AIに任せてよい処理と、任せてはいけない判断は、どう分けるか?

任せてよいのは、結果を自分で検証できる処理です。検証できないものは判断であり、自分の手元に残します。

しかし、「文章を書くのは処理」「企画を考えるのは判断」のように、作業の種類で分けられるのではないか、と思うかもしれません。

この記事は、処理と判断の分け方、検証の基準、判断が移る場面、任せる前の三つの問い、最後の工程の順に並べます。

目次

処理と判断は、1つの作業の中に混ざっている

同じ作業の中に、任せてよい処理と、手放してはいけない判断が混ざっています。分ける基準は、作業の名前ではなく、そこで何が起きているかです。

種類例間違っていたとき
処理手を動かす、順番を整える、形式を揃える、抜けを見つけるあとから気づいて直せる
判断何を目的にするか、どれを選ぶか、どこで妥協するか、何を捨てるか間違っていたことに気づけない

同じ「記事を書く」という作業にも、両方が入っています。間違っていたときにあとから直せるなら処理、直せないなら判断です。

判断の誤りには、任せた本人が気づけません。AIの判断を、本人が検証できないからです。

任せてよいかは、結果を検証できるかで決まる

出てきたものの良し悪しを自分で判定できるなら、任せてよい処理です。判定できないものは、任せてはいけない判断です。

この基準が見るのは、出てきたものに自分の基準を当てられるかどうかです。基準を持っていれば、AIが優れた案を出しても、採るかどうかは自分で決められます。基準がなければ受け取るしかなく、判断はAIへ移っています。

検証できないものを任せたとき、本人は処理を任せたつもりで、実際には判断を任せています。

判断が移る瞬間に、抵抗感はない

AIに判断が移る瞬間には、抵抗感がほとんどありません。AIの案が自分の案より良く見えると、採用するのが合理的に見えるからです。

優れているから採用することと、自分では判定できないから採用することは、別の行為です。判定できないまま採用すれば、それは委任ではなく明け渡しです。心地よさは、線を越えたことを教えてくれません。

抵抗なく受け入れられる提案ほど、採用する前に一度立ち止まる価値があります。違和感を覚える提案には、自分の基準が働いています。

任せる前に、三つの問いを立てる

任せる直前に、三つの問いを一度ずつ立てます。心構えは判断の場面で参照されないため、線は具体的な問いで引き直します。

  1. これが間違っていたら、自分で気づけるか。気づけるなら任せてよく、気づけないなら自分で決めます。
  2. この結果を採る理由を、自分の言葉で言えるか。言えないなら、判断はもう移っています。
  3. これを任せ続けたら、半年後の自分は何を失っているか。処理を任せても失うものはありませんが、判断を任せ続けると、自分で判断する機会が減っていきます。

三つの問いに答えられれば、任せるかどうかをその場で決められます。

最後の工程は、自分の手に残す

公開する、決定する、送り出すという最後の行為は、自分の手に残します。結果に責任を負うのは自分だからです。

最後の工程を自分で行うなら、手前の工程はすべて任せられます。全体を自分が見て、違うと思えば戻せるからです。最後を手放すと、途中のどこで判断が移ったかを追えなくなります。

最後の工程を自分で行えば、手前の工程の誤りを、公開や決定の前に見つけられます。

次にAIへ頼むとき、何を問うか

処理をAIに任せれば、その分の時間が手元に残ります。判断を任せ続けると、自分で決める場面が減っていきます。どこまで任せていいか分からないという漠然とした恐れは、この作業は検証できるかという具体的な問いに変わります。

次にAIへ何かを頼むときは、これが処理なのか判断なのかを、一度問い直してみてはいかがでしょうか。

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