専門性がないという弱点は、5億年前から続く生き残り戦略である

「浅く広くのキャリアなので、市場価値に不安があります」「器用貧乏で、アピールできる専門性がないのがコンプレックスです」。そう検索窓に打ち込んだことがあるなら、この記事はあなたのために書かれています。

検索して出てくる答えは、だいたい決まっています。器用貧乏は短所だが見方を変えれば長所になる。だから一つ突出したスキルを身につけてT字型人材を目指しなさい。向いている職種はこれとこれとこれ。そして最後は、キャリア相談の窓口へ。

この記事が立てる問いは違います。確定させないことは、本当に弱点なのでしょうか。生物の歴史を5億年さかのぼって調べると、確定させた側が消え、確定させなかった側が残るという、逆の結果が出てきます。

目次

上位に並ぶ答えは、すべて「あなたがどう見せるか」の話に閉じている

専門性がないことへの不安を検索すると、上位の記事はほぼ同じ構造をしています。

まず器用貧乏を短所として定義します。あるキャリアメディアは、器用であるがゆえに中途半端に手を出し、他人から都合よく使われ、大成しない状態と説明していました。次に、向いている職種を列挙します。営業、事務、総務、コンサルタント、ディレクター。最後に克服策を渡します。一つ突出したスキルをつけなさい、資格を取りなさい、長所に言い換えてアピールしなさい。

どれも間違いではありません。ただし、すべて本人の見せ方の話です。あなたの特性が本当のところ有利なのか不利なのかという、環境の側の話が一切ありません。

そして上位記事の多くは人材紹介事業のメディアです。結論が相談窓口へ収束するのは、事業構造上そうならざるを得ません。悪意ではなく、設計上の制約です。

生き残ったのは、完成度の高い種ではなかった

環境の側から見るために、時間の尺を思いきり伸ばします。

三葉虫という生き物がいました。約5億2100万年前のカンブリア紀前期に現れ、約2億5200万年前のペルム紀末の大量絶滅で消えるまで、およそ2億7000万年続いています。恐竜の存続期間より長い時間です。

三葉虫は完成度が高い生き物でした。外骨格を持ち、複雑な複眼を持ち、海のあらゆる生態的地位に入り込み、2万種以上が記載されています。当時の海の支配者と呼んで差し支えありません。

その三葉虫が、環境が変わったときに消えました。

一方、脊椎動物の体制はどうだったか。節足動物のような外骨格の完成度はありません。軟体動物のような柔軟性もありません。内骨格があり、左右対称で、管状の消化器を持つ、どっちつかずの構成です。

その中途半端さのまま、魚から両生類、爬虫類、哺乳類、鳥類へと展開しました。同じ設計図から、クジラもコウモリもヘビも作られています。

ここで注意深く言っておきます。三葉虫が外骨格を持っていたから絶滅した、という単純な因果は証明されていません。ペルム紀末の大量絶滅は海洋生物種の9割以上を消しており、原因は火山活動、海洋酸性化、無酸素化など複合的です。ここで指摘できるのは、完成度の高さは存続を保証しなかったという事実だけです。

人類は、何にも特化しなかったから何にでもなれた

人類の身体を、他の動物と並べて見てください。

牙がありません。爪もありません。毛皮も薄く、走力も並です。単独で戦えば、同じ体重の哺乳類にまず勝てません。何一つ特化していない身体です。

その身体で、人類は何をしたか。石を削ってナイフを作れば肉食獣になりました。火を使えば、消化の一部を体外に出しました。農耕を始めれば草食に寄りました。北極圏でも赤道直下でも暮らしています。

身体を確定させなかったから、道具で確定を先送りできた。これが人類の設計思想です。

Q:専門性がないことは、キャリアにおいて本当に不利なのでしょうか。
A:環境が安定している間は不利です。特化した人は、その環境が続く限り必ず勝ちます。ただし環境が変わった瞬間、特化はそのまま負債になります。専門性がないことの価値は、平時ではなく変化時に現れます。有利か不利かは能力の問題ではなく、環境の変化速度の問題です。

日本という社会も、輪郭を確定させないことで千年以上もった

ここからは私の解釈です。学説として確立された議論ではありませんので、そのつもりで読んでください。

日本の社会には、確定させないことで長く続いてきた仕組みがいくつもあります。

天皇という権威があり、実権は摂関、院政、幕府と移りますが、権威の側は倒されません。権威と権力を分離したまま、千年以上運用してきました。上を潰さず、実質だけを取る。これはかなり珍しい構造です。

伊勢神宮の式年遷宮は、20年ごとに建て替えながら同じものを作ります。ヨーロッパの大聖堂が石を数百年積み上げるのとは逆で、永続性を物ではなく反復に置いています。

神仏習合もそうです。矛盾する二つを、どちらかに決めずに並べたまま置く。論理的一貫性より共存を優先する型です。

共通しているのは、輪郭を確定させないことです。そして確定させないことで、環境が変わっても折れずに形を変えながら残ってきました。

脊椎動物の可塑性と、この型は形式が似ています。両者に因果関係があるわけではありません。ただ、確定させないものが長くもつという現象が、生物と社会という別の層で同じように起きているとは言えそうです。

