ニーチェが発狂した原因は梅毒だ、と読んだことがあるかもしれません。長いあいだ、それが通説でした。
ただ、この説はいま否定されつつあり、2008年にベルギーの神経学の雑誌に載った論文は、まったく別の病名を挙げています。
ここで見ていくのは、フリードリヒ・ニーチェ、ハワード・ヒューズ、マイケル・ジャクソンの3人です。3人に何が起きたのかを順に並べると、思考の量とは別のものが残ります。
ニーチェは、鞭打たれる馬に抱きついて倒れた
1889年1月、トリノの広場で、御者が老いた馬を鞭で打っていました。それを見た45歳のニーチェは、泣きながら馬の首にしがみつき、そのまま倒れます。
ニーチェが運ばれた先は、精神科の病院でした。その後の11年、ニーチェは本を書くことも、まとまった話をすることもないまま、母と妹に看病されて亡くなっています。著作のほうは、倒れる前の年でほぼ終わっていました。
「梅毒が原因」という通説は、いま否定されている
では、ニーチェが倒れた原因は何だったのか。長いあいだ、梅毒による進行麻痺だとされてきました。いまも広く読まれている説です。
ただし、当時の診断には根拠の薄いところがあります。梅毒を確かめる検査法が使えるようになったのはニーチェが倒れたあとで、診断は症状の見立てだけで行われました。
ニーチェを壊したのは、脳そのものの病変だった
2008年、ベルギーの神経学の雑誌に載った論文は、脳の細い血管が少しずつ詰まっていく遺伝性の病気を挙げています。CADASILと呼ばれるもので、親から子へ受け継がれ、若いうちから頭痛や小さな脳梗塞を繰り返し、年を追って認知機能が落ちていきます。
論文が並べているのは、少年期からの激しい片頭痛、視力の低下、うつ、記憶と判断の衰え、そして脳卒中です。父親も脳の病気で36歳で亡くなっていて、これらを一つの病気でまとめて説明できるのがCADASILだ、というのが結論でした。
ニーチェ自身の哲学が本人を壊した、と読む人もいます。Google検索でもよく出てくる言説です。ただ、ニーチェが倒れたのは主要な著作を書き終えたあとで、書いている最中ではありません。壊していたのは、脳の血管のほうでした。
ヒューズは、墜落の痛みから鎮痛薬を使いはじめ、亡くなるまでやめられなかった
同じことが、別の形でもう一度起きています。アメリカの富豪ハワード・ヒューズは、1946年、自分で設計した試作機のテスト飛行で墜落し、全身に重傷を負いました。
ヒューズはそこから鎮痛薬を使いはじめ、最初はモルヒネ、のちに医師がコデインへ変えました。ヒューズはコデインを生涯使い続け、量は少しずつ上がっていきました。
晩年のヒューズは、部屋から出ず、人と会わず、細菌を極端に恐れていました。その素地になった強迫的な傾向は、墜落よりずっと前、幼少期から出ていたと同じ調査が示しています。もともとあった傾向を抑えていたものが、痛みと薬と孤立で外れました。
ヒューズの周りには、彼を止められる人が一人もいなかった
なぜ、そこまで量が上がったのか。ヒューズの身近にいたのは全員、彼が雇った人で、医師も側近も、給料をヒューズから受け取っていました。
側近や医師が薬を減らすよう言えば、職を失う可能性があります。その位置にいる人は、だんだん言わなくなり、言わない人しかいない部屋では、量が上がっても誰も数えません。
ジャクソンは狂わなかった。それでも、薬を止める人がいないまま亡くなった
周りに止める人がいないと、正気を失っていない人でも壊れます。3人目のマイケル・ジャクソンが、その例です。現実の判断は最後まで崩れておらず、曲を作り、公演の準備をしていました。
ただ、始まりは似ています。1984年1月、ペプシのCM撮影で花火が予定より早く発火し、ジャクソンは頭皮と後頭部に2度と3度の熱傷を負いました。本人が後に、この怪我が数十年の鎮痛薬への依存につながったと認めています。
ジャクソンが亡くなったのは2009年で、ロサンゼルス郡の検死官は、プロポフォールとロラゼパムによる他殺と裁定しました。プロポフォールは手術で使う麻酔薬ですが、ジャクソンはそれを眠るために使っていました。
眠れない人に麻酔薬を使うのは、かなり危ない使い方です。それでも止める人はいませんでした。投与した医師も、ジャクソンに雇われています。
上に行くほど、周りは否と言わなくなる
3人に同じ条件があります。身近にいる人が、全員、自分より下の立場でした。ニーチェだけは病気が先にありますが、晩年に原稿を読んで意見を返せる人は、ほとんど残っていません。
そのうえ、上に立つ側でも変化が起きます。2014年の実験では、自分に力があると感じさせた人たちは、他人が手で物をつかむ動作を見たときに起きるはずの脳の反応が、ほとんど出ませんでした。力を感じていない側では、同じ反応がはっきり出ています。
この実験が測ったのは、他人の動作に対する脳の反応であって、反論が届くかどうかではありません。ただ、周りが言わなくなることと、本人の側でも他人が入りにくくなることが、同じ向きに働くのは確かです。
こうなると、何が正しいかを決めるのが自分だけになります。判断が間違っていれば結果のほうは返ってきますが、それを言葉にして伝える人がいないと、返ってきていること自体に気づけません。
自分に否と言う人がゼロなら、間違いを教えてくれる人はもういない
では、自分の場合はどうでしょうか。自分の判断に本当に反対を言える人が、いま何人いるかを数えてみてください。
ここでの「言える」は、言っても職や関係を失わない、という意味です。役職が下の人は、この数に入れにくくなりますし、取引先も入りません。
ゼロなら、いま自分が最後の判定者になっています。この位置に立つのに、天才である必要はありません。小さな会社でも、家庭の中でも、専門を一つ持っているだけでも起きます。
反対を言える人が一人いるだけで、かなり変わります。候補になるのは、生活を共にしていて、こちらの立場から利益を受けていない人で、多くの場合は配偶者やパートナーが当たります。ただ、その相手には仕事の中身までは判定できないので、同じ領域で腕が見える人をもう一人持てると、届く範囲が広がります。
人に言われなくても自分の誤りが分かる場所も、持っておくと楽です。楽器がその例で、走っていれば走っているし、出ていない音は出ていません。演奏がずれていれば、ずれたまま音が返ってきます。
なお、眠れない日が続いていたり、薬の量が増えていることが気になっていたりする場合は、一人で判断せず、医療機関に相談してみてください。ここで挙げた3人に共通していたのは、そこを相談できる相手が身近にいなかったことでした。
まずは、自分に反対を言える人の名前を紙に書き出してみるところから、始めてみてはいかがでしょうか。






