日本の組織は、関係を切らないために、曖昧さという仕組みを残してきました。手柄や評価をはっきり決めないと、貸し借りが残り、関係が続きます。
しかし、誰の手柄か分からず、評価の基準も見えない状態で、人は実際に消耗します。曖昧さは隠蔽や搾取の道具ではないか、という反論があります。
この記事は、次の順で答えを説明します。支払いという言葉の語源、人類学者グレーバーの債務論、日本語の挨拶、曖昧さの代償と見分け方です。
曖昧さを批判する記事は、曖昧さの中に隠蔽や搾取があると見る
曖昧さを批判する記事には、曖昧さを隠蔽・搾取・非効率の表れとみなすものがあります。役割を定義し、責任者を一人決め、成果を数値で測れ、という処方を勧めます。
手柄が曖昧なら、組織は報酬を出さずに済むことがあります。ただ、上層の私利という読みは書き手の推定で、当人が表明した意図ではありません。
曖昧さが搾取の道具でしかないなら、搾取される人が組織を抜けるか、制度が壊れるはずです。それでも曖昧さが残ってきたのは、搾取される側にも受け取るものがあったからです。
曖昧さの痛みは実在する
曖昧さの痛みは実在します。この記事は、その痛みを我慢するべきだという話として書いていません。
上の人が、企画を通した人を責任者から外す。成果は上に吸い上げられ、失敗は現場に降りてくる。何を基準に評価されたのか最後まで分からず、自分の価値まで疑い始める人がいます。
痛みの原因をどう見立てるかで、対処は変わります。そのために、曖昧さの仕組みを見ていきます。
支払いは、もともと相手をなだめて関係に区切りをつける行為だった
英語のpay(支払う)は、もとは「相手をなだめて揉め事を収める」という意味の言葉です。支払いは、関係の緊張を解いて区切りをつける行為として始まっています。
語源辞典etymonlineによれば、1200年頃の英語paienは「なだめる、鎮める、満足させる」の意でした。古フランス語paierを経て、ラテン語pacareに遡ります。pacareは「平和にする」の意で、pax(平和)から来た語です。
中世ラテン語では、特に「債権者を満足させる」の意で使われました。財やサービスの対価として金を渡す意味は、英語では13世紀初頭に確認されます。「なだめる」の意味は1500年ごろまでに英語から消えました。
数量化すると、相手が誰かは問題でなくなる
金額で正確に表せる債務では、相手が誰でも関係なくなります。人類学者デヴィッド・グレーバーは、2011年の著作『負債論』でこの点を指摘しました。
グレーバーは、債務を他の義務と区別します。債務は正確に数量化できるので、単純で冷たく非人格的になり、譲り渡せるようになる、という説明です。数量化は、相手を一人の人として扱う必要をなくします。
たとえば、ある人が年利12パーセントで4万ドルを借りているなら、貸した相手が誰でも関係ありません。恩義や感謝を負っているなら、その人は相手が何を必要とし、何を望むかを考えることになります。
グレーバーは、物々交換をする人たちの間柄についても書いています。多くは二度と会わないかもしれない他人どうしです。取引を済ませて立ち去る関係なので、その場で等価に交換するのが適しています。
隣人どうしの交換は、他人どうしと違う形をとります。ジョシュアがヘンリーに靴を贈ると、ヘンリーは借りができます。返し方は決まっておらず、ジャガイモを返すことも、ジョシュアが宴を開くときに豚を出すこともあります。借りが残るかぎり、二人の関係は続きます。
日本語の挨拶には、貸し借りを残す言い回しがある
日本語の挨拶や慣用句には、貸し借りを決着させずに残す働きをするものがあります。三つの表現は、どれも貸し借りを数字で終わらせない方向に働きます。
「お世話になっております」は、貸し借りが続いていることを挨拶のたびに確認し合う言葉だと思います。取引が終わった後でも、この言葉で関係はつながります。
「おかげさまで」は、誰のおかげかを特定しません。特定すると返す相手ができるので、帰属をぼかしたまま感謝だけを伝える言い方だと思います。
「水くさい」は、親しい間柄で他人行儀にふるまうことを責める言葉です。金銭できれいに礼をしようとした人に向けて使われることがあります。きれいに帳尻を合わせると、貸し借りで続いていた関係に区切りがつくためです。
曖昧にしておくと、評価されない代わりに切り捨てられない
手柄を曖昧にしておくと、誰も評価されない代わりに、誰も切り捨てられません。評価されない痛みと、見捨てられない安心は、同じ仕組みから生まれます。
数字にしなければ、周りの人はあなたの貢献を測れません。同じ理由で、貢献が足りなかったことも測られません。今期に成果が出なかったという事実が数字にならないので、そのことを理由に切られることがありません。
日本の組織の曖昧さは、この働きによって、貸し借りを残して関係を続ける役目を果たしてきました。この説明は筆者の解釈で、組織の研究で確かめられた結論ではありません。
曖昧さには、逃げにくさと評価されにくさという代償がある
関係を切らない仕組みは、関係から離れにくい仕組みでもあります。曖昧さは、守られる安心と、抜けにくさを同時にもたらします。
貢献が測られなければ、正当に評価される機会もありません。測れる成果を出した人は、成果に見合う評価を受けにくくなります。
清算されない貸し借りには終わりがありません。返しきれないから関係は続きますが、いつまでも解放されない状態にもなります。同じ仕組みが、優しさにも逃げ場のなさにもなります。
曖昧さに見合うものを受け取っているかは、報酬を見て分かる
曖昧さに見合うものを受け取っているかは、報酬を見れば分かります。貢献が曖昧なまま、報酬だけが毎月きれいに清算されているなら、関係を切らない仕組みとは言えません。
その組織は、人間関係では貸し借りを残しながら、お金は毎月数字で決着させています。曖昧にする代わりに受け取るものが、あなたにはありません。
貢献が曖昧で、報酬も数字で決着していないなら、話は変わります。成果が出ない期間も会社が給与を払っているなら、曖昧さは切られない保証の対価になっています。
曖昧なままにする代わりに、組織から何を受け取っているかを調べてください。切られない保証を受け取っているなら、曖昧さにはその対価の意味があります。何も受け取っていないなら、曖昧さの形をした別の問題です。
明確にすることは、清算できるようにすることでもある
役割を定義し、責任者を決め、成果を数値で測る明確化は、多くの痛みを解消します。明確にすることは、数量化して、終わらせられるようにすることです。
はっきりさせる道を選ぶと、評価する人から足りないと判定されるかもしれない、ということも一緒に引き受けることになります。測られたい人にとって、明確化は解放です。ただし、明確化には切られる可能性という代償があります。
よくある疑問
Q:日本の組織で、誰の手柄か曖昧なのはなぜですか。
A:手柄を明確にすると、数量化されて清算できるようになり、関係を終わらせられるからです。曖昧なままにすると、貸し借りが残るので関係も続きます。
Q:明確化は悪いことですか。
A:悪いことではありません。測られたい人にとって、明確化は解放になります。ただし、測られることには、足りないと判定されて切られる可能性が伴います。
自分の組織で清算されているものを見てみてはいかがでしょうか
あなたの組織で、何が数字で決着していて、何が決着していないかを分けて見てみてはいかがでしょうか。報酬だけが毎月きれいに決着しているなら、曖昧さの対価を何も受け取っていない可能性があります。
おかしいのは曖昧さそのものとは限りません。曖昧にしている部分と、決着させている部分の組み合わせを確かめてみてください。




