持続血糖測定器(CGM)を装着し、リアルタイムの数値を観察する際、多くの人は食後の血糖値の最高値(ピーク)に注目しがちです。しかし、その単一の数値は、体内で起きている事象の一断面に過ぎません。
より重要なのは、ピークという「点」ではなく、上昇から下降に至る一連の変動、すなわち「線」としてデータを捉えることです。この血糖値の変動グラフを、本稿では「血糖値カーブ」と呼びます。
当メディア『人生とポートフォリオ』では、健康をあらゆる活動を支える基盤的な資産、すなわち「健康資産」と定義しています。CGMデータ、特に血糖値カーブのパターンを解釈する能力は、この健康資産の状態を高い解像度で可視化し、最適化するための客観的な指標となります。
本稿では、血糖値のピーク値のみを追う段階から進み、血糖値カーブのパターンから体内の応答プロセスを理解するための、5つの基本的なモデルを提示します。
なぜ「点」ではなく「線」で見るべきなのか?血糖値カーブの重要性
従来の指先穿刺による血糖値測定は、特定の時点における静的な数値を提供するものでした。CGMを使用している場合でも、ピーク値のみに注目する限り、その本質は変わりません。それは、特定の時点の静的な数値だけで、動的なプロセス全体を評価しようとすることに似ています。
血糖値カーブという「線」でデータを捉えることで初めて、私たちは体の動的な応答を理解することができます。具体的には、以下のような情報が示唆されます。
- インスリン分泌の応答性: 食事に対して、膵臓がどれだけ迅速かつ適切にインスリンを分泌できているか。
- インスリン感受性: 分泌されたインスリンに対して、筋肉や脂肪細胞がどれだけ効率よく反応し、血中の糖を取り込めているか。
- 食事内容に対する糖質の吸収速度: 摂取した食物が、どの程度の時間をかけて血糖値に影響を与えているか。
- ストレスなどの外的要因: ストレスホルモンであるコルチゾールなどが、血糖値の安定にどう影響しているか。
これらの動的な情報を統合的に分析することにより、「血糖値カーブ」は、体が発している複雑なメッセージを読み解くための、優れた分析ツールとなるのです。
CGMデータで読み解く5つの「血糖値カーブ」パターン
それでは、具体的な血糖値カーブのパターンを5つ提示します。それぞれのパターンが示唆する体の状態と、考えられる対策について解説します。ご自身のデータと照らし合わせ、どのパターンに近い傾向があるかを確認するための参考にしてください。
パターン1:理想的なおだやかな山型
このパターンは、食後に血糖値がゆるやかに上昇し、ピーク値も概ね140mg/dL未満に収まります。そして、食後2〜3時間かけて、緩やかに食事前のレベルへと戻っていきます。緩やかに上昇し、緩やかに下降する山型の形状が特徴です。
- 示唆する体の状態: 糖代謝が非常にスムーズに行われていることを示唆します。インスリンの分泌タイミング、量、そして細胞の感受性が良好なバランスを保っている可能性が高い状態です。
- 考えられるアプローチ: 現在の食事内容や運動習慣、睡眠の質が、あなたの体に適している証拠と考えることができます。この良好な状態を維持することが目標となります。
パターン2:急峻なスパイク型
食事の直後から血糖値が急激に上昇し、短時間で180mg/dLを超えるような鋭いピークを形成するパターンです。グラフが鋭角的なピークを形成するのが特徴です。
- 示唆する体の状態: 糖質の吸収が非常に速い食事(精製された炭水化物や糖分の多い飲料など)を摂取した際に典型的に見られます。この急上昇に対応するため、膵臓からインスリンが急速かつ大量に分泌されることになります。この状態が慢性化すると、膵臓への負担が増加し、将来的なインスリン抵抗性につながる可能性があります。
- 考えられるアプローチ: 食事の最初に食物繊維(野菜など)を摂取する、糖質の少ない食品を選ぶ、玄米や全粒粉パンなど精製度の低い炭水化物に切り替える、といった食事内容の見直しを検討することが有効と考えられます。
パターン3:スパイク後の急降下型(反応性低血糖)
急峻なスパイクを描いた後、逆に血糖値が基準値(例:70mg/dL)を下回るレベルまで低下するパターンです。この急な低下は、食後の強い眠気や倦怠感、集中力の低下、そして強い空腹感を引き起こすことがあります。