確定させないことが強いのではない。確定させる場所を選べることが強い

ここが、この記事の核心です。

「確定させないほうがいい」という話ではありません。それだけなら、ただの無責任な慰めになります。

脊椎動物をもう一度見てください。骨格は確定しています。内骨格を持つ、左右対称である、この設計は動かしていません。確定させなかったのは、その先の形態のほうです。

三葉虫は、確定を身体そのものに持っていました。外骨格は、骨格と形態が一体になっています。だから形態を変えるには、骨格から作り直すしかない。

つまり分かれ目は、確定させたかどうかではありません。確定させる層と、確定させない層を分けたかどうかです。

骨格が固まっているからこそ、その上の形は自由に変えられる。逆に、骨格まで曖昧にすると、形も定まりません。

あなたのキャリアで、骨格にあたるものは何か

この判断基準を、キャリアに置き換えます。

確定させるべき骨格は、職種名やスキル名ではありません。それは形態です。骨格にあたるのは、どの環境でも変わらないもの。たとえば、どういう場面で自分が機能するのか。曖昧な状況で判断を下すことなのか、人と人の間に立つことなのか、誰も拾わない仕事を拾うことなのか。

上位記事が勧める「一つ突出したスキルをつける」は、形態を確定させる提案です。環境が安定していれば有効です。ただし、そのスキルが要らなくなったとき、骨格から作り直すことになります。三葉虫と同じ構造です。

一方で、何も確定させずに漂うと、これも折れます。骨格がないので、形が定まらない。器用貧乏という言葉が短所として使われるのは、この状態を指しているときです。

だから問いは、専門性を持つべきかどうかではありません。あなたにとっての骨格は何で、形態は何か。この切り分けができているかどうかです。

確定させないことのコストを、正直に書いておく

公平を期すために、逆側も書きます。

確定させないことのコストは、常に最適ではないことです。特化した者は、環境が安定している限り必ず勝ちます。三葉虫は2億7000万年勝ち続けました。人間の一生の尺度で言えば、これは永遠に等しい長さです。

つまり、短期では特化が勝ちます。可塑性が効いてくるのは、環境が変わったときだけです。そして環境がいつ変わるかは、事前には分かりません。

もう一つのコストは、評価されにくいことです。人事評価の仕組みは、たいてい形態を測るように作られています。何ができるか、何を達成したか。骨格は測定の対象になりません。だから確定させない人は、正しく評価されないことがあります。

これは受け入れるしかない部分です。器用貧乏という言葉が生まれたのも、この測定の難しさが背景にあるのでしょう。

ただ、評価されにくいことと、価値がないことは違います。この二つを混同すると、自分の骨格まで疑い始めることになります。

嫉妬が生まれたのも、比較が痛いのも、あなたの弱さではない

専門性がないことへの不安は、たいてい他人との比較から来ます。あの人には肩書きがある、自分にはない。

この比較の痛みは、あなたの性格の問題ではありません。

霊長類学者のサラ・ブロスナンとフランス・ドゥ・ヴァールが2003年にネイチャー誌に発表した実験があります。オマキザルに同じ作業をさせ、一方にはブドウを、もう一方にはキュウリを与えると、キュウリを受け取った個体は報酬を投げ返し、作業を拒否しました。絶対量ではなく、相対比較で反応しています。

不公平への反応は、人間に固有のものではありません。協力する動物には広く見られる性質だと、この研究は示しています。つまり、隣と比べて苦しくなるのは、進化の中で組み込まれた反応です。

この反応は、消せません。消そうとしても無駄です。ただ、それが自分の弱さではなく、共通の設計だと分かれば、少し距離を取ることはできるかもしれません。比較の痛みと付き合いながら、自分の骨格を見にいく。それが現実的な向き合い方だと考えられます。

器用貧乏という言葉は、環境が安定していた時代の遺物かもしれない

最後に、この言葉そのものを疑っておきます。

器用貧乏という評価が成立するには、前提が要ります。特化した人が報われる環境が、長く続くという前提です。同じ産業、同じ職種、同じスキルが数十年通用する世界。そこでは特化が最適解で、確定させない人は中途半端に見えます。

ただ一つ言えるのは、生物の5億年の記録が示しているのは、環境が変わる局面では確定させなかった側が残るということです。そして日本という社会が長くもってきたのも、輪郭を確定させない型によってでした。

あなたが弱点だと思っているものは、少なくとも生き残りの歴史から見れば、失敗の形ではありません。

専門性という虚構から降りて、骨格と形態を切り分ける

この記事の答えをまとめます。

専門性がないことは、能力の欠如ではなく、確定の場所が違うということです。三葉虫は身体そのものに確定を持ち、環境の変化で消えました。脊椎動物は骨格だけを確定させ、形態を確定させなかったことで、あらゆる環境に入りました。

あなたがやるべきことは、専門性を無理に作ることでも、何も決めずに漂うことでもありません。自分にとっての骨格、つまりどの環境でも変わらない機能を見つけ、その上の形態は環境に合わせて変えていく。この切り分けを試してみてはいかがでしょうか。

そして、比較の痛みは消えません。それは5億年前から続く反応であって、あなたの弱さではありません。付き合っていくものとして扱うのが、現実的な方法だと考えられます。

専門性がないという不安の正体は、専門性の欠如ではなく、骨格を確定させていないことのほうかもしれません。あなたの骨格は、どこにありますか。

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