ドラムを叩いていると、手のひらが持たなくなる。痛いというより、力が入らなくなって握っていられなくなる。曲の後半になると、スティックが手の中で泳ぎはじめる。
よく言われる答えは、だいたい3つです。腕全体で叩かずに、指と手首と肘と肩を使い分けること。握り込まずに支点だけで持つこと。跳ね返りを殺さないこと。どれも正しい話で、実際に効きます。
この記事が立てる問いは、その先にあります。3つとも身につけたのに、特定の曲でだけ手が持たなくなるのはなぜでしょうか。
太いメイプルのスティックは、細いヒッコリーとほとんど同じ重さである
太いスティックは重いから疲れる。ドラムで手が疲れると感じたときに最初に浮かぶこの理解は、実は数字と合いません。
具体的な型番で見ます。PROMARKのSD531Wは公称で16と3/4インチ、直径0.595インチで、ミリに直すと約425ミリ、約15.1ミリになります。材はアメリカンメイプルです。
比較の相手を、標準的な5Aに置きます。Vic FirthのAmerican Classic 5Aは16インチ、直径0.565インチの約406ミリ、約14.4ミリで、材はヒッコリーです。
ここで材の比重が効いてきます。ハードメイプルの比重はおよそ0.72、ヒッコリーはおよそ0.82とされていて、メイプルのほうが1割強軽い木です。
太さと長さで増えた分を、材の軽さが引き算します。一様な棒として計算すると、SD531Wの質量は5Aのおよそ1.02倍で、差は2パーセントしかありません。
メーカー自身が同じことを言っています。メイプルは非常に軽い木なので、重さを増やさずに太い径のスティックが作れる。それがこのモデルの設計思想です。
重さが同じでも、遠くに置かれた重さは振り回しにくい
質量がほぼ同じなら、なぜ手が疲れるのか。ここで別の量を見る必要があります。
腕が実際に相手にしているのは、スティックの重さではありません。手元の支点を中心にした回しにくさのほうで、物理では慣性モーメントと呼びます。
この量は、質量だけでは決まりません。同じ重さでも支点から遠くに配置されているほど大きくなり、しかも長さの2乗で効きます。
同じ計算を続けます。SD531Wの慣性モーメントは5Aのおよそ1.12倍で、質量が1.02倍にしか増えていないのに、回しにくさだけが1割以上増えています。
差の出どころは、長さの19ミリだけです。19ミリは全長の5パーセントに満たない差ですが、2乗で効くので、回しにくさには1割の差として現れます。
ここは事実と解釈を分けておきます。上の数字は、スティックを一様な棒だと仮定した計算です。実際のスティックはテーパーで削られていて、重心はもっと手元寄りにあります。ですから絶対値は当てになりません。当てになるのは、質量の差より慣性モーメントの差のほうが大きく出る、という向きだけです。
振り幅の大きい曲では、その振り回しにくさが音に変わる
回しにくさは、常に欠点ではありません。同じ性質が、場面によっては音の太さそのものになります。
打面に渡るエネルギーは、スティックの質量と、当たる瞬間の速度で決まります。速度は2乗で効くので、振り上げてから振り下ろす距離が長いほど、渡せるエネルギーは大きくなります。
腕は肩や肘を中心に回っているので、長いスティックほど、同じ角度を振ってもチップの通る距離が長くなります。同じ動作でヘッドスピードが上がる、という言い方もできます。
だから、しっかり振り上げるバッキングやタムでは、この一本は理屈どおりに働きます。手が払っている回しにくさが、そのまま低域と胴鳴りとして返ってきます。
速い曲では振り幅が取れないので、同じ重さが音にならない
問題はテンポが上がったときに起きます。ここで起きているのは、音色の好みの話ではありません。
BPM200の曲を考えます。4分音符の間隔は300ミリ秒、8分音符で150ミリ秒、16分音符なら75ミリ秒で、この間隔に収めるには振り上げる高さを下げるしかありません。
振り幅が下がると、当たる瞬間の速度が落ちます。速度は2乗で効くので、落ち方は振り幅の落ち方より急になり、質量は変わらないのに渡せるエネルギーだけが減っていきます。
一方で、慣性モーメントは1ミリも減りません。速く叩こうが遅く叩こうが、腕が相手にしている回しにくさは同じです。
