トランプ氏の交渉術といえば、最初に高い要求を出す、はったりをかける、期限を切って相手を追い込む、といった一対一の駆け引きを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。2026年9月29日にホワイトハウスで署名された超知能(SI)についての合意には、一対一の駆け引きとは違う進め方が出ています。そこから読み取れる合意形成の進め方は、5つです。
しかし、法的な拘束力のない約束に、競合するAI企業のトップがなぜそろって名前を書いたのでしょうか。
人の集め方、約束の中身、署名したあとの動きの順に見ていきます。
6社のトップが署名したのは、308語の自主的な約束である
中身は、各社が自分で守ると約束した安全の仕組みで、守らなかったときの罰則はありません。正式名は「White House Accord on Super Intelligence」で、語数はForbesの集計です。全文はWashington Examinerが掲載しています。中身は以下のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日時と場所 | 2026年9月29日、ホワイトハウスでの昼食会のあと |
| 署名した人 | トランプ氏、グーグルのピチャイCEO、メタのザッカーバーグCEO、アンソロピックのアモデイCEO、xAIのマスク氏、エヌビディアのフアンCEO、OpenAIのブロックマン社長 |
| 約束の中身 | 最先端のAIモデルを訓練・展開する会社が、内部の統制、統制を点検する社内チーム、外部の監査人か評価者、報告を受ける取締役会の独立委員会、の4層を置く |
| 続ける仕組み | 参加企業が定期的に集まり、安全のための基準と進め方を作る |
| 法令との関係 | いずれ法令や規制にすることも「理にかなう場合がある」と書くにとどめている |
| 拘束力 | 法的な拘束力はない。トランプ氏は「道義的に拘束力がある」と述べた(CBS News) |
関係者を1つの場に集め、その日のうちに署名してもらう
まず、署名した場所です。各社のトップは、会合の場で名前を書いたので、自分の会社に持ち帰って考え直す前に、約束が決まったことになります。昼食会には31人が出席し(Axios)、合意はその日のうちに公表されました。
人前で名前を書いて示した判断は、本人があとから変えにくくなります。社会心理学者のドイチュとジェラードが1955年に発表した実験では、自分の見積もりを紙に書き、名前を書いて提出した学生が、あとで最も見積もりを変えませんでした。紙に書いてすぐ消した学生よりも、変えにくかったと紹介されています(チャルディーニ『影響力の武器』による)。
社内で同じ進め方を使うなら、次の会議の最後の10分を、決まったことをA4の紙1枚に書く時間にあてます。出席者には、その場で名前を書いてもらいます。
約束の中身は、相手がすでにやっていることから選ぶ
次に、何に署名してもらったかです。4層の統制は、署名した各社がすでに公表している安全の方針に近い中身なので、署名しても各社の負担はあまり増えないと思います。アンソロピック、OpenAI、グーグル・ディープマインドは、それぞれ安全の方針を前から公表しています。2023年7月にも、バイデン政権のもとで主要7社が同じ形の自主的な約束に署名しています。
政権は規制を作らないまま、大統領のもとで業界がまとまったという見え方を手に入れました。Nextgovによると、バンス副大統領は、政府の監督より業界の自主規制を優先すると述べています。そのうえで、法令にする話を合意に残してあるので、約束が守られなければ、政権は法規制の話を持ち出せるはずです。
社内なら、各部署がすでにやっている手順を集めて全社の決まりとして書き直し、各部署の責任者に署名をもらいます。新しい作業を足すのは、次の会議にします。
懸念を持つ人に、合意の中身を社内で説明する役を任せる
署名のあと、各社のトップは自分の会社へ戻ります。合意の4層目は、各社の取締役会の独立委員会が報告を受ける仕組みなので、署名したトップは社内で合意の中身を説明する側に回ります。
Fox Newsによると、アンソロピックのアモデイCEOは会合で安全性への懸念を示したうえで、米国はAIの競争に勝たなければならないとも述べています。懸念を持つ人が、合意の中で基準を作る側に入った形です。
社内なら、反対しそうな部署の責任者にも署名をもらい、その部署の会議で中身を説明してもらいます。説明する日を、署名の紙に書いておきます。
署名を求める相手を、最初から絞っておく
出席者と署名者を並べると、もう1つのことが分かります。出席した31人のうち、署名したのはトランプ氏と6人だけですが、CNNの見出しは「AIのトップ経営者たちが署名」となり、全員が合意したように見えています。
出席しながら署名していない人には、アマゾン創業者のベゾス氏、パランティアのカープCEO(Forbes)、マイクロソフトのナデラCEO(Axiosの出席者一覧)がいます。合意文は、対象を「最先端のモデルを訓練し、展開するすべての会社」と書いています。半導体や投資の立場で出席した人は、はじめから署名の対象の外にいたことになります。全員が合意したように見える形をトランプ氏が狙って作ったのかどうかは、報道には出ていません。
社内なら、署名をもらう相手を、その決まりで作業が変わる部署の責任者に絞ります。関係の薄い人を会議に呼ぶのは構いませんが、署名は求めません。
次に集まる日を、約束の紙に書き込む
最後に、合意の後半です。合意には、参加企業が定期的に集まって基準を作ると書かれているので、中身が薄くても次の話し合いにつながります。1回目で完成した決まりを作ろうとすると、署名が集まるまでに時間がかかります。まず全員の名前をそろえ、中身は次の会合で足していく順番です。
社内なら、署名の紙の最後に、次に集まる日を1行書きます。「11月の部長会で、各部署の手順を持ち寄る」のように、日付と持ち寄るものを決めておきます。
よくある疑問
Q:法的な拘束力のない合意に、意味はあるのでしょうか。
A:あると思います。名前を書いて約束した人は、あとからその立場を変えにくくなります。守られなかったときに法令にする話も残してあるので、署名した各社には守る理由があります。ただし、外部の監査人の独立を誰が保証するのかは、合意に書かれていません。
Q:トランプ氏の交渉術は、一対一の駆け引きではないのでしょうか。
A:関税や期限で相手を追い込む交渉がよく知られています。今回の合意では、複数の相手を1つの場に集め、相手が受け入れやすい中身で署名をそろえています。相手が何人もいるときは、今回の進め方のほうが参考になると思います。
次の会議の最後に、決まったことを紙1枚にまとめる
関係者を集めて話し、その場で名前を書いてもらうと、懸念を持っていた人も持ち帰って説明する側に回ります。次の会議の最後の10分で、決まったことをA4の紙1枚に書き、出席者に署名をもらってみてはいかがでしょうか。






