本人も説明できないベテランの勘は、どうすれば引き継げるか?

ベテランが言葉にできない判断の基準は、その人が選んだものと選ばなかったものを並べて比べると分かります。比べるのは、数か月分の記録です。基準を文章にしても判断が一致しない部分は残り、そこがその人にしかできない仕事です。

しかし、時間をかけて本人に聞けば、基準を説明してもらえるのではないでしょうか。

この記事では、毎週の投稿から2本を選ぶ作業を例に、比べて分かった基準と、比べても分からなかった部分を順に見ます。

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ベテランが勘所を言えないのは、本人も基準を言葉で覚えていないから

本人に聞いても判断の基準が出てこないのは、本人も基準を言葉で覚えていないからです。哲学者のマイケル・ポランニーは、1966年の著書『暗黙知の次元』で、人は言葉にできるより多くのことを知っていると書きました。

同じ判断を長く繰り返すうちに、判断の途中で使っていた言葉が要らなくなり、見た瞬間に答えが出るようになるのだと思います。そのため、聞き方を変えても、時間をかけて聞いても、本人が言葉で覚えていない基準は出てきません。

選ばれたものだけを並べても、選ぶ基準は分からない

選ばれたものだけを並べても、選ばれるものと選ばれないものの境目は分かりません。境目を知るには、選ばれなかったものと並べて比べる必要があります。

例として、ある会社で行われていた作業を取り上げます。社員向けの短い動画を毎週配信し、視聴した社員の感想から2本を選んで、次の回の動画で紹介していました。感想のうち良いものには印が付けられ、その中から担当者が2本を選んでいました。感想は週に100件を超え、選び方の基準は文書になっていませんでした。

感想から2本を選ぶ作業を機械に任せるため、担当者に選び方の基準を聞きました。返ってきたのは「良いと思ったものを選んでいる」という説明だけでした。

担当者の説明からは基準が分からなかったので、111件の投稿があった週について、印が付いた19件だけを並べて共通点を探しました。どれも真面目で前向きだという以外に、共通点は見つかりませんでした。

次に、印が付かなかった92件と並べて比べました。印が付いた投稿と付かなかった投稿を並べると、両者を分ける特徴を探せるようになります。

1週間分の投稿で見つけた基準は、2か月分の投稿には当てはまらなかった

1週間分の投稿で見つけた基準は、期間を2か月分に広げると当てはまりませんでした。期間が狭いと、たまたまの傾向が規則に見えます。

1週間分の投稿で比べると、印が付いた投稿はすべて262字以上でした。この字数で分ければ、111件を30件ほどに絞れます。

期間を過去2か月に広げると、投稿は1,641件、印が付いた投稿は135件でした。135件のうち19件は230字未満で、最も短いものは83字でした。230字未満の投稿だけで印が付いた投稿の14%にあたり、262字で分けると少なくともこの14%を落とします。

長い投稿にも、印が付くとは限りませんでした。400字を超える投稿125件のうち、印が付いたのは60件(48%)で、半分以上には印が付いていません。

1週間分の投稿に例外がなかったのは、その週の短い投稿に、たまたま印が付くものがなかったからです。手元のデータに例外がないことは、例外が起こらないことを示しません。

3回続けて成功した手法や、直近半年だけ数値がよい指標も、期間を広げて確かめるまでは、規則なのかその期間だけの傾向なのかが分かりません。

結局、字数で分かるのは、候補を減らすところまででした。150字未満を外すと週85件が残り、印が付いた投稿の94%はその中に入ります。それより多い字数で外すと、印が付く投稿を外してしまう割合が増えます。

同じ「良い」の印を、2人は別々の基準で付けていた

同じ「良い」という印でも、2人はそれぞれ別の基準で印を付けていました。2人から教わった内容が食い違うときは、2人とも正しいことがあります。

記録には、印を付ける欄が2つありました。社内の担当者の欄と、社外の監修者の欄です。

2か月分の投稿のうち、社内の担当者は99件、社外の監修者は93件に印を付けていました。2人とも印を付けたのは57件で、残りの40件前後は、それぞれが1人だけで選んでいました。

1人だけが選んだ投稿平均の字数多かった内容
社内の担当者464字業界の変化や組織の課題など、次の議論のきっかけになる内容
社外の監修者358字失敗を打ち明けた内容や、気持ちが動いた場面を書いた内容

社内の担当者は議論のきっかけになる投稿かを見て、社外の監修者は読む人の気持ちを動かす投稿かを見ていたと思います。2人とも自分の基準を説明したことはなく、同じ欄に同じ印を付けていました。印が付かなかった投稿と突き合わせるまで、2人の基準の違いには気づけませんでした。

