20万円の椅子と、3万円の椅子。値段が7倍近く違います。座り心地の差がそこまであるとは思えない。そう感じて購入をためらっている方は、多いのではないでしょうか。
よく言われる答えは、だいたい決まっています。素材がいい、人間工学に基づいている、耐久性が高いから長く使える。だから結局は経済的だ、というものです。
この記事では、その最後の部分を実際の金額で確かめます。15年使ったエンボディチェアが、手放すときにいくらになったのか。
高い椅子は、本当に元が取れるのか
結論から書きます。15年使ったエンボディチェアは、メルカリで1万円で売れました。
一方、その後に買った3万円のオフィスチェアは、半年で座面の表皮が剥げました。こちらは売却という選択肢がそもそもありません。剥げた椅子を買う人はいないので、処分費用を払って捨てることになります。
つまり長期のコストを決めているのは、購入価格ではありません。買い替えが何回発生したかと、手放すときに値が残るか。この2つです。
15年後に値が付くという事実の意味
1万円という金額そのものは、大きくありません。重要なのは、15年経った時点でまだ売り物として成立していたことです。
座面が使える。背もたれが使える。ガスシリンダーが沈まない。この状態が保たれていたから、買い手が付きました。3万円の椅子は半年でこの条件を満たさなくなりました。
安い椅子は、座面の表皮から壊れる
安い椅子で最初に駄目になるのは、ほぼ例外なく座面です。フレームでもガスシリンダーでもありません。
理由は単純で、座面は体重が集中し、摩擦が最も大きい場所だからです。そこに合成皮革や薄いファブリックが貼られていると、経年で必ず表面が劣化します。合成皮革は加水分解でぽろぽろと剥がれ、薄い布は擦り切れます。
そして多くの安価な椅子は、座面の張り替えができない構造になっています。フレームも脚もまだ使えるのに、座面が駄目になった時点で椅子全体が使えなくなる。ここが、価格差が長期コストに効いてくる分かれ目です。
なぜ15年ヘタらなかったのか
ここからは私の解釈です。メーカーが説明していることではありません。
エンボディの背もたれは、細い樹脂の骨組みが並んだ構造をしています。この骨組みは体の動きに合わせてしなりますが、しなること自体は劣化ではありません。ウレタンのように潰れて戻らなくなる部材が、そもそもほとんど入っていない設計です。
座面も同様で、当時の仕様では布地の下がすぐ樹脂パーツでした。硬いと感じる人もいる作りですが、潰れる材料がないので、15年経っても沈み込みが増えません。長持ちしたのは品質が高いからというより、劣化する部品を抱えていなかったから、と考えるほうが説明が付きます。
この見方が正しければ、椅子を選ぶときに見るべきなのは、素材の高級さではありません。最初に劣化する部品がどれで、それが交換できるかどうかです。
不満があっても、買い替える理由が生まれなかった
15年のあいだ、まったく不満がなかったわけではありません。エンボディにはヘッドレストがなく、休憩時に頭をあずけられない点は最後まで気になっていました。
それでも買い替えませんでした。理由は単純で、壊れなかったからです。まだ使えるものを、不満1つのために捨てる判断はしにくい。結果として、買い替えを検討する機会そのものが15年間発生しませんでした。
長期保有のコストを下げているのは、耐久性そのものというより、この買い替えの機会が生まれないことのほうかもしれません。安い椅子は、壊れるたびに買い替えの判断を迫ってきます。
12年保証は、一度も使わなかった
エンボディの保証期間は12年です。オフィスチェアとしては最長クラスで、購入時の判断材料にもなりました。
しかし15年使って、保証を使う機会は一度もありませんでした。きしみ音が出たこともなければ、部品が壊れたこともない。結果として、保証は一度も働かないまま期限を迎えたことになります。
高い椅子の選び方として、保証期間の長さを基準に含めるとよい、という助言が広く流通しています。ただ実際に起きたのは、その保証が不要だったという事実でした。壊れないものには、保証が要りません。 逆に言えば、保証が本当に必要になるのは、壊れることが前提の製品です。
中古で買うという選択肢
保証が働かない可能性が高いなら、保証を捨てて安く買う判断が成り立ちます。中古です。
