声のパブリシティ権とは?津田健次郎さんの生成AI事案から考察する

声のパブリシティ権は、2026年9月30日に東京地裁が初めて判決で認めた権利です。

しかし、この権利の考え方は、2012年にはすでにありました。それなのに、なぜ2026年になって初めて裁判で争われたのでしょうか。

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声のパブリシティ権は、声が持つ、人を引きつける力を本人だけが使える権利である

パブリシティ権は、2012年2月2日の最高裁判決(ピンク・レディー事件)で認められた権利です。有名人の名前や肖像が持つ、人を引きつける力を、本人だけが商売に使えるようにする権利です。

最高裁は、この権利の侵害にあたる使い方を3つ挙げています。声に当てはめると、次のとおりです。

  1. 本人の声そのものを、聞かせるための商品として売る
  2. 商品を他と区別するために、本人の声を付ける
  3. 本人の声を、商品の広告に使う

この判決の調査官解説は、守られる対象として、署名や芸名と並べて声を挙げていました。2026年8月7日に法務省の検討会が出した報告書も、声は本人を見分ける手がかりであり、本人の人格を表すものだとして、パブリシティ権の対象に含めています。

著作権では、声そのものは守られない

声を守る権利としては、まず著作権が思い浮かびます。しかし著作権が守るのは、録音や演技であって、声の質そのものではありません。 違いは以下のとおりです。

比べる点著作権・著作隣接権パブリシティ権
守るもの録音した音源、演技や歌唱名前、肖像、声が持つ、人を引きつける力
AIが声を真似た場合元の録音を使っていなければ当たりにくい人を集める目的で使えば当たりうる
誰の権利か作品や演技をした人本人

生成AIは、元の録音をそのまま使わずに声を作ります。声の特徴を学習して、新しい音声を作るからです。だから著作権では止めにくく、津田さんの裁判ではパブリシティ権が争われました。

津田健次郎さんの裁判で、東京地裁は声も権利の対象だと判断した

東京地裁の高橋彩裁判長は、声が人を引きつける力を持つ場合、その力を使う目的で無断で使えば、パブリシティ権の侵害になると判断しました。 声がこの権利の対象になると正面から示した判決は、これが初めてです。

裁判までの流れは以下のとおりです。

時期出来事
2024年7月〜2025年9月匿名のアカウントが、津田さんの声に似せたナレーション付きの動画を180本以上TikTokに投稿
2025年8月投稿者の情報を開示する命令が出るが、投稿者は特定できず
2025年11月津田さんが、TikTokの運営会社に動画の削除を求めて提訴
2026年5月ごろ投稿者がアカウントを削除
2026年9月30日東京地裁が判決

TikTok側は、動画の声は第三者の声を学習させて作った、よくある男性の声で、津田さんの声とは違うと反論していました。津田さん側は、声が似ていることを示すために、深層学習のモデルで分析した結果を証拠として出しています。

一方で、動画はすでに消えていたため、削除を求める請求は棄却されました。津田さん側は損害賠償を求めておらず、控訴しない方針だと報じられています。

声の権利が裁判で争われるまでに、14年かかった理由

私が驚いたのは、生成AIがきっかけで、新しい権利の考え方が形になったことです。考え方は2012年からありましたが、裁判で争われるまで14年かかりました。

生成AIが出てくる前は、ある人の声を使うには、本人に頼むか、ものまねのできる人に頼むしかありませんでした。生成AIは、本人の許可も、真似る人の技量も要らなくしました。その結果、匿名の1人が本人に似た声で180本以上の動画を作れるようになりました。誰でも他人の声を真似られるようになったから、声を守る権利が実際に要るようになりました。

真似る技術が現れるたびに、その使い方を止める権利が作られてきた

同じことは、130年以上前にも起きています。以下のとおりです。

年真似る・写す技術作られた権利・判断
1890年その場で撮れる写真と、それを載せる新聞プライバシー権(ウォーレンとブランダイスの論文)
2024年声を作る生成AI声の権利を加えたテネシー州のELVIS法
2026年声を作る生成AI日本で声のパブリシティ権を認めた判決

1890年、ウォーレンとブランダイスは、ハーバード・ロー・レビューに「プライバシーの権利」という論文を出しました。きっかけの1つは、その場で撮れる写真と、それを載せる新聞が広まったことです。写す技術が先に広まり、その使い方を止める権利があとから作られました。

アメリカのテネシー州は、2024年3月にELVIS法を成立させ、7月に施行しました。本人の声も、AIで作った本人そっくりの声も、守る対象に加えています。デンマークは、国民一人ひとりに、自分の顔や声や身体を守る権利を与える法案を2025年に発表しました。2026年3月の時点では、欧州委員会が懸念を示していて、まだ成立していません。

生成AIが真似できるものは、声のあとも増えていくはずです。そのたびに、それを守る権利も広がっていくと思います。

よくある疑問

Q:パブリシティ権と肖像権の違いは何ですか。

A:肖像権は、勝手に撮られたり公開されたりしない権利です。パブリシティ権は、名前や肖像、声が持つ、人を引きつける力を、本人だけが商売に使える権利です。肖像権は人としての利益を、パブリシティ権は人を引きつける力というお金になる価値を守ります。

Q:有名人ではない人の声も、パブリシティ権で守られますか。

A:この権利は、声に人を引きつける力があることが前提です。そのため、一般の人の声には当てはまりにくいと思います。声を無断で使われたときは、弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。

Q:生成AIで声優の声を真似るのは違法ですか。

A:今回の判決によれば、声優の声が持つ、人を引きつける力を使う目的で、無断で使えばパブリシティ権の侵害になりえます。どのくらい似ていれば侵害になるかは、報道からは分かりません。また、これは一審の判断です。

生成AIが広まるほど、本人を守る権利の範囲が確かめられていく

今回の判決で、声を無断で使われた人が「やめてほしい」と言える根拠が確かめられました。私は、これは良いことだと思います。次に生成AIが真似するものが出てきたときも、本人は同じように止める根拠を求めて争うことになると思います。

あなたが使っているAIは、誰の何を真似しているのでしょうか。一度、考えてみてはいかがでしょうか。

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