うちの猫は8歳で、仕事中にこちらを見つめて鳴きます。私は毎日ニャンと言い返していますし、無視した日もあります。どちらでも鳴きやみません。猫は直らない、犬なら直る、とよく言われます。それで犬のほうを調べました。
犬に言うことを聞かせる方法として出回っているのは、大きく2つの言い方です。上下関係をわからせる、と、信頼関係を築く。仰向けにひっくり返して押さえるやり方は、前の言い方の代表です。ブリーダーがそう教えます。主従関係を示す、という説明が付きます。
先に結論を書きます。仰向けに押さえて効果があったと答えた飼い主は、44パーセントでした。そしてこの記事で書くのは、上下関係も信頼関係も、人が外から付けた名前だということです。犬の側で起きているのは、その行動のあとに何が起きたか、だけです。
仰向けに押さえて効いたと答えた飼い主は44パーセント
まず、そのやり方が効いているのかを見ます。効いたと答えた飼い主は、半分に届きませんでした。
ペンシルベニア大学の行動診療科に来た飼い主140人に、来院する前に自分でやっていた対処と、その結果を聞いた調査があります。仰向けにひっくり返して押さえるやり方を使っていたのは36人でした。そのうち効果があったと答えたのが44パーセントで、残りは効果がなかったか、かえって悪化したかです。
同じ調査で、食べ物の報酬を使った飼い主は111人いて、効果があったと答えたのは87パーセントでした。押さえるやり方とは、倍近い開きがあります。同じ調査には、にらみつける、横に倒して押さえる、叩くといったやり方も出てきます。どれも、押さえるやり方と同じように犬から攻撃を返されています。
押さえた36人のうち3人に1人は、唸られるか、飛びかかられるか、咬まれるかしています。攻撃が返ってくるということは、そこでしつけが成立していないということです。
効いたかどうかは、飼い主自身の答えです。押さえるやり方を使った36人のうち、効いたと答えたのは16人ほどになります。この140頭はもともと問題行動で来院した犬なので、この割合は犬全体に当てはまりません。調査はHerronらが2009年にApplied Animal Behaviour Science誌で報告しました。
押さえると、犬は飼い主を見なくなる
効いた割合の次に、押さえたあとで犬がどうなるかを見ます。犬は、飼い主を見なくなります。
褒めることと食べ物で教える訓練学校と、嫌なことを止めることで教える訓練学校の、犬50頭を比べたフランスの研究があります。リードで歩いているとき、褒めて教える学校の犬はほとんどが飼い主を見ていました。嫌なことを止めて教える学校の犬は、ほとんど見ませんでした。坐れと言われた場面でも、後者に、口をなめる、あくびをする、姿勢を低くする犬が多く出ています。DeldalleとGaunetが2014年にJournal of Veterinary Behavior誌で報告しました。
見なくなるのは、訓練が終わったあとも続きます。ポルトガルの研究では、訓練学校ごとに犬92頭を分けて調べています。押さえたり叱ったりする割合が高い学校の犬は、訓練中に口をなめたり体を掻いたりする回数が多く、唾液に出るコルチゾールの上がり方も大きくなりました。訓練とは別の日に、食べ物が入っているかどうか分からない位置に皿を置くと、押さえたり叱ったりする学校の犬は、褒めて教える学校の犬より皿へ向かう足が遅くなっています。Vieira de Castroらが2020年にPLOS ONE誌で報告しました。
どちらの研究でも、訓練学校を選んだのは飼い主です。押さえたから見なくなった、とまでは言えません。押さえるやり方の学校に通っている犬に、こういう差が出ている、というところまでです。
上下関係という考え方は、動物園の囲いの中のオオカミから出てきた
犬がこうなるやり方が、なぜ広まったのか。元をたどると、この考え方が出てきたのは、オオカミの観察からでした。