エンボディの中古相場は、2026年時点で専門店が13万円から17万円、メルカリやヤフオクの個人間取引が6万円から16万円という水準です。専門店は動作確認とクリーニングが入り、半年から1年の販売店保証が付きます。個人間はその分安く、状態のばらつきが大きくなります。
注意点が1つあります。メーカーの12年保証は最初の購入者にのみ適用されるため、中古で買った時点で無効になります。出品に保証書が付いていても、名義が違えば無償修理は受けられません。修理はすべて有償になる前提で考えてください。
個人間で買うなら、3点を先に聞く
専門店と個人間の価格差は、おおむね数万円です。この差額は、検品の代金だと考えると分かりやすくなります。
見た目で判断できない部分が3つあります。ガスシリンダーが沈まないか、リクライニング時に異音が出ないか、そして製造年です。個人間で買う場合は、購入前にこの3点を出品者に質問してください。座面を最も高くした状態で座って沈まないか、という聞き方が具体的で答えやすいはずです。
この3つに丁寧に答えられる出品者かどうかで、その個体の扱われ方もだいたい見当が付きます。逆に、この確認を自分でできるなら、専門店の数万円を払う理由は薄くなります。
製造年で座り心地が変わる
もう1つ、中古を買うときに知っておくべき仕様変更があります。
2021年2月以降の製造分から、座面の布地の下に約10ミリのウレタン層が追加されました。それ以前は布地の下がすぐ樹脂だったので、当たりが硬いと感じる人がいます。座面裏の製造ラベルに記載された日付で判別できます。
ただし、ここで正直に書いておくべきことがあります。15年ヘタらなかったのは、このウレタン層が無い世代です。 座り心地が改善された分、潰れる部材が1つ増えました。追加されてからまだ数年しか経っていないので、15年後にどうなっているかのデータは存在しません。座り心地を取るなら新しい年式、劣化しにくさの実績を取るなら古い年式、という関係になります。
高い椅子が向かない人もいる
公平を期すために、逆の側も書きます。高い椅子を買っても活きない場合があります。
長時間同じ姿勢で座らない人です。30分ほどで姿勢が崩れる、椅子の上であぐらをかく、途中でソファに移動して作業する。こうした習慣がある場合、人間工学に基づいた設計が働く場面が限られます。高級チェアは、正しい姿勢で長く座ることを前提に作られているためです。
そしてもう1つ、使用時間が短い場合です。1日1時間しか座らないなら、20万円の椅子でも1時間あたりのコストは高いままになります。長期保有で安くなるのは、毎日長時間使い、かつ長く持ち続ける場合に限られます。
よくある疑問
Q:高い椅子を買えば、腰痛は治りますか。
A:治るとは言えません。椅子が変えられるのは骨盤が後ろに倒れにくくなる姿勢の条件までで、痛みの原因そのものではありません。痛みが2週間以上続いているなら、それは椅子の話ではなく医療の領域なので、整形外科などの専門家に相談することを検討してみてください。
Q:試座はした方がいいのでしょうか。
A:した方がいいです。腰痛対応の椅子は体格との相性で結果が変わるためです。ハーマンミラーやオカムラは各社ショールームで予約試座ができます。複数メーカーを横並びで比較したい場合は、それらを同時に扱っている専門店を探すことになります。
まとめ
高い椅子が長期で安くなるかどうかは、買い替えが発生しないことと、手放すときに値が残ることの2つで決まります。15年使ったエンボディが1万円で売れた一方、3万円の椅子は半年で処分対象になりました。
その差を作っているのは、素材の高級さよりも構造です。安い椅子は座面の表皮から劣化し、しかもその部分だけを交換できません。潰れる部材を持たない椅子は、長く使えるうえに、使い終わってからも値が付きます。
ただし、これは毎日長時間座り、長く持ち続ける場合の話です。座る時間が短い人や、姿勢を頻繁に変える人には、この計算は当てはまりません。保証期間の長さも、思ったほど判断材料になりませんでした。
椅子を検討するときは、その椅子で最初に劣化する部品がどれかを考えてみてはいかがでしょうか。そこが交換できる部品なのか、それとも交換できずに椅子ごと寿命を決めてしまう部品なのか。値札よりも、そちらのほうが長期のコストを正確に教えてくれます。