引き継ぎで2人から教わる内容が食い違ったとき、片方を間違いとして捨てると、必要だった基準を1つ失うことがあります。

本人が説明する基準と、実際に使っている基準は違う

本人が説明できる基準と、実際の選択に使っている基準は、同じとは限りません。実際に使っている基準は、過去の選択の記録を調べると分かります。

印が付いた投稿に共通していたのは、書いた人が実際に見聞きしたことを書いている点でした。字数、言葉の選び方、熱意の強さでは、印が付いた投稿と付かなかった投稿は分かれませんでした。

例えば、顧客が実際に話した言葉、自分の作業の具体的な手順、他社の担当者を見て気づいたこと、職場の雰囲気がここ数年でどう変わったかを書いた投稿です。動画の内容をまとめただけの投稿には、長くても印が付いていませんでした。

ここまでは、本人に聞けば「実感のこもったものを選んでいる」と説明できたはずです。

この説明に当てはまらなかったのは、最後の2本の選び方です。過去11回分を調べると、ほぼ毎回、2本のうち1本は、書いた人が自分の弱さや、うまくいっていない状況を書いた投稿でした。

まとまりのよい感想文は、印が付いても、最後の2本には入りませんでした。最後の2本に入ったのは、悩みや、まだ結果が出ていない途中の状況を隠さずに書いた投稿でした。

担当者は、悩みを書いた投稿を選んでいることに気づいていませんでした。気づいていたとしても、仕事の基準として口にしにくい内容です。

文章にした基準で選んだ2本は、担当者が選んだ2本と一致しなかった

過去の記録から分かった基準を文章にし、その基準で機械に111件から2本を選ばせると、その週に担当者が選んだ2本とは一致しませんでした。基準を文章にしても、その基準を当てはめる段階で判断は分かれます。

担当者が選んだ2本は、文章にした基準で絞った19件には入っていました。しかし、最後の2本には別の投稿が残りました。

担当者が選んだ2本は、具体的な出来事ではなく、動画を見て自分を見直したことを書いた投稿でした。文章にした基準では、確かめられる具体的な事実を重く見ていたので、この2本の順位は低くなりました。

どちらの選び方がよかったかは判定できません。その週の視聴者がどちらの投稿に強く反応したかを測る方法がなかったからです。この作業では、文章にした基準で、担当者の選択を最後まで再現することはできませんでした。

本人の判断と一致した部分は渡し、一致しなかった部分は本人に残す

文章にした基準で選んだ結果が本人の判断と一致した部分は他の人や機械に渡し、一致しなかった部分は本人の仕事として残します。一致しなかった部分が、その人にしかできない仕事です。

この例では、111件から19件に絞るまでは、文章にした基準で選んだ結果と担当者の選択がほぼ同じでした。この段階は件数が多く手間がかかるうえ、その人でなければできない理由もないので、渡せます。

文章にした基準で選んだ結果と担当者の選択が分かれたのは、19件から2本に絞る段階でした。ここが、担当者にしかできない仕事です。

すべてを渡せる仕事は、もともとその人でなくてもできた仕事です。渡せない部分が残れば、その人の仕事の価値がどこにあるかが分かります。

判断の部分扱い
選ばれなかったものと比べて文章にでき、本人の判断とも一致した部分他の人や機械に渡す
文章にしても本人の判断と分かれる部分本人に残し、本人の時間をそこに使ってもらう

よくある疑問

Q:本人が気づいていない基準を、周りの人が過去の記録から調べるのは失礼ではないでしょうか。

A:調べて分かった基準を本人に見せて、合っているかを確かめれば、本人に断りなく決めつけることにはなりません。この例でも、調べて分かった基準を担当者に見せると、悩みを書いた投稿を選んでいたことは、担当者にとっても初めて知ったことでした。調べて分かった基準は、決まったものとしてではなく、本人に確かめてもらう案として見せます。

選ばなかった案の記録を集めることから始める

始めるのに必要なのは、過去にした選択の記録です。選んだものと、選ばなかったものの両方の記録が要ります。

採用した企画書、通した稟議、掲載した記事のような選んだものに加えて、落とした案、見送った候補、不採用にした応募書類も記録に残しておきます。選ばなかった側の記録がないと、比べることができません。

比べるのは、数か月分の記録です。1週間分では、たまたま成り立った傾向が規則に見えるからです。比べたあとに残る一致しない部分は、消そうとせずに、その人の仕事として残します。

誰かの判断を引き継ぐ予定があるなら、まずその人が選ばなかった案の記録を集め、選んだものと並べてみてはいかがでしょうか。

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