私は、その日の仕事を一通り終えていました。手をつけていないものは残っていません。それなのに、仕事のことが頭から離れません。そわそわして落ち着きませんでした。何が残っているのかを探すと、翌日の仕事でした。
この状態によく挙がる答えは、書き出すことです。頭の中のタスクを紙に出すと、脳の負担が減るという説明です。私は書き出していました。それでも、すっきりしませんでした。
すっきりしなかったのは、書いたものがタスクの名前の一覧だったからです。前日に明日の大まかな手順まで書くと、明日の量が何時間かが見えます。明日の量を言えるところまで来ると、そわそわは止まります。
今日の分は終わった。それでもそわそわする
なぜ書いてもすっきりしないのか。そわそわの正体が、まだ終わっていない義務だからです。
義務が終わると、残りの時間はプラスアルファの仕事や趣味に、自分のペースで使えるようになります。その義務が終わる条件は、2つあります。今日の分が終わっていることと、翌日の分の目処が立っていることです。
片方だけでは終わりません。時計の上で今日の仕事を閉じても、翌日が決まっていなければ、そわそわは残ります。
終わっていない仕事が、終わらせないまま頭から降りることがあります。具体的な計画を一度立てると、目標が終わっていなくても、その目標に関する頭の働きは大きく減る。Masicampo と Baumeister が2011年に Journal of Personality and Social Psychology で報告しています。翌日の仕事は、前日の夜にはまだ1つも終わっていません。それでも、何をいつやるかが決まっていれば、義務の側から出ていきます。
「先方への資料」と1行書いても、そわそわは消えない
では、何をどこまで決めれば目処が立つのでしょうか。
翌日の欄にタスクの名前を並べただけでは、目処は立ちません。「先方への資料」と1行書いても、それが30分の仕事なのか4時間の仕事なのかは、その1行からは読み取れないからです。
読み取れないので、明日の分が3時間に収まるかどうかも決まりません。決まらないまま夜になるので、頭が、収まるかどうかを何度も確かめにきます。書き出したのにすっきりしないのは、ここです。
大まかな手順まで書くと、明日が何時間か分かる
名前で足りないのなら、その先まで書きます。
明日取り組む大まかな手順まで言語化すると、量が見えます。前の版を開いて、数字を差し替えて、送り先を確認して、送る。ここまで書けば30分の側だと分かりますし、途中に調べものが1つ挟まると分かれば、そこで4時間の側へ動きます。
私は夜9時に、明日やることを3つまで書いています。1つにつき、手順を3行以内で書きます。書き終えたら、それぞれ何分かかるかを横に書いて、足します。合計が明日の使える時間に入っていれば、そこで終わりです。入らなければ、1つを翌日に回します。
細かく決める必要はありません。前日の作業のほうが重くなりますし、細かく決めても翌日はどうせ外れます。
足し算をして、明日の分が全部で何時間かを言えるなら、量は見えています。言えないなら、タスクの名前のところで止まっています。言った時間は外れて構いませんし、3時間と見て4時間かかる日もあります。それでも、明らかに入らない量を積んでいることは、前日のうちに分かります。分かれば、減らすか、翌日に回すかを、前日に決められます。
前日に書いても、不安そのものは減らない
ここまでは、そわそわが止まるかどうかの話です。不安のほうは、別に動きます。
同じ研究には、こちらに都合の悪い結果も出ています。計画を立てても、不安は下がりませんでした。減ったのはそわそわのほうで、不安は動いていません。
だから、前日に手順を書いた夜に、それでも落ち着かないことがあります。そわそわと不安が、別々に動いているだけです。
仕事のことが何日も頭から離れない、休んでも回復しない、眠れないという状態が続くときは、段取りで動く範囲の外にあります。心療内科や産業医など、専門家に相談することを検討してみてください。
段取りの側でできることは、前の日の夜にあります。今日の分を終えたのに仕事のことが頭から離れず、そわそわする日があるなら、その日の終わりに、明日取り組む大まかな手順を3行だけ書いてみてはいかがでしょうか。明日の量が見えるかどうかで、今日の残りの時間の使い方が変わるかもしれません。







