ビートルズのアルバム『The Beatles』(通称:ホワイト・アルバム)に収録されている楽曲「Back in the U.S.S.R.」。この曲のドラム演奏を聴き、リンゴ・スターのそれとは異なる質感、力強さと独特の揺らぎを感じたことがあるかもしれません。そのドラムを演奏したのは、ポール・マッカートニーです。
当メディアでは、様々な事象を構造的に分析し、その本質を探求することを目指しています。本記事は、その中の『/ドラム知識』というピラーコンテンツに属し、さらに『/ストローク (Stroke)』というテーマに焦点を当てます。
この記事では、ポール・マッカートニーがドラムを演奏したとされる楽曲を分析し、彼の特異なグルーヴの源泉を探ります。左利きのベーシストである彼が、右手でハイハットを叩くという身体的条件から生じる「非ドラマー的」なストロークに着目します。そこから、音楽におけるグルーヴが、専門的な訓練の産物だけではなく、異なる身体性から偶発的に生まれる可能性について考察します。
ポール・マッカートニーがドラムを演奏した楽曲
まず、ポール・マッカートニーがドラムを演奏したとされる楽曲について、事実関係を整理します。ビートルズの公式なドラマーはリンゴ・スターですが、いくつかの楽曲ではポールがドラムキットを使用しています。
最も広く知られているのは、前述の「Back in the U.S.S.R.」と「Dear Prudence」です。これらは1968年のホワイト・アルバムのセッション中、リンゴ・スターが一時的にバンドを離れていた時期にレコーディングされました。リンゴの不在を補う形で、ポールがドラムパートを担当したとされています。
また、1969年のシングル「The Ballad of John and Yoko」は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの二人だけでレコーディングが行われました。この楽曲でもポールがドラムを演奏しています。彼のソロキャリアにおいても、特に初期のアルバム『McCartney』などでは、彼自身が全ての楽器を演奏しており、そのドラミングを確認することができます。
これらの楽曲は、ビートルズという音楽史上大きな影響力を持つバンドの中で、彼の「時々のドラマー」としての一面を記録した貴重な音源です。
リンゴ・スターとのグルーヴの質的差異
ポールのドラムを理解するためには、正規ドラマーであるリンゴ・スターのスタイルと比較することが有効です。リンゴのドラムは、その独特の「ため」が特徴であり、しばしばレイドバック(laid-back)と表現されます。彼は左利きでありながら右利き用のドラムセットを使用するため、フィルイン(曲中に入るおかず)においても一般的なドラマーとは異なる手順やアクセントが生まれ、それがビートルズサウンドの個性的な揺らぎに貢献していました。
一方で、ポール・マッカートニーのドラムは、リンゴのそれとは対照的な性質を持っています。彼のビートはよりストレートで力強く、時に前傾的なリズム感を与えます。しかし、単に直線的なだけではなく、専門のドラマーとは異なるアクセントの配置やタイム感の揺らぎが存在します。
この違いは、技術的な巧拙や音楽性の相違という側面だけでなく、彼の身体的特性、すなわち「左利きのベーシスト」という視点から分析することで、より本質的な理解に至る可能性があります。
「左利きのベースマン・ストローク」という仮説
ドラム演奏の根幹をなす技術が「ストローク」です。これは、スティックをどのように動かし、ドラムヘッドやシンバルを打つかという一連の動作を指します。安定したリズムや多彩な表現は、このストロークの精度に支えられています。ここでは、「左利きのベースマン・ストローク」という仮説を立て、ポールのドラミングを考察します。
利き手ではない右手で刻むハイハットの特性
一般的な右利きのドラマーは、利き手である右手でハイハットやライドシンバルを叩き、ビートの骨格を形成します。しかし、左利きのポールは、右利き用のドラムセットに座った場合、利き手ではない右手でビートを刻むことになります。
専門的な訓練を受けたドラマーは、左右の手を均等にコントロールする練習を重ねます。しかし、ポールはあくまで時々演奏するドラマーです。そのため、彼の右手のストロークは、利き手ではないことに起因する不均一さを持っていた可能性が考えられます。意図しないアクセントの発生や、音量コントロールの独特なばらつき。こうした要素が、機械的な8ビートとは異なる、人間的な揺らぎとして楽曲に記録されたと推察されます。これは未熟さと捉えることも可能ですが、結果として音楽に予測不能なグルーヴを与える「個性」として機能したと解釈できます。
ベーシストとしての身体感覚の転用
さらに重要なのが、彼が世界的に評価されるベーシストであるという事実です。ベーシストは、リズムを保持すると同時に、メロディとハーモニーを支える役割を担います。特にポールのようなメロディアスなベースラインを演奏するプレイヤーは、指の独立性や力加減の繊細なコントロールが身体に定着しています。
このベーシストとしての身体感覚が、ドラムスティックを握った際に無意識に反映された可能性は十分に考えられます。例えば、ベースの弦をピッキングする際の感覚が、スネアドラムやタムを叩く際のアクセントの付け方に影響を与える。リズムのボトムを支えるという意識が、バスドラムのパターンに独自性を与える。このような身体知の転用が、ポール・マッカートニーのドラムに深みと独自性をもたらしたと考察することができます。
身体性と専門性:偶発的に生まれる価値の構造
ここまでの考察をまとめると、ポール・マッカートニーのドラミングの独自性は、彼の「非ドラマー的」な身体性に起因する部分が大きいと推察されます。専門的な訓練によって獲得される「意図されたグルーヴ」とは異なり、彼のそれは、左利き、ベーシストといった身体的背景から生まれた「偶発的なグルーヴ」と定義することが可能です。
この現象は、音楽に限らず、様々な領域に通じる視点を提供します。ある分野で最適化された能力や身体性が、別の分野に持ち込まれたとき、予期せぬ作用を及ぼし、新しい価値を生み出すことがあります。これは、画一的なルートで専門性を高めることだけが、価値を創造する唯一の道ではないことを示唆します。異なる経験や背景の組み合わせが、誰にも模倣できない独自の個性を形成するのです。
ポールのドラムは、まさにその好例と言えるでしょう。
まとめ
本記事では、「Back in the U.S.S.R.」などで聴くことができる独特なドラムの正体を探るべく、ポール・マッカートニーのドラムについて、そのストロークを中心に分析しました。
彼のドラミングは、リンゴ・スターとは異なる質感を持ち、その源泉は「左利きのベーシスト」という彼の身体的特性にある可能性が高いと考察しました。利き手ではない右手で刻むビートの不均一さや、ベーシストとしての身体感覚が、結果として音楽に唯一無二のグルーヴを与えたと考えられます。
この事例は、優れたアウトプットが、必ずしも技術的な洗練や専門的な訓練の直線的な延長線上だけで生まれるものではないことを示しています。異なる身体性や経験が交差する点で、偶然に、そして必然的に生まれる個性。そのような視点でビートルズの楽曲を改めて聴き直すことで、音楽の持つ奥行きについて新たな発見があるかもしれません。







