台風の後に地震が来るという話で確かめるべきは、本当かどうかではなく、どれくらいかである

台風が通り過ぎた数日後に、地震があった。ニュースを見ていて、なんとなくつながっているような気がする。石川で大雨が続いていた時期に、あの群発地震が起きていた。並べてみると、偶然にしては出来すぎている。

説明のほうも、すでに出回っています。台風は低気圧なので、海水を海底ごと持ち上げる。押さえつけていた力が減るから、断層が動きやすくなる。豪雨が地下に染み込んで、断層を滑りやすくする。米国の大学が、台風の後に大地震が起きた証拠を確認したという報道もありました。

この記事が立てる問いは違います。その研究が本物かどうかではなく、その力がどれくらいの大きさなのか、です。

目次

引用されている論文は、実在する

引用元をたどると、たいてい同じ2本に行き着きます。

1本目は2009年、Nature誌に載った論文です。台湾の中央研究院のLiu ChiChingと、カーネギー研究所のLindeとSacksによるものでした。台湾東部の地下に歪み計を埋め、5年間観測しています。その間に検出した20回のうち、11回が台風の襲来と重なっていました。台風と重なった11回は、ほかより強く、波形も複雑だったと書かれています。

メカニズムも書いてあります。台風の低気圧は、陸の上では大気の押さえつけを弱めます。ところが海底では、周りから海水が流れ込んで相殺されてしまいます。この左右の差が断層をわずかに緩める、という説明です。

2本目は2024年5月、Science Advances誌に載った能登半島の論文です。筆頭著者は元MITのQing-Yu Wang。2020年から続いていた群発地震の時期が、大雪や強い降水の時期とよく合っていた、という報告でした。

どちらも実在しますし、誌名も年も著者名も、調べれば確認できます。だから正しいのだろう、と受け取るのが自然です。

その論文が測っていたのは、人に感じられない揺れである

台湾の20回は、スロー地震と呼ばれるものです。

普通の地震は数十秒で終わりますが、スロー地震は数時間から1日以上かけて、断層がぬるりと滑る現象です。揺れないので人は気づきませんし、建物も壊れません。地下に埋めた歪み計だからこそ捉えられた動きでした。

つまりこの論文が言っているのは、台風がゆっくりした滑りの引き金になった、ということです。台風が地震を起こした、とは書いていません。

しかも著者らは、その先を書いています。台湾東部は地殻がひどく圧縮されているのに、大きな地震が少ない。繰り返す遅い滑りが、溜まった歪みを小分けにして、長い断層が一気に破れるのを妨げているのではないか。論文はそう考察しています。

引用されるとき、この向きが反転しています。大地震を抑えているかもしれない現象が、大地震を呼ぶ現象として運ばれている。

雨や雪が断層を押す力は、地震を起こす力の1000分の1である

能登の論文も、読むと書いてあることが違います。

群発地震の主な原因として挙げられているのは、地下深くから上がってくる流体です。積雪や降水は、その活動のタイミングを前後させた側として扱われています。雪が地震を起こした、とは書かれていません。

そして肝心なのは、力の大きさです。

季節ごとの水や雪の重さが地下にかける力は、数キロパスカルの範囲にとどまります。いっぽう地震が起きるとき、断層で解放される力は数メガパスカルあります。ここに1000倍の開きがあります。

2017年にScience誌に載ったカリフォルニアの研究では、年間5キロパスカルの変化が微小地震の頻度を動かしていました。動くこと自体は間違いありませんが、動くのは、すでに限界まで溜まった断層の発火する時期だけです。数日から数か月、前倒しになります。

総数は変わりません。どれくらいか、と訊いた答えがこれです。

並んでいる出来事は、順番が合っているだけである

台風の直後に地震があった事例を並べた記事は、たくさんあります。あの台風の翌日にあの地震、この豪雨の年にこの地震、というふうに。

ここで一つ、数字を置きます。

日本で震度1以上の地震は、年間およそ2,000回、1日あたり5回から6回起きています。つまりどの台風を選んでも、その前後1週間に地震は必ず見つかります。見つからないほうが珍しいくらいです。

並べられること自体は、関係の証拠になりません。何回の台風のうち何回で起きたのか、台風がないときと比べて多いのか。そこを数えていない限り、事例の列挙はただの列挙です。

地図の重なりも同じ構造をしています。フィリピン、台湾、日本、インドネシアと並べると、台風の通り道と地震の多い場所はたしかに重なります。ただしそれは、暖かい海のへりにプレートの境目があるからで、共通の原因が別にあります。アイスランドにもチリにもトルコにも、台風は来ません。

出典を確かめても判断が付かないのは、確かめたのが真偽だけだからである

ここまで見てきた3つは、どれも嘘ではありませんでした。

論文は実在しましたし、掲載誌も、発表年も、著者名も合っていました。確かめる作業は全部通るのに、結論だけが支えられていません。

主張を支えているのは、真偽ではないからです。支えているものは3つあります。話している対象が同じかどうか、力の大きさが足りるかどうか、矢印の向きが合っているかどうか。事実確認は、このどれも見ません。