- 示唆する体の状態: スパイクに対応して過剰に分泌されたインスリンが作用しすぎ、血中の糖を必要以上に取り込んでしまった結果と考えられます。これはインスリン分泌の調整機能に何らかの乱れが生じ始めている可能性を示唆します。また、血糖値の激しい変動は、自律神経系に影響を与える可能性があります。
- 考えられるアプローチ: スパイク型の対策に加え、食事に良質なタンパク質や脂質を十分に加えることで、糖の吸収を穏やかにし、血糖値の安定化を図ることが有効な場合があります。一度の食事量を減らし、回数を増やす分割食が適している場合もあります。
パターン4:高原プラトー型
食後の血糖値がピークに達した後、なかなか下降せず、高い状態(例:140mg/dL以上)が3時間以上にわたって持続するパターンです。グラフが高い数値のまま平坦な状態が長く続くのが特徴です。
- 示唆する体の状態: これは、インスリンの働きが低下している可能性(インスリン抵抗性)を示唆する情報の一つです。インスリンは分泌されているものの、細胞の感受性が低下しているため、血中の糖を効率的に細胞内に取り込めず、高血糖状態が持続する可能性があります。
- 考えられるアプローチ: このパターンが見られる場合、食後の軽い運動(15〜20分程度のウォーキングなど)が特に有効な対策の一つです。運動によって筋肉が直接、血中の糖をエネルギーとして利用するため、血糖値の低下を促進します。長期的な視点では、筋力トレーニングによって筋肉量を増やすことも根本的な対策として検討できます。
パターン5:二峰性パターン(ダブルピーク型)
食後に一度血糖値が上昇してピークを迎えた後、少し下降してから、再び上昇して二つ目のピークを形成するパターンです。
- 示唆する体の状態: 脂質や食物繊維が非常に多い食事を摂取した際など、消化吸収に時間がかかる場合に現れることがあります。インスリンの初期分泌と、その後の追加分泌のタイミングのズレや、胃からの食物排出遅延など、複数の要因が関わっていると考えられます。必ずしも問題のあるパターンとは限りません。
- 考えられるアプローチ: このパターン自体を過度に問題視する必要はないかもしれません。むしろ、どのような食事の組み合わせでこのパターンが出現するのかを記録し、ご自身の消化能力と食事内容の相性を探る手がかりとして活用することが有益な場合があります。
パターン分析から導く、あなただけの「健康ポートフォリオ」戦略
これら5つのパターンは、あくまで典型的なモデルです。実際のデータは、これらの組み合わせであったり、日によって異なるパターンを示したりするでしょう。重要なのは、単一のパターンに短期的に反応することではなく、日々の記録を俯瞰して「自分の体はどの血糖値カーブ パターンに傾向があるのか」を把握することです。
そして、「どのような食事や行動が、どのパターンを引き起こすのか」「その時の体調や集中力はどうだったか」を関連付けて分析します。これは、あなた自身を対象とした、パーソナルなデータ分析のプロセスです。
このプロセスを通じて得られる知見は、「健康資産」を管理し、その価値を高めるための、パーソナルな戦略を構築する土台となります。血糖値の安定は、日中の生産性、精神的な安定、そして長期的な疾病リスクの低減と関連しています。CGMデータと血糖値カーブのパターン分析は、あなたの健康ポートフォリオを最適化し、その価値を最大化するための、客観的で有効なツールです。
まとめ
持続血糖測定器(CGM)は、単に数値を表示するデバイスではなく、体内の状態を可視化し、自己理解を深めるためのツールです。
その活用をより深いレベルに引き上げる鍵が、血糖値のピークという「点」の観察から、その前後の変動を含めた「血糖値カーブ」という「線」の分析へと視点を移行させることにあります。
今回提示した5つのパターンを参考に、ご自身のCGMデータを改めて見直してみてはいかがでしょうか。そこには、あなたがこれまで気づかなかった、体からの重要なメッセージが含まれている可能性があります。そのメッセージを解釈し、日々の選択に活かしていくこと。それこそが、人生における様々な活動の基盤となる健康を、自らの手で築き上げていくための、確かな一歩となります。









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