近衛文麿は、首相として自分の声をラジオで国民に直接届け、政府の方針への支持を集めました。同時に、ラジオは政府が伝えたいことをそのまま全国へ流す手段になり、国民が別の意見に触れる機会は小さくなりました。
しかし、支持を集める放送は政治家として当然の活動で、情報統制と呼ぶのは言い過ぎではないかという疑問が出ます。この記事は、近衛のラジオ利用を、放送の特徴、首相としての語りかけ、情報の流れ方の順に整理します。
ラジオは発信者の肉声を国民に直接届けるメディアだった
1930年代後半の日本で、ラジオは新聞や雑誌とは違い、発信者の肉声を時間と場所を超えて国民の耳に届けました。声は、文字では伝わりにくい感情や間合いまで運ぶため、聞き手に強い親近感を与えます。
近衛は1933年に貴族院議長となり、1937年6月4日に第1次近衛内閣を組織しました。日本放送協会(NHK)の第2代総裁も務めています。放送を所管する立場と首相の立場を、同じ人物が兼ねたことになります。
首相の肉声は、緊迫した情勢で政府の方針を直接伝えた
首相がラジオで自分の考えを語る演説は、林内閣以降に行われるようになりました。近衛もこの流れのなかで、国民に直接語りかける手段としてラジオを使ったとされています。
首相就任の約1か月後の1937年7月7日に盧溝橋事件が起き、11日に近衛は総理官邸で派兵声明を発表しました。危機のときに首相の言葉が編集を経ずに全国へ届くことは、政府の方針への理解と支持を集めやすくします。
ただし、個々の演説の題や日付、放送が世論をどの程度動かしたかは、確かな資料で確かめられていません。この記事では、そこまでは言い切りません。
政府の言葉が中心の放送では、別の意見に触れる機会が小さくなる
ラジオから流れる内容が政府の伝えたいことに偏ると、聞き手は別の見方に触れにくくなります。国民は、立ち止まって多様な意見を比べる材料を、放送から得られなくなります。
支持を集める放送そのものが問題なのではありません。問題は、反対や批判の意見が同じ場所で伝えられない点にあります。近衛のラジオ利用が、後の戦時体制の言論統制につながる流れの一つだったと思います。
SNSで政治家が直接語る現代にも同じ構造がある
現代の政治家がSNSの動画や配信で直接語りかけることは、発信者が編集を経ずに聞き手へ届く点で、当時のラジオと同じ構造です。近衛の事例は、その原型として読めると思います。
便利で分かりやすい発信であっても、受け手が出どころと意図を確かめなければ、一つの見方しか持てなくなります。
発信者の意図と、ほかの見方の有無を確かめてみてはいかがでしょうか
政治家がSNSで語りかける場面を見たとき、発信者が何を伝えようとしているのか、別の立場の意見はどこにあるのかを、一度確かめてみてはいかがでしょうか。







