布団に入って横になった瞬間、息が浅くなる。胸のあたりが詰まって、空気がうまく入ってこない。筋肉が固まっているのか、それとも単なる凝りなのか、自分でも判別がつかない。ところが意識して大きく吸い込むと、ちゃんと入る。だから病気ではないのだろうと考えながら、毎晩それを繰り返している。そんな夜を過ごしている方は、少なくないと思います。
よく言われる答えは、だいたい3つです。ストレスで自律神経が乱れている。姿勢が悪い。運動不足で呼吸の筋肉が弱っている。どれも間違ってはいませんが、この状況を説明しきれてはいないように思います。大きく吸えば入るのに、放っておくと浅い。自律神経の乱れだけが原因なら、大きく吸うこともできないはずです。
この記事が立てる問いは、その差のほうにあります。意識すれば入って、意識をやめると入らない。この一点が、どこから来ているのでしょうか。
呼吸が浅いと感じたとき、まず消しておくべき可能性がある
横になったときの息苦しさには、医療の側で説明がつくものが先にあります。そちらを消してから、この記事の話に入ってください。
代表的なものは心不全です。横になると肺のうっ血が強まり、上半身を起こすと重力で軽くなります。寝入って1時間か2時間で息苦しさに目が覚め、起き上がると数分で治まる。これが典型的な現れ方です。ほかに気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患、睡眠時無呼吸症候群、胃食道逆流症も、横になったときの症状として挙がります。
枕を高くしないと眠れない。枕の数が増えてきた。足首やすねがむくむ。短い期間で体重が増えた。階段や坂で以前より息が切れる。胸の痛みや動悸がある。ひとつでも当てはまるなら、この記事の話ではありません。医療の領域なので、内科の受診を検討してみてください。ここから先は、それらが当てはまらない方への話です。
横になると、肺に残る空気は誰でも減る
まず、体の側で何が起きているかを確認します。横になった瞬間に呼吸が浅くなること自体は異常ではなく、程度の差はあっても全員に起きています。
機能的残気量という言葉があり、普通に息を吐き終えたときに肺へ残っている空気の量を指します。座っているときと仰向けになったときで、この量は変わります。健康な100人を測った研究があり、座位から仰向けへ姿勢を変えたとき、100人全員で減少して例外はありませんでした。
減る理由は単純で、仰向けになると腹部の内臓が横隔膜を下から押し上げるからです。胸のなかで釣り合っていた圧力の関係が変わり、息を吐き終えた位置そのものが浅くなる。教科書に載っている代表的な値では、およそ2.9リットルから2.1リットルまで落ちます。2割から3割の目減りが、姿勢を変えるだけで起きています。
減った分を吸収できる胸郭と、できない胸郭がある
ここからが本題です。全員に同じ変化が起きているのに、苦しくなる人とならない人がいるのはなぜか。差は、余白がどれだけ残っているかにあります。
肋骨は背骨と胸骨のあいだで関節を作っていて、固定された籠ではありません。息を吸うと持ち上がり、吐くと下がる。この記事では、息を吐き終えた位置からまだ下げられる幅のことを、呼吸の余白と呼びます。仰向けで目減りした2割は、この余白から出ていきます。
余白に余裕があれば、姿勢が変わっても肋骨の動きで補えます。日中は何ともないのに夜だけ苦しいという人は、その補いが効かなくなっているのだと考えられます。
同じ2割の減少が、ある人には誤差になり、ある人には限界になる。分かれ目は肺ではなく、肺を入れている籠のほうにあります。
吐き切れていないと、横隔膜には下がる余地が残っていない
横隔膜が下がらないのではありません。上に戻っていないのです。
呼吸の主役である横隔膜は、胸とお腹を仕切るドーム状の膜です。腰の骨、下のほうの肋骨、みぞおちの裏側に付着しています。息を吸うときはこのドームが下へ下がり、吐くときに上へ戻る。上下する幅が、そのまま呼吸の深さになります。
私自身、最初は横隔膜が広がらないのだと思っていました。筋肉が固まっているのか、凝りなのかも分からないまま、胸のあたりが開かない感覚だけがある。吸う側が足りていないのだろう、と考えていたわけです。
ところが、その説明では合わない事実が一つありました。意識して深く吸えば、ちゃんと入るのです。吸う力が足りないなら、深呼吸もできないはずでした。
実際に手を当てて確かめてみると、動いていなかったのは吸うときではなく、吐き終わる位置のほうでした。
肋骨が上がった位置で止まったままだと、横隔膜は下がった位置に留まります。ドームが平たいまま、戻っていない状態です。ここから吸おうとしても、横隔膜にはもう下がる余地がありません。吸おうとして入ってこないのに、吐く余地だけが残っている。
吸えない感じの正体は、吸う側ではなく吐く側にあります。
ここからは私の解釈です。学説として確立された議論ではありませんので、そのつもりで読んでください。肺が過剰に膨らんだ状態で横隔膜が平たくなり、力を出しにくくなること自体は、慢性閉塞性肺疾患で確立した仕組みです。ただし、姿勢の硬さで同じことが起きるという因果は証明されていません。ここで指摘できるのは、吐き切れていない状態と、横隔膜が下がったまま戻らない状態が、構造として同じ形をしているという事実だけです。
深呼吸が効くのに、また戻るのはなぜか
