健康診断の結果において、空腹時血糖値は正常範囲であるにもかかわらず、HbA1cの数値が高いという状況が見られることがあります。この一見すると矛盾した結果は、ご自身の健康状態をどのように解釈すべきか、判断に迷う一因となるかもしれません。どちらの数値を基準に考えるべきか、体内で何が起きているのかが分かりにくいと感じることもあるでしょう。
しかし、この「空腹時血糖値は正常でHbA1cが高い」というパターンは、注意を払うべき健康上の指標と考えることができます。これは、健康診断という特定時点の検査だけでは捉えきれない、日常生活における血糖変動の特性を示唆している可能性があります。
当メディアでは、人生を構成する資産の中でも、全ての活動の基盤となる「健康資産」の重要性について言及してきました。今回の記事は、その健康資産に影響を及ぼす可能性のある「血糖値」の問題、特にその測定値の解釈について掘り下げます。この数値の乖離が何を意味するのかを正しく理解することは、ご自身の健康状態を管理していく上で、有用な知識となるでしょう。
なぜ空腹時血糖値とHbA1cは乖離するのか
この二つの数値が乖離する理由を理解するためには、まずそれぞれが何を測定しているのかを知る必要があります。両者は血糖の状態を、それぞれ異なる時間軸で捉える指標です。
空腹時血糖値:その瞬間を切り取る「点」のデータ
空腹時血糖値とは、検査前の10時間以上、食事を摂取していない状態の血糖値を測定したものです。これは、身体が基礎的な状態にある時の血糖レベルを示すものであり、検査した瞬間における血糖レベルを示すため、「点」のデータと表現されます。
この数値が正常である場合、少なくとも食事の影響がない空腹時には、血糖値を正常範囲に保つ機能が維持されていることを示します。そのため、この数値のみで健康状態を判断してしまうケースも少なくありません。
HbA1c:過去の履歴を物語る「線」のデータ
一方、HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)は、過去1〜2ヶ月間の血糖値の平均的な状態を反映する指標です。赤血球内のヘモグロビンが、血液中のブドウ糖とどの程度の割合で結合したかを示します。血糖値が高い状態が継続すると、ブドウ糖と結合するヘモグロビンの割合が高くなり、HbA1cの数値も上昇します。
これは、日々の血糖値の変動を平均化した「線」のデータであり、長期的な生活習慣を反映する指標です。
乖離が意味するもの:隠された「食後高血糖」
空腹時血糖値が正常範囲であるにもかかわらず、HbA1cが高い。この乖離が示唆する状態として、第一に「食後高血糖」が挙げられます。
これは、空腹時の血糖値は正常でも、食事を摂取した後に血糖値が急激に、かつ基準以上に上昇する状態を指します。食後の血糖値の急上昇が頻繁に起こることで、24時間の平均血糖値が押し上げられ、その結果としてHbA1cの数値が高く現れるという仕組みです。
つまり、「空腹時血糖値 正常 HbA1c 高い」という結果は、普段の食事の後に血糖値が急上昇している可能性を示唆しています。
食後高血糖がもたらす影響
食後高血糖は自覚症状に乏しいことが多く、その影響が認識されにくい傾向にあります。しかし、認識されないうちにも、身体には徐々に影響が及ぶ可能性があります。
血管への継続的な負担
血糖値の急激な上昇と下降は、血管の内皮に負担をかける一因となります。このような状態が繰り返されると、血管の柔軟性が損なわれ、動脈硬化が進行する可能性があります。動脈硬化は、将来的に心筋梗塞や脳梗塞といった循環器系疾患のリスクを高める要因となり得ます。
酸化ストレスと糖化の進行
高血糖の状態は、体内の「酸化ストレス」を増大させる可能性があります。酸化ストレスとは、体内の酸化反応と抗酸化システムの均衡が崩れる状態を指し、細胞の機能に影響を与えることがあります。
また、余分な糖が体内のタンパク質と結びついてその性質を変化させる「糖化」も促進されます。糖化によって生成されるAGEs(終末糖化産物)は、肌、骨、血管など、全身の組織に影響を与える物質として知られています。
インスリン分泌機能への影響
食後の急激な高血糖に対応するため、膵臓はインスリンを分泌します。このような状態が長く続くと、膵臓に継続的な負担がかかり、インスリンを分泌する能力が徐々に低下していくことがあります。この機能低下が進むと、血糖を適切にコントロールすることが難しくなり、2型糖尿病へと移行する可能性も考えられます。
数値の乖離に気づいた場合に検討できること
この指標を受け取った場合、ご自身の健康状態をより深く理解し、適切な対策を検討する機会と捉えることが可能です。
まずは現状を正確に把握する
ご自身の身体で何が起きているかを正確に知ることが第一歩となります。医療機関で「75gOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)」を受けることで、食後の血糖値とインスリンの反応を詳細に確認する方法があります。これにより、食後高血糖の有無や程度を客観的に評価することが可能です。より日常生活に近い状態を知るためには、持続血糖測定器(CGM)を利用し、血糖値の変動を24時間監視することも有効な選択肢となり得ます。
食生活の見直し:ポートフォリオ思考の応用
血糖値の管理は、食事という日々の行動ポートフォリオを見直すことから始まります。以下のような方法が考えられます。
- 食べる順番の最適化: 食事の最初に野菜や海藻などの食物繊維を摂取する「ベジタブルファースト」を実践すると、糖の吸収が穏やかになることが知られています。
- 構成内容のリバランス: 白米やパン、麺類などの精製された炭水化物の摂取量を調整し、玄米や全粒粉パン、オートミールといった、食後の血糖値上昇が緩やかな「低GI食品」への置き換えを検討することも一案です。
- 時間分散: 1日の食事量を3回に分け、規則正しく摂取することを基本とします。場合によっては、1回の食事量を減らし、間食を挟む「分割食」が有効なこともあります。
運動習慣の導入:時間資産の再投資
運動は、血糖管理において有効な手段の一つです。特に食後30分から1時間以内に行う15分から20分程度の軽い運動(ウォーキングなど)は、筋肉が血液中のブドウ糖をエネルギーとして利用するため、血糖値の上昇を抑制する効果が期待できます。
これは、日々の「時間資産」の一部を「健康資産」へ再投資する行為と捉えることができます。わずかな時間の投資が、将来の健康を維持するための有効な手段の一つと考えられます。
まとめ
健康診断で示された「空腹時血糖値は正常、しかしHbA1cは高い」という結果は、判断に迷う情報ではなく、「食後高血糖」の可能性を示唆する重要な指標です。
この指標は、空腹時という特定の条件下では見えにくい、日常的な血糖変動の問題を把握する手がかりとなります。それは、日々の生活習慣が、ご自身の健康に影響を及ぼしている可能性を示しています。
この段階で問題を認識できたことは、生活習慣を見直し、将来の健康リスクを低減するための重要な機会となります。健康診断の結果という客観的なデータを活用し、ご自身の人生のポートフォリオ、特にその土台である健康資産を見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。その一歩が、未来のご自身を守るための、建設的な取り組みとなるでしょう。









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