始まりは1947年の論文です。ルドルフ・シェンケルが専門誌Behaviourに出した報告で、副題は飼育下の観察でした。見ていたのは動物園のオオカミです。その群れは、別々の場所から集めたオオカミを一つの囲いに入れたもので、血のつながらない寄せ集めでした。
L・デイヴィッド・メックが1999年の論文でそう書いています。メックは13回の夏をかけて野生の群れを観察し、順位を争う場面を一度も見ていません。野生の群れは、親とその子どもたちからなる家族でした。順位を争って頂点に立つオオカミがいたのは、動物園の囲いの中だけです。そのメックこそ、アルファという語を広めて犬のしつけへ渡した本人で、1999年の論文で自分の使い方を訂正しました。
犬そのものを見た研究もあります。ブリストル大学のグループが、譲渡センターの犬を6か月観察し、野生化した犬のデータを再分析しました。犬どうしの関係は、それまでの経験から学ばれている、というのが結論です。BradshawとBlackwellとCaseyが2009年にJournal of Veterinary Behavior誌で報告しました。
信頼関係があるかどうかは、犬が飼い主を見た回数で数えている
上下関係が消えると、かわりに出てくるのが信頼関係という言い方です。この2つは、同じことをしています。
2つの訓練学校を比べたフランスの研究で、犬と飼い主の関係が良いかどうかの目安に使われていたのは、リードで歩くときに犬が飼い主を見た回数でした。研究が数えているのは、その回数です。犬が何を思っているかは、測っていません。
犬が人に愛着を持つことを扱った研究は別にあるので、信頼関係が無い、とまでは書けません。書けるのは、しつけが成立する仕組みを説明するのに、この語は要らない、というところまでです。
上下関係も信頼関係も、犬の行動を見た人が、その行動にまとめて付けた名前です。名前が変わっても、犬の側で起きていることは変わりません。
犬が何かをした直後に、自分が何を返したかを省みる
名前が当てにならないなら、飼い主は何を見ればいいのか。犬が何かをした直後に、自分が何を返したかを省みます。
名前を一度呼んで来るか、体をどこでも触らせるか、おなかを見せるか。出回っている目安は、どれも犬と自分の関係が今どうなっているかを測ろうとするものです。
見るのは、犬が何かをした、その直後です。犬が吠えた。そのあと、自分は何をしたか。名前を呼んだか、こちらを向いたか、なだめたか。犬にとっては、それが吠えたことへの返事になります。
私の猫がそうでした。鳴かれるたびにニャンと返していました。叱っているつもりも褒めているつもりもなく、ただの返事のつもりです。猫にとっては、鳴いたら返事が来た、というだけです。途中で無視した日もありますが、鳴きやみませんでした。8年のあいだに返した回数のほうが、はるかに多いからだと思います。ここは私の見立てで、確かめてはいません。
今日やること。押さえるのをやめて、吠えていない時間に声をかける
見る場所が決まったので、今日やることを2つ書きます。押さえるのをやめること。吠えていない時間のほうに声をかけることです。
1つ目。仰向けにひっくり返して押さえるのを、今日でやめます。
2つ目。犬が静かにしている時間を1日3回決めて、そこで名前を呼び、おやつを1つ出します。朝7時、昼12時、夜8時のように時刻で決めて、その時刻に吠えていたら、静かになるのを待ってから声をかけます。この3回を先に始めてください。吠えているあいだ目を合わせず声も出さない、というほうを先に始めると、犬からは何も渡されなくなっただけに見えます。
唸る、歯を当てる、咬む、といったことが一度でもあった犬には、この2つでは足りません。かかりつけの獣医師に相談して、獣医行動学の専門医を紹介してもらってください。米国獣医動物行動学会も2021年の見解で、行動が変わらないときは獣医師や行動学の専門家に紹介するように書いています。
同じ見解に、犬の訓練は報酬に基づく方法だけを使うべきであり、嫌悪的な方法が必要だという証拠は無い、とも書かれています。
今日、あなたの犬が静かにしているのは何時ごろでしょうか。まずその1回に声をかけるところから、試してみてはいかがでしょうか。