向きが逆だった例を一つ挙げます。

1923年9月1日、関東大震災が起きた日、能登半島沖に台風が停滞していました。東京では正午すぎに南南西の風が毎秒12.3メートル、夜には毎秒22メートルまで強まっています。風向きは南から西へ、西から北へと変わり続けたため、延焼の方向が次々に変わり、焼失した範囲が広がっていきました。死者の約9割は焼死だったと記録されています。

台風と地震が同じ日に起きたのは事実です。しかし台風がしたのは地震を起こすことではなく、火を広げることでした。事実は全部合っているのに、矢印だけが逆を向いています。

私自身も一度、順番を取り違えたことがあります。伊勢湾の地震は台風の後に来たのではなかったか、と思い込んでいました。ところが調べてみると、伊勢湾地震という地震はそもそも存在しません。伊勢湾台風は1959年9月26日で、戦後の話です。同じ湾を襲った戦時中の地震は昭和東南海地震で、1944年12月7日ですから、台風シーズンから外れています。しかも順番が逆で、地震のほうが15年先でした。

地名が同じというだけで、2つの災害が1つに束ねられ、順番まで入れ替わっていました。事実がつなぎ違えられるのは、記事の中だけではありません。記憶の中でも起きます。

疑うことのコストを、正直に書いておく

公平を期すために、逆側も書きます。

気候と地震が完全に無関係だと言っているのではありません。氷河が解けた後に断層の滑る速度が上がった、という報告は実際にあります。こちらは時間の単位が千年で、動く質量の桁が違います。潮汐や水の荷重による変調も確立した現象で、小さいけれど実在します。

落ちたのは、そこから「気候変動が日本の地震リスクを高める」へ渡る一段だけです。関連そのものは否定されていません。

そして大きさを訊く技術には、副作用があります。

慣れてくると、たいていの話が「小さいので無視してよい」で終わり、そのうち小さいものを全部切り捨てる癖が付きます。しかし1回の力は小さくても、毎年繰り返せば効いてくる現象は現実にあります。大きさを訊くのは切り捨てるためではなく、どこに時間を使うかを決めるためです。ここを取り違えると、今度は何も怖がらなくなります。

判断基準は、本当かではなく、どれくらいかと訊くこと

明日から使える基準は、一つだけです。

出典が示されていたら、真偽ではなく大きさを探します。その力は比べる相手の何分の1なのか、という一点だけを見ます。

大きさが書かれていない場合、それは書けなかったからではありません。台風の低気圧が断層を緩める話は、緩む量を書いた瞬間に警戒を呼びかける根拠として弱くなるので、その一行は書かれないのです。

自分で調べる必要もありません。生成AIに「この効果の大きさは、比較対象の何分の1ですか」と訊けば足ります。大事なのは調べる能力ではなく、大きさを訊くという発想を持っているかどうかです。

対象が同じかどうかも、同じ要領で確認できます。その研究が測ったものは、報道が言っている現象と本当に同じなのか。台湾の論文の場合、測っていたのは揺れない滑りでした。

よくある疑問

Q:台風や豪雨が地震のきっかけになるという話は、結局デマなのでしょうか。

A:デマではありません。台風の気圧低下や豪雨の重さが、断層にかかる力をわずかに変えることは、査読論文で報告されています。ただしその力は地震を起こす力の1000分の1程度で、すでに限界まで溜まった断層の発火を少し早める範囲にとどまります。関連はある、規模は小さい、というのが現時点の正確な言い方になります。

Q:気候変動が進むと、日本の地震は増えるのでしょうか。

A:増えると言える根拠は、いまのところありません。降水や積雪が地震の起きる時期を前後させるという報告はありますが、総数を増やすという結果ではありません。極端な降水や台風の激化そのものは実測されているので、警戒すべきなのは水害の側になります。

Q:台風の後に地震が来た事例が並んでいると、やはり気になります。

A:日本では震度1以上の地震が年間およそ2,000回、1日平均で5回から6回起きています。どの台風を選んでも、その前後に地震は必ず見つかります。並べられること自体は、関係があることの証拠になりません。

台風と地震に備える理由は、この話が本当でなくても変わらない

ここまで書いておいて言うのも妙ですが、備える理由のほうは何も変わりません。

豪雨で地盤が緩んだところに地震が来れば、被害は跳ね上がります。断水した直後に揺れれば、復旧はさらに遅れます。誘発のメカニズムを一つも仮定しなくても、豪雨と地震が重なる想定は成り立ちます。

むしろ、怪しい因果論に寄りかからないほうが、備える理由は強くなります。因果が否定された日に、備えまで一緒に捨てずに済むからです。

あなたが最後に不安になった情報には、どれくらいの大きさだと書いてありましたか。

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