研究で言う孤独は、3種類あります。さびしいと感じていること、接触する人が実際に少ないこと、一人で暮らしていることです。
しかし、好きなことに没頭して一人でいる時間は、この3種類のどれに入るのでしょうか。私は完全在宅勤務で、人といると気遣いすぎて疲れるので、家で一人でいるほうが元気になります。
3種類の中身と、没頭している時間がそこに入るかを、順に見ていきます。
研究が測っている孤独は、3種類ある
孤独で寿命が縮むという話の出どころは、70本の研究をまとめた2015年の分析です(Holt-Lunstad ら、Perspectives on Psychological Science)。この分析は、さびしいと感じていること、接触する人が実際に少ないこと、一人で暮らしていることを、別々に測っています。3種類とも死亡リスクを26%から32%上げていて、3種類の差はわずかでした。
本人がさびしいと感じているかどうかと、実際に人と接していないかどうかは、別々にリスクを上げています。この2つが別々であることが、あとで効いてきます。
孤独が寿命を縮める経路は、炎症である
では、孤独はどうやって寿命を縮めるのでしょうか。体の中で起きているのは、炎症です。さびしいと強く感じている人の白血球では、炎症を起こす遺伝子の働きが上がり、ウイルスに対抗する遺伝子の働きが下がっていました(Cole ら、Genome Biology、2007年)。慢性の炎症は、動脈硬化や心臓の病気に関わります。孤独が寿命を縮めるというのは、この経路のことです。
研究で言う孤独感は、望むつながりが足りずにつらい状態
その炎症を起こしている孤独感とは、何でしょうか。研究が測っている孤独感は、望んでいるつながりと、実際にあるつながりの差を、つらいと感じている状態です。
一人でいることそのものは、この定義に入っていません。人に囲まれていても、望むつながりが無ければ孤独感はあります。一人でいても、つながりを望んでいなければ、差は生まれません。孤独を、一人でいる時間の長さで測っている研究はありません。
好きなことに没頭している時間は、孤独に入らない
この定義に、没頭している時間を当てます。答えは、入りません。
没頭しているとき、人はつながりを望んでいません。望んでいないので、望むつながりと実際のつながりの差が無く、つらさもありません。3種類のうち1つ目の、さびしいと感じている状態には当たりません。
私は、人といると相手の様子を読み取りすぎて疲れます。家で一人で何かに没頭していると落ち着いて、元気が戻ります。回復しているのは、人と接する疲れからです。
さびしくなくても、人との接点がゼロならリスクは上がる
ただし、3種類のうち2つ目は、別に立っています。接触する人が実際に少ないことは、さびしいと感じていなくても、死亡リスクを29%上げていました。
つまり、没頭が好きな人が見るのは、人との接点が実際にどれだけあるかです。仕事の電話やメールのレスポンスがあるなら、接点はゼロではありません。研究が数えているのは接触の頻度と、困ったときに頼れる人がいるかどうかで、相手が友人か仕事相手かは問うていません。
接点が仕事経由だけの人が気をつけるのは、その先です。仕事を減らしたり辞めたりすると、接点が一度に消えます。そのとき初めて、2つ目の孤独に入ります。
孤独がいやで、好きじゃない人と一緒にいるほうが、体には悪い
それなら、さびしくならないように誰かといればよいのでしょうか。相手によっては、逆に悪くなります。
嫌なことを話題にしたとき、支えになる友人といるときより、好きとも嫌いとも言い切れない友人といるときのほうが、収縮期血圧の上がり方が大きくなりました(Holt-Lunstad、Uchino ら、Annals of Behavioral Medicine、2007年)。孤独を埋めるためだけに合わない人と一緒にいるのは、孤独の側の炎症を、人付き合いの側のストレスに置き換えているだけです。どちらも体には同じ向きに働きます。
見るのは、頼れる相手が仕事と関係なく残っているかどうか
ここまでを、1つの判断基準にまとめます。見るのは、困ったときに頼れる相手が、仕事と関係なく残っているかどうかです。一人でいる時間の長さは、研究が測っていません。
人数は要りません。一人か二人いれば、研究が言う2つ目の孤独には入りません。肩書の無い場所で、仕事が終わっても残る相手がいれば、それで足ります。
一人でいる時間を減らす必要はありません。一人でいて元気になる人は、そのままでよいのです。そのうえで、仕事と関係なく残る相手が一人いるかどうかだけ、一度数えてみてはいかがでしょうか。