何かを始めても、すぐに諦めてしまう。目標に向かって努力を継続できない。こうした経験から、自分を責めてしまう人は少なくありません。一般的に、「やり抜く力(GRIT)」は個人の資質や精神的な強さと結びつけられがちです。しかし、この見方とは別に、生物学的な視点からその要因を捉えることができます。
困難な課題に粘り強く取り組む能力は、精神論だけで成り立つものではありません。その根底には、私たちの脳機能、とりわけエネルギー供給という物理的な要因が深く関わっています。
この記事では、目標達成に不可欠とされる「GRIT」が、どのようにして「血糖値」の安定という生物学的な基盤の上に成り立っているのかを解説します。もしあなたが継続力に悩んでいるのであれば、それは意志の強さの問題ではなく、体内のエネルギー供給システムに起因する課題なのかもしれません。
GRIT(やり抜く力)の本質とは何か
まず、「GRIT」という概念を正確に理解することから始めましょう。心理学者のアンジェラ・ダックワース氏によって提唱されたこの概念は、単なる「頑張り」や「根性」とは異なります。GRITは、主に二つの要素で構成されています。
一つは「情熱(Passion)」です。これは、特定の領域に対する長期的で持続的な興味関心を指します。そしてもう一つが「粘り強さ(Perseverance)」であり、困難や挫折に直面しても、その長期的な目標に向かって努力し続ける力のことです。
重要なのは、GRITが短期的な集中力や、一時的なモチベーションの高まりとは一線を画す、長期的な視点に立った能力であるという点です。そして、この長期的な営みを支えるためには、持続可能なエネルギー供給が不可欠です。
脳の実行機能とエネルギー供給
人間の理性的思考、意思決定、衝動の抑制、そして長期的な計画立案。これらの高度な精神活動は、脳の「前頭前野」と呼ばれる部位が担っています。ここは、脳の実行機能を制御する中心的な役割を果たします。
目標達成のために短期的な欲求を抑え、困難な課題に粘り強く取り組むというGRITの発揮には、この前頭前野が十全に機能していることが重要な条件となります。
しかし、この部位は多くのエネルギーを消費する器官でもあります。脳は体重の約2%の重さしかありませんが、体全体のエネルギー消費量の約20%を占めるとされ、その主なエネルギー源は血液中のブドウ糖です。特に、複雑な思考を担う前頭前野は、安定したブドウ糖の供給がなければ、その機能を維持することができません。
血糖値の変動がGRITの遂行を困難にするメカニズム
ここで本稿の核心である「血糖値」の問題が浮上します。血糖値とは、血液中に含まれるブドウ糖の濃度のことです。この血糖値が安定せず、急激な上昇と下降を繰り返す状態は、脳の実行機能を担う前頭前野の働きを不安定にさせる可能性があります。
血糖値スパイクと呼ばれる現象
食事、特に砂糖や精製された炭水化物を大量に摂取すると、血糖値は急激に上昇します。これに対応するため、体はインスリンというホルモンを大量に分泌し、血糖値を下げようとします。このインスリンの働きが過剰になると、今度は血糖値が急降下し、一時的な低血糖状態(反応性低血糖)に陥ることがあります。この血糖値の急激な変動は、「血糖値スパイク」とも呼ばれます。
前頭前野へのエネルギー供給の不安定化
血糖値の変動は、前頭前野の機能に深刻な影響を及ぼす可能性があります。安定したエネルギー供給を前提とするこの部位が、エネルギーの過剰供給と急激な欠乏という状況に交互に晒されるためです。
特に、血糖値の急降下によってエネルギーが枯渇した状態では、前頭前野の働きは低下する傾向にあります。理性的な判断や自己制御が困難になり、代わりに、より本能的で短期的な思考が優位になることがあります。これは、困難な課題から逃避したり、目先の欲求に流されたりする行動につながる可能性があります。つまり、血糖値の変動は、GRITの発揮を物理的に困難な状態にする要因となり得るのです。
精神論では対応が難しい物理的要因
これまで「意志が弱い」「飽きっぽい」と感じていた行動は、実は低血糖状態によって引き起こされた、脳の生理的な反応であった可能性が考えられます。エネルギーが不足している状態で、高度な思考や自己制御を維持することは生物学的に困難です。これは精神力のみで対処するのではなく、身体的な要因として向き合うべき課題と捉えることができます。
目標達成のためのエネルギー基盤を構築する
もし、私たちが何かの目標を成し遂げたいと願うのであれば、その意志を行動に移し、継続するための土台を構築する必要があります。その根源的な土台の一つが、安定したエネルギー供給システム、すなわち血糖値のコントロールです。
なぜ「血糖値の安定」から始めるべきなのか
当メディア『人生とポートフォリオ』では、人生を豊かにするための要素として、思考、健康、人間関係、そして資産形成の順番が重要であると提唱しています。ここでいう「健康」とは、単に病気でない状態を指すのではありません。日々のパフォーマンスを最大化し、目標に向かうための活力を維持する「健康資産」という概念です。
GRITという行動特性もまた、この健康資産の上に成り立っています。血糖値の安定は、この資産の根幹をなす要素であり、目標達成というリターンを得るための、最も基本的で重要な取り組みの一つと考えられます。
安定したエネルギー供給源の選択
血糖値を安定させるための具体的な方法として、食事内容の見直しが挙げられます。急激な血糖値の上昇を招きやすい精製された糖質や加工食品を避け、食物繊維、タンパク質、良質な脂質を中心とした、穏やかにエネルギーを供給する食事を選択することが基本です。
例えば、白米を玄米に、菓子パンをナッツやチーズに置き換えるといった小さな工夫が、脳のパフォーマンスに影響を与える可能性があります。詳細な食事法については専門の記事に譲りますが、「何を食べるか」が「どのように行動できるか」に影響を与えるという視点を持つことが重要です。
まとめ
「やり抜く力(GRIT)」は、持って生まれた才能や精神力といった概念だけで説明できるものではありません。その根底には、脳の実行機能を担う前頭前野への、安定的で持続的なエネルギー供給という、具体的な生物学的基盤が存在します。
血糖値の急激な変動は、この重要な部位の機能に影響を与え、私たちの粘り強さや自己制御能力を内側から揺るがす可能性があります。もしあなたがこれまで継続力の欠如に悩んできたのであれば、それはあなた自身の資質の問題だけでなく、体内のエネルギー供給という課題であった可能性も考えられます。
目標を達成したいと願うなら、まずそのためのエネルギー基盤を構築することを検討してみてはいかがでしょうか。精神的なアプローチの前に、身体的な基盤を整えること。GRITの探求は、日々の血糖値を安定させるという、地道ですが、確実な取り組みの一つから始まるのかもしれません。









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