熊の子離れの時期は、生後1年半か2年半の初夏です。ツキノワグマは1年半、ヒグマは1年半から2年半、母熊と一緒に暮らします。
しかし、その初夏に、仔熊は自分から母熊のもとを離れていくのでしょうか。私は「木いちごに夢中になっている隙に母熊が消える」という話を読んで、本当にそんなことがあるのかと思いました。
この記事では、その言い伝えがどこから来た言葉かと、北米で記録されている別れ方を並べます。
熊の子離れの時期は、1歳半か2歳半の初夏
離れる時期を決めているのは、母熊の繁殖期です。環境省の資料は「初夏に繁殖期を迎え、同時期に子別れをします」と書いています。札幌市のヒグマの解説には、仔熊を連れた雌は繁殖に参加しない、とあります。
母熊が次の子を持つには、前の子と離れていなければなりません。仔熊の成長は、離れる時期を決めていません。母熊が次の繁殖に入る初夏に、離れます。
ヒグマの子離れが1歳半のときと2歳半のときに分かれるのも、母熊がどの年の初夏に繁殖に入るかで決まります。
「いちご落とし」は、東北の熊猟師が親離れの季節に付けた呼び名
時期が決まったところで、言い伝えの出どころを見ます。新潟県立浅草山麓エコ・ミュージアムの2021年6月の記事は、「いちご落とし」を東北の熊猟師の言葉として紹介しています。母熊が仔熊に野いちごの場所と食べ方を教え、仔熊が夢中になっている間にそっと去る、という筋書きです。
猟師が見ているのは、初夏に野いちごの茂みに仔熊だけがいる場面です。母熊が去る瞬間そのものを見た記録は、この記事にも、私が読んだ範囲の日本語の資料にもありません。母熊がそっと去ったという後半は、その場面から人が推し量ったものだと私は見ています。ここは推測です。
アメリカクロクマでは、母熊が数日で子を追い立てる
去る瞬間を記録しているのは、北米の観察です。アメリカクロクマを長く観察しているノースアメリカン・ベアセンターは、家族の別れを次のように記録しています。別れは5月か6月の交尾期に、母熊が交尾できる体になった頃に突然起きます。雄が近づくと、それが引き金になります。
別れる直前まで、親子の結びつきは強いままです。それが、別れから1日のうちに変わります。母熊は、仔熊を見かけるたびに追い払うようになります。
仔熊は、この変化を予期していません。別れた直後の仔熊は怯えて、長い時間を木の上で過ごします。
離れる決定をしているのは母熊です。仔熊は、追われて離れます。
ヒグマでは、母熊が子を守るのをやめ、子が雄を避けて離れる
追い立てるのとは別の形も記録されています。アラスカのカトマイ国立公園のヒグマを長く観察している解説者は、こう書いています。母熊が発情し、雄が求愛に近づくと、母熊は仔熊を守る行動をやめます。仔熊にとって成獣の雄は危険です。守ってくれなくなった母熊のそばにいられなくなり、仔熊は自分から距離を取ります。
追い立てるか、守るのをやめるか。形は違いますが、どちらでも、離れる時期と離れること自体を決めているのは母熊の側です。
日本のヒグマでも、雄が近づくことが別れに関わっている
ここまでの別れ方は、北米の観察です。日本のツキノワグマとヒグマについて、私が読めたのは、母熊と過ごす期間と、別れが繁殖期と同じ時期に起きることまででした。母熊が追い払う場面を記録した日本の資料は、今回読んだ範囲では見つかりませんでした。
ただ、札幌市の解説には、仔熊を連れた雌と交尾するために雄が仔熊を殺すことがある、とあります。雄が近づくことが別れに関わっている点は、北米のヒグマと同じです。日本の熊で言えるのは、時期を決めているのが母熊の繁殖期であることと、雄の接近が別れに関わっていることの2つです。
別れた仔熊は木の上で過ごし、そのあと雄は遠くへ、雌は母熊の近くに残る
別れたあとの仔熊も、記録があります。クロクマの母熊は、別れたあと、仔熊が使う区域を避けて歩きます。そこの食べ物を仔熊に譲る形になります。
その後の行き先は、雄と雌で分かれます。東京農工大学と森林総合研究所が2023年に発表したツキノワグマの研究では、雄は3歳になるまでにほとんどが出生地を離れ、平均17.4km移動していました。雌は平均4.8kmで、母熊の近くに残ります(高山ら、Journal of Mammalogy、2023年)。
よくある疑問
Q:いちご落としの話は嘘なのですか。
A:時期と、仔熊が野いちごの茂みに残される場面までは、観察と合っています。母熊がそっと去るという部分は、北米の観察では、母熊が追い払うか、守るのをやめる形で起きています。日本の熊でどちらかは、記録が見つかっていません。
初夏の山で仔熊だけを見かけたら、その少し前に母熊が押し出した場面があった、と考えてみてはいかがでしょうか。