「集中力が続かない」「些細なことで感情的になってしまう」「じっとしているのが難しい」。もしあなたが注意欠如・多動症（ADHD）の傾向を持ち、こうした課題を抱えているのであれば、その原因を「生来の脳の特性」として受け入れているかもしれません。
確かに、ADHDの背景には、脳の神経伝達物質の働きといった生物学的な要因が存在します。しかし、その特性の現れ方が、日々の心身の状態によって変動することも事実ではないでしょうか。
本記事では、ADHDの特性と「血糖値」の間に存在する関係性について解説します。ご自身の不注意や衝動性が、実は脳へのエネルギー供給が不安定になることで、より顕著に現れている可能性を示し、食事というアプローチから症状の緩和を目指す、薬物療法以外の選択肢を提示します。これは、ご自身の生活習慣によって調整可能な、新しい自己管理の視点です。
なぜADHDの特性と血糖値が関係するのか？
ADHDの特性と血糖値という、一見すると無関係に思える二つの要素は、脳におけるエネルギーの需要と供給という点で深く結びついています。この関係性を理解するために、まずADHDの脳の基本的な働きと、脳にとってのエネルギーの重要性を整理します。
ADHDの特性を持つ人の脳は、行動の抑制や集中力、計画性を司る「前頭前野」の機能が弱い傾向にあるとされています。特に、意欲や快感に関わる神経伝達物質「ドーパミン」の機能が低く、これが「報酬系の機能不全」と呼ばれる状態につながることがあります。
報酬系が十分に機能しないと、脳は強い刺激や即時的な満足感を求める傾向が強まります。これが、単調な作業への集中が困難になる、新しい刺激に注意が移りやすい、衝動的な行動を抑制しにくい、といったADHDの特性の一因と考えられています。
一方で、脳は人体で最もエネルギーを消費する器官です。重さは体重の約2%に過ぎませんが、体全体のエネルギー消費量の約20%を占めます。その主要なエネルギー源となるのが、血液中のブドウ糖、すなわち「血糖」です。特に、高度な思考や自己制御を担う前頭前野は、安定したエネルギー供給を常に必要としています。
つまり、ADHDの特性を持つ脳は、もともと報酬系が働きにくく刺激を求める傾向がある上に、その活動を制御する前頭前野が、多くのエネルギーを必要とする構造になっているのです。
脳のエネルギー不足が不注意・多動性に与える影響の機序
もし、脳のエネルギー源である血糖の供給が不安定になった場合、何が起こるのでしょうか。この脳のエネルギー不足ともいえる状態が、ADHDの特性をさらに顕著にする可能性があります。
血糖値が低下すると、脳、特にエネルギーを大量に消費する前頭前野は、エネルギーが著しく不足した状態になります。その結果、自己制御や注意力維持といった、高度な精神機能が低下します。これは、ADHDの特性を持つ人々にとって、無視できない影響を及ぼす可能性があります。
- 不注意の悪化: 集中力を持続させるためには、脳が注意を逸らす内外の刺激を抑制し続ける必要があります。これは非常にエネルギーを要する作業です。低血糖によって前頭前野のエネルギーが不足すると、この抑制機能が弱まり、注意散漫な状態がさらに悪化しやすくなる可能性があります。
- 衝動性・多動性の増大: 衝動を抑え、行動を適切にコントロールする理性の働きもまた、前頭前野の重要な役割です。エネルギー不足はこの機能の効率を低下させます。結果として、感情の抑制が難しくなったり、結果を考慮せずに行動してしまったりする傾向が強まることが考えられます。
このように、ADHDの特性と血糖値の不安定さは、互いに影響を及ぼし合う関係にある可能性があります。低血糖は前頭前野の機能を低下させ、ADHDの症状の程度に影響を与えます。そして、その結果として衝動的に糖質の多い食品を摂取してしまい、さらなる血糖値の変動を招くという、否定的な循環が生じることも少なくありません。
機能性低血糖症：見過ごされがちな血糖値の問題
ここで言う血糖値の問題とは、単なる空腹のことではありません。より注意が必要なのは、食後の血糖値が急激に変動する「機能性低血糖症（反応性低血糖症）」と呼ばれる状態です。