深呼吸をすると楽になる。この体験は正しく、実際に効いています。ただ、効いている中身は思っているものと違うかもしれません。
意識して大きく吸うとき、私たちは普段の呼吸では使わない範囲まで胸郭を動かしています。肋骨が一度大きく持ち上がり、そのあと大きく下がる。この往復で上がったまま止まっていた肋骨がいったん定位置へ戻り、楽になるのはその瞬間です。息をたくさん取り込めたからではなく、胸郭が一度リセットされたからだと考えられます。
だから、意識をやめると戻ります。深呼吸は治療ではなく、その場の帳尻合わせです。呼吸の筋肉をほぐしましょう、深く息をしましょうという助言が効かないわけではありません。効いているのに続かないのは、原因ではなく結果のほうを毎回打ち消しているからです。
猫背で座り続けると、呼吸の筋力そのものが落ちる
では、なぜ肋骨が上がったまま戻らなくなるのか。デスクワークの時間が長い人ほど、ここに心当たりがあるはずです。
しかも心当たりは、たいてい呼吸より先に来ています。背中が張る。肩甲骨のあいだが痛む。夕方になると座っているのがつらい。呼吸の問題として自覚する前に、背中の痛みとして出ていることのほうが多いように思います。私の場合もそうでした。
健康な成人男性35人を対象に、背筋を伸ばした座り方と、背中を丸めた座り方で吸う力を測った研究があります。丸めた姿勢のほうが吸う力は平均で8.7センチメートル水柱ぶん低く、統計的にも意味のある差が出ています。研究者は、姿勢が変わったことで横隔膜の張力と動きが落ちたためだろうと考察しています。
姿勢は、呼吸の質を変えているのではありません。呼吸の能力そのものを変えています。
公平を期すために、この研究の限界も書いておきます。測られたのは吸う力であって、吐き切れているかどうかではありません。姿勢を変えた直後の測定であり、何年も座り続けた影響を追ったものでもありません。デスクワークが胸郭を硬くするという道筋は、この研究だけでは証明されていない。ここで言えるのは、姿勢を変えるだけで呼吸の能力が測定できるほど動く、という一点です。
確かめるのは、吸ったときではなく吐いたときの肋骨である
自分がどちら側にいるのかは、道具なしで確かめられます。判断基準は、吸ったときではなく吐いたときにあります。
両手を脇腹の一番下、肋骨の下端あたりに当ててください。そのまま8秒から10秒かけて、最後までゆっくり息を吐きます。このとき手のひらの下で肋骨が下と内側へ落ちていくなら、余白は残っています。吐いているのに手のひらの下が動かないなら、そこが上限で、肋骨は上がった位置のまま止まっています。
もうひとつ。吐き切ったと思ったところから、さらに吐けるかどうか。まだ出てくるなら、普段の呼吸は吐き終える前に次を吸い始めていることになります。吸ったときにどれだけ膨らむかを見ても、この状態は分かりません。見るのは、吐いたときに戻るかどうかです。
よくある疑問
Q:横になると呼吸が浅くなるのは、病気のサインでしょうか。
A:まず病気の可能性を消しておくことをおすすめします。特に、寝入って1時間か2時間で息苦しさに目が覚める、起き上がると数分で楽になる、足がむくむ、体重が急に増えたという場合は、心臓の側の話である可能性があります。そこに当てはまらず、検査でも異常がなく、意識して大きく吸えばちゃんと入るなら、姿勢と胸郭の硬さで説明がつく範囲かもしれません。
Q:深呼吸をすれば治りますか。
A:その場は楽になりますが、続きません。深呼吸は上がったままの肋骨を一度リセットする動作なので、意識をやめれば元に戻ります。変えたいのは、意識していないときの吐き終わりの位置のほうです。
Q:背中の痛みと関係があるのでしょうか。
A:同じ姿勢から出ている可能性はあります。背中を丸めた時間が長いほど、背中の筋肉は張り、胸郭の動きは減ります。ただし、痛みに痺れや放散する感覚がある場合は別の話なので、整形外科や理学療法士に相談することを検討してみてください。
Q:どのくらいで変わるものでしょうか。
A:個人差が大きく、断言はできません。ただ、その日の夜のうちに変化を感じる方もいます。硬くなった原因が日中の猫背にあるなら、夜のケアだけでは追いつかない場合もあります。2週間から3週間続けても変わらないなら、姿勢以外の理由を疑ったほうがよいと思います。
吸う練習より、吐く練習から始める
呼吸が浅いと感じたとき、人はまず吸おうとします。大きく吸えば深くなるはずだと考えるからです。しかし横になったときに起きているのは、吸う力が足りないことではなく、吐き終わる位置が浅いままだということでした。
やることは反転して、吸う練習ではなく吐く練習になります。仰向けで膝を立て、手を下の肋骨に当てて、8秒から10秒かけて最後まで吐く。吸うほうは自然に任せる。吸おうとしない。肋骨が落ちる感覚が戻ってくるかどうかだけを、手のひらで確かめる。
日中にできることもあり、こちらは座り続けている時間を切ることに尽きます。1時間近く同じ姿勢でいたら、立ち上がって腕を頭の上へ伸ばす。それだけで上がったままの肋骨は一度下りるので、内容より頻度のほうが効く場面です。
私の場合、変わったのは吸い方ではなく、吐き終わりに手を当てる習慣のほうでした。落ちるか、落ちないか。それだけを毎晩見ています。
今夜、布団に入ったら、まず吸わずに吐いてみてはいかがでしょうか。あなたの余白は、どのくらい残っているでしょうか。







