「紀州のドン・ファン」の赤ペンで書かれた1枚の遺言書は、なぜ有効とされたのか?

「個人の全財産を田辺市にキフする」。赤いサインペンで書かれたこの遺言書によって、13億円を超える遺産の行き先が決まりました。最高裁判所が2026年9月30日付で親族側の上告を退け、遺言書を有効とした判決が確定しています。

しかし、赤ペンで書かれ、「寄付」をカタカナで「キフ」と書いた短い遺言書が、なぜ法律上の遺言として認められたのでしょうか。

手書きの遺言が有効になる条件は、民法に4つ書かれています。この記事では、その4つの条件と、この裁判で争われた点を順に見ていきます。

目次

遺言書が有効とされたのは、民法の4つの条件がそろっていたから

手書きの遺言(自筆証書遺言)について、民法968条1項は次の4つを求めています。

  • 全文を自分で書く
  • 日付を自分で書く
  • 氏名を自分で書く
  • 印を押す

野崎幸助さんの遺言書には、「いごん 個人の全財産を田辺市にキフする」という本文、2013年2月8日という日付、署名、押印がありました。4つの条件がそろっていれば、本文が1行でも遺言として成り立ちます。

赤ペンで書いたこと、カタカナを使ったこと、紙が1枚であることは、有効かどうかに関係しない

遺言書の見た目が珍しくても、見た目だけで無効にはなりません。民法968条1項は、書くための道具も、紙の枚数も、文の長さも決めていないからです。

赤いサインペンで書くことも、「寄付」を「キフ」と書くことも、4つの条件には含まれていません。民法が見ているのは、本人が手で書いたかと、日付と印があるかです。

裁判で争われたのは、本人が書いたかどうかと、寄付する理由があったかどうか

形式に問題がないのに、親族が争ったのは別の点です。野崎さんのきょうだい4人は、遺言書を何者かが偽造した可能性があると訴えました。争点ごとの親族の主張と裁判所の判断は、以下のとおりです。

争点親族の主張裁判所の判断
筆跡遺言書の「崎」の字は、生前の署名と形や書き方が大きく違い、同じ人の字とはみなせない親族側の筆跡鑑定は、野崎さんが書いたと明らかでない書面を比べる相手に含んでいた。遺言書の流れるような筆跡は、本人のものと推認できる(和歌山地裁、2024年6月)。過去のメモと比べても本人が書いたとみられ、ほかの人が作った可能性は低い(大阪高裁、2025年9月19日)
寄付する理由市に寄付する合理的な理由がない野崎さんは田辺市の発展を望む発言をしていた。きょうだいとの関係が良くなく、財産を譲りたくないと周りに話していた(和歌山地裁、2024年6月)

最高裁は2026年9月30日付で親族側の上告を退け、この判断が確定しました。裁判所は、生前のメモと筆跡を比べた結果と、田辺市の発展を望む発言を周りの人が聞いていたことから、本人が書いた遺言書と認めました。

本人が書いたことを示す材料は、この件では筆跡と、周りの人が聞いた発言でした。手元に置いておくだけの遺言では、残された家族がこうした材料を集めて争うことになると思います。

自筆で遺言を書くときは、4つの条件を1つずつ満たしているか確かめる

4つの条件のどれか1つでも満たし方を間違えると、遺言は無効になります。裁判で問題になった例を並べると、以下のとおりです。

条件満たす書き方裁判で問題になった例
全文を自分で書く本文はすべて手書きにする。2019年1月13日以降に作る遺言は、財産目録だけパソコンで作ってよい(目録の各ページに署名と押印が要る)なし
日付を自分で書く「2026年10月2日」のように年・月・日まで書く「昭和41年7月吉日」と書いた遺言は無効とされた(最高裁、1979年5月31日)
氏名を自分で書く自分の名前を手で書くなし
印を押す印鑑を押す。指で押した印(指印)も認められた(最高裁、1989年2月16日)花押(名前を図案化して手で書く署名の一種)は押印と認められなかった(最高裁、2016年6月3日)

日付は年・月・日まで書き、押印は印鑑か指印でします。

本人が書いたことを後から示すには、遺言書を法務局に預ける

4つの条件を満たしていても、この件のように、本人が書いたかどうかが争われることがあります。本人が書いたことを示す方法の1つが、法務局の自筆証書遺言書保管制度です。

遺言を書いた本人が法務局の窓口へ行き、1件3,900円の手数料を払って遺言書を預けます。郵送や代理人による申し込みはできません。法務局に預けた遺言書は、家庭裁判所での検認の手続きが要りません。

ただし、法務局が確かめるのは、署名、押印、日付があるかどうかといった外から見える形式だけです。遺言の内容が有効かどうかまでは保証されず、内容の相談も受け付けていません。財産が多い場合や、家族の関係が込み入っている場合は、弁護士や司法書士に相談してみてはいかがでしょうか。

よくある疑問

Q:パソコンで作った遺言は有効ですか。

A:本文をパソコンで作った自筆証書遺言は、民法968条1項の「全文を自分で書く」を満たしません。パソコンで作ってよいのは、2019年1月13日以降に作る遺言の財産目録だけで、その場合も目録の各ページに署名と押印が要ります。

Q:法務局に預ければ、遺言の内容まで確かめてもらえますか。

A:確かめてもらえません。法務局が見るのは署名、押印、日付があるかどうかといった形式で、内容についての相談も受け付けていません。内容に不安があるなら、弁護士や司法書士に見てもらう方法があります。

手書きの遺言が有効になるかは、4つの条件と、本人が書いたことを示せるかで決まる

赤ペンで書かれた1枚の遺言書が有効とされたのは、全文・日付・氏名が本人の字で書かれ、印が押されていたからです。そのうえで裁判では、生前のメモとの筆跡の比較と、田辺市の発展を望む発言をもとに、本人が書いたと認められました。

手書きで遺言を残すなら、まず4つの条件を1つずつ満たしているかを確かめてください。書き終えたら、法務局に預けることも検討してみてはいかがでしょうか。

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