つまり速い曲では、太い音の分だけ得をして回しにくさの分だけ損をする、という釣り合いが崩れます。回しにくさだけが残り、音のほうが返ってこない状態になります。
跳ね返りが間に合わない分を、手のひらが埋めている
払ったのに返ってこないコストは、どこへ行くのか。手のひらへ行きます。
スティックは打面から跳ね返ります。この跳ね返りを次の一打に使えている間、手はほとんど働いていません。跳ね返りのほうが仕事をしているからです。
跳ね返りには固有の速さがあります。長い一本、先端寄りに重さのある一本ほど戻ってくるのが遅く、振り子と同じで、長いほど周期が延びます。
曲の音符の間隔のほうが跳ね返りの周期より短くなった瞬間に、待っていられなくなります。そこで人は無意識にスティックを引き戻し、その引き戻す仕事をするのが、親指と人差し指と手のひらです。
これが、曲によって疲れ方が違う理由です。奏法が悪くなったわけではなく、同じ奏法のまま、跳ね返りが間に合う曲と間に合わない曲を行き来しているだけです。
判断基準は、その曲でどこまで振り上げているか
自分がどちら側にいるかは、感覚では分かりにくいので、2つの測り方を書いておきます。
1つは、スティックを1本、練習パッドの上に落として自由に跳ねさせることです。跳ね返りの間隔を耳で聞いて、いま練習している曲の音符の間隔と比べます。跳ね返りのほうが遅ければ、その差は毎打あなたが埋めています。
もう1つは、その曲を叩いているときの振り上げの高さを見ることです。数センチしか上がっていないなら、そのフレーズでは太い音の材料である速度をそもそも作れていないので、重さの分は音になっていないと考えて構いません。
判断が付いたら、選択肢は2つです。曲全体で振り幅が取れないならその曲だけ標準の5A相当に持ち替える。刻みの一部だけなら、そこで指を使う奏法に切り替えて手のひらから仕事を外す。
なお、練習を終えたあとも痛みやしびれが残る場合は、この記事の話ではありません。フォームや道具の調整で扱う範囲を超えているので、専門家に相談することを検討してみてください。
一本で通すコストを、正直に書いておく
持ち替えを勧める側だけを書くのは公平ではないので、逆側も書きます。
曲ごとにスティックを替えると、手の中の感覚が毎回リセットされます。太さも長さも重心も違うものに持ち替えれば最初の数小節は必ず探る時間になり、ライブの本番で、この探る時間を許せる場面ばかりではありません。
道具を1本に固定することには、それ自体の価値があります。同じ一本を何年も使えば、跳ね返りの周期もリムショットの当たり方も身体の側が覚えるので、持ち替えはこの蓄積を意図的に手放す判断になります。
ですから、これは正解のある話ではなく交換だと考えるのが正確です。速い曲での手のひらを取るか、道具の一貫性を取るか。どちらを取っても、取らなかった側は失われます。
よくある疑問
Q:太いスティックを使うと、手は疲れやすくなるのでしょうか。
A:太さそのものより、長さのほうが疲労に効きます。太さは質量を増やしますが、材を軽いメイプルにすれば相殺できます。長さは回しにくさを長さの2乗で増やすので、材では相殺できません。同じ太さのスティックでも、標準の長さなら疲れ方はかなり変わります。
Q:速い曲でも太い音を出したいのですが、方法はありますか。
A:スティックの重さで太くする方法は、速い曲では使えません。振り上げる距離が取れず、音の材料になる速度を作れないからです。速い場面で音を厚くしたいなら、道具ではなくチューニングとミュートの側で作るほうが現実的です。
まとめ
ドラムで手が疲れるとき、疑う先はスティックの重さではありません。太いメイプルの一本は細いヒッコリーとほとんど同じ重さで、違うのは、その重さがどれだけ遠くに置かれているかです。
遠さは、振り上げる距離が取れる曲では音になります。取れない曲では音にならず、跳ね返りの遅さだけが残り、その遅さを手のひらが埋めます。
だから、直すべきなのは奏法ではなく、曲とスティックの組み合わせのほうかもしれません。次に手が持たなくなった曲で、自分がどこまで振り上げているかを見てみてはいかがでしょうか。







