食欲が我慢できなくなるのは、その日のうちに我慢を何回も重ねたからです。我慢するたびに人は食べ物に「食べたい」「食べてはいけない」という判定を下していて、判定が重なるほど、夜には食べたいものを選びやすくなり、抑えた分も多く食べやすくなります。
しかし、ゆっくり噛む、食事の前に水を飲む、食べたくなったら体を動かして気を紛らわせる、といった対処をしていても夜に止まらないなら、何を変えればよいのでしょうか。
この記事では、我慢しているときの頭の中の作業、関係する3つの実験、我慢では変えられない食欲、食べたくなったときの判断基準を順に並べます。
食欲を我慢するとき、人は食べ物に2回の判定を下している
食欲を我慢するとき、人は食べ物に2回の判定を下しています。「好ましい」という判定と、「いま食べるべきではない」という判定です。
順に書くと、頭の中の処理は次の4つです。
- 目の前に食べ物があると気づく
- その食べ物を好ましいと判定する
- いま食べるべきではないと判定する
- 伸びかけた手を止める
食べ物があると気づくだけなら、処理は1つで済みます。我慢する人は、その上に判定を2つ足しています。
判定を一度下すと、そこから次の考えが続きます。「食べたい」と判定すると、匂いに気づき、今日の疲れを思い出し、食べてもいい理由を探し始めます。
「我慢しなければ」という判定も同じです。食べたあとの後悔を考え、過去に食べすぎた日を思い出します。
我慢とは、こうした考えを続けながら手を止め続ける、頭の作業です。
頭が別の作業でふさがっていると、人は食べたいものを選びやすくなる
頭が別の作業でふさがっていると、人は健康によいものより、その場で食べたいものを選びやすくなります。これを確かめた実験があります。
Shiv と Fedorikhin が1999年に Journal of Consumer Research で報告した研究です。参加者に数字を覚えさせたうえで、チョコレートケーキとフルーツサラダのどちらかを選ばせました。
2桁の数字を覚えた群と、7桁の数字を覚えた群を比べています。7桁を覚えた群のほうが、チョコレートケーキを選ぶ割合が高くなりました。
ここで事実と解釈を分けておきます。この実験で頭をふさいだのは数字の記憶で、食欲の我慢ではありません。
ただ、我慢も判定を続ける作業なので、考えるための余力を使うと思います。余力が減った夜に食べ物を前にすると、食べたいほうを選びやすくなると考えられます。
食べ物のことを考えないよう抑えると、あとで多く食べやすい
食べ物のことを考えないよう抑えると、あとで食べる量が増えることがあります。日ごろ食事を制限している人で、この傾向が出ました。
Erskine と Georgiou が2010年に Appetite で報告した実験です。116人の女性を3つの群に分け、そのあと全員にチョコレートを出して食べてもらいました。
| 群 | チョコレートを出す前の指示 |
|---|---|
| 1つ目 | チョコレートのことを考えないようにする |
| 2つ目 | チョコレートについて考える |
| 3つ目 | 何を考えてもよい |
食事を制限している人では、考えないよう指示された群が、ほかの2群より有意に多く食べました。食事を制限していない人では、3つの群の食べた量に差がありませんでした。
我慢はその場で食べる量を減らしますが、あとで食べる量を増やすことがあります。我慢の回数が多い日ほど、あとで増える分も多くなると思います。
ホルモンが動かす食欲は、我慢では変えられない
食欲の一部は体内のホルモンが動かしていて、我慢しても分泌量は変わりません。減量したあとの体は、食欲が上がる方向の信号を長く出し続けます。
胃から出るグレリンは食欲を上げ、脂肪細胞から出るレプチンは食欲を下げます。腸から出る GLP-1 は、満腹を伝える信号の一つです。
Sumithran らが2011年に New England Journal of Medicine で報告した研究があります。10週間の減量プログラムに参加した人を追うと、1年後もレプチンは減量前より低く、空腹感は強いままでした。
減量に使われる最近の薬は、このホルモンの側に働きます。チルゼパチドという成分は、GIP と GLP-1 の2つの受容体に働きます。
日本では2022年9月にマンジャロの名前で2型糖尿病の薬として、2024年12月にゼップバウンドの名前で肥満症の薬として承認されました。
2025年に New England Journal of Medicine で報告された SURMOUNT-5 試験は、751人を72週間追跡しました。チルゼパチドの群は、GLP-1 の受容体だけに働くセマグルチドの群より、体重も腹囲も多く減りました。
| 72週間での変化 | チルゼパチド | セマグルチド |
|---|---|---|
| 体重 | マイナス20.2パーセント | マイナス13.7パーセント |
| 腹囲 | マイナス18.4センチ | マイナス13.0センチ |
薬で食欲が下がることから、食欲のかなりの部分は意志では動かせないと考えられます。なお、これらの薬は医師が処方する医療用医薬品で、自己判断で使うものではありません。
欲求をそのまま受け止める方法で、食べ物に反応しやすい人は食べる量が減った
我慢で変えられる側の食欲には、食べたい気持ちに名前をつけて、それ以上考えない方法が使えます。この方法と、気をそらす方法を比べた実験があります。
Forman らが2007年に Behaviour Research and Therapy で報告した実験です。98人の学生が、透明な箱に入ったチョコレートを48時間持ち歩き、食べないよう指示されました。
| 群 | 教わった方法 |
|---|---|
| 1つ目 | 何も教わらない |
| 2つ目 | 気をそらす、考え方を変えるなど、欲求を抑える方法 |
| 3つ目 | 湧いてきた欲求をそのまま受け止め、距離を取る方法 |
食べ物を前にすると反応しやすい人のあいだでは、3つ目の群が、欲求も食べた量も少なくなりました。一方、反応しにくい人では、3つ目の群の欲求がむしろ強くなりました。
冒頭の「気を紛らわせる」は、2つ目の群が教わった方法にあたります。
3つ目の群のやり方は単純です。「食べたい」と気づいたら、「食べたくなっているな」と名前をつけて、そこで考えるのをやめます。
「なぜ食べたいのか」「今日は頑張ったから」「またできなかった」と、考えを続けません。
「まあいいや」と流す場合は、いったん良し悪しを判定してから脇に置いています。判定を足さずに「そうか」で終えるのが、この方法です。
この方法には弱いところが4つある
この方法には、手応えがない、短期では量が減らない日がある、長期の研究がない、ホルモンの側には効かない、という4つの弱いところがあります。順に書きます。
- 手応えがない:やり遂げた感覚が残らないので、続けている実感を持ちにくくなります。頑張ったという満足感は、我慢のほうが大きくなります。
- 短期では量が減らない日がある:その日の量だけを見ると、強く我慢したほうが少ない日もあります。差が出るとすれば、食べすぎる回数が減ってからだと思います。
- 長期の研究がない:ここで挙げた3つの実験は、いずれも数十分から48時間の短い研究です。数か月の減量を追ったものではないので、この方法で何キロ減るかは分かりません。
- ホルモンの側には効かない:眠れていない日の食欲や、食事を大きく減らしたあとの食欲は、判定をやめても収まりません。睡眠時間と食べるものの中身を変える必要があります。
いちばん大きな弱点は、ホルモンが動かす食欲には効かないことです