7枚手放して、わかったことが一つあります。私は音を選んでいるつもりで、実は「良い音がしそうな見た目」を選んでいました。
電子ドラムでは、音は音源が作ります。この事実を受け入れると、パッド選びから音の話が消えます。残るのは、自分の身体と道具の関係だけです。どちらが気持ちよく叩けるか。頭の中の音と、返ってくる音が、どちらのほうが重なるか。
その問いに答えられるのは、カタログでも、レビューでも、メーカーでもありません。実際に叩いた自分の身体だけです。音という基準が外れたとき、はじめて自分の感覚が判断の中心に戻ってくる。この入れ替えで得たものは、パッドではなく、その基準そのものだったように思います。
深胴か浅胴かで迷っている方は、まず一枚だけ、自分の環境で試してみてはいかがでしょうか。音は変わりません。だからこそ、身体が答えを出してくれます。