これは、砂糖や精製された炭水化物（白米、パン、麺類など）を摂取した際に血糖値が急上昇し、それを下げるためにインスリンというホルモンが過剰に分泌され、結果として血糖値が正常範囲を下回るまで急降下してしまう状態を指します。
この急激な血糖値の低下は、脳へのエネルギー供給が不足する状態を引き起こし、イライラ、不安感、気分の落ち込み、極度の眠気、集中力の低下といった、ADHDやうつ病の症状と類似した精神症状を誘発することがあります。ADHDの特性に悩む人が、実はこの機能性低血糖症を併発しているケースは少なくないと考えられています。もしあなたが、食後に強い眠気や気分の変動を感じることが多いなら、この可能性を視野に入れてみてはいかがでしょうか。
食事で脳のエネルギーを安定させるための具体的アプローチ
では、脳へのエネルギー供給を安定させ、ADHDに関連する症状の緩和を目指すためには、具体的にどうすればよいのでしょうか。重要なのは、血糖値の急激な変動を招く食生活を見直し、脳に安定したエネルギーを供給する仕組みを整えることです。
血糖値の急激な変動を避ける食事の基本
血糖値を安定させる食事の原則は、以下の3点を意識することから始められます。
- 食べる順番を工夫する: 食事の最初に食物繊維（野菜、きのこ、海藻類）を摂り、次にタンパク質・脂質（肉、魚、卵、大豆製品）、最後に炭水化物（ご飯、パン）という順番を意識します。これにより、糖質の吸収が緩やかになり、食後の血糖値の急上昇を抑制する効果が期待できます。
- 低GI食品を選ぶ: GI（グリセミック・インデックス）とは、食後の血糖値の上昇度合いを示す指標です。白米や食パン、砂糖といった高GI食品を避け、玄米、全粒粉パン、オートミール、そばといった低GI食品を選ぶことで、血糖値の変動を穏やかにすることができます。
- 分割食を取り入れる: 1日3食にこだわらず、1回の食事量を減らし、食事の回数を4〜5回に分ける「分割食」も有効な方法です。これにより、血糖値が下がりすぎる前にエネルギーを補給でき、一日を通して安定した状態を保ちやすくなります。
ドーパミンの材料となる栄養素を補う
血糖値の安定化と並行して、神経伝達物質であるドーパミンの生成を補助する栄養素を意識的に摂取することも、有効なアプローチとなり得ます。
ドーパミンは、チロシンというアミノ酸から作られます。チロシンは、肉類、魚介類、乳製品、大豆製品、ナッツ類などに豊富に含まれています。また、チロシンからドーパミンが合成される過程では、鉄、亜鉛、マグネシウムといったミネラルや、ビタミンB群といった補酵素が必要不可欠です。
特定の栄養素だけを大量に摂取するのではなく、多様な食材からバランス良く栄養を摂ることが、脳の機能を正常に保つ上で極めて重要です。
まとめ
ADHDの不注意や衝動性といった特性は、本人の意志や努力だけで対処することが難しい、脳の生物学的な背景を持つものです。しかし、その症状の現れ方には、日々の身体的な状態、特に「血糖値の安定性」が深く関わっている可能性があります。
脳へのエネルギー供給の不安定さが前頭前野の機能に影響を及ぼし、ADHDの特性が顕著になるという機序を理解することは、症状との向き合い方に新たな視点をもたらします。薬物療法が有効な選択肢であることは言うまでもありませんが、それと同時に、食事の内容や食べ方を工夫し、血糖値を安定させるというアプローチは、誰でも今日から取り組むことができる、主体的かつ持続可能な自己管理の方法です。
私たちのメディア『人生とポートフォリオ』では、血糖値が単なる健康指標ではなく、思考の質や精神的な安定を左右する重要な要素であると捉えています。ADHDの特性は、変えられないものではなく、その現れ方は適切な知識と工夫によって、より良く管理できる可能性があります。食事という日々の習慣を見直すことが、あなたの脳のパフォーマンスを最大限に引き出し、より穏やかで集中した毎日を送るための、確かな一歩となるかもしれません。
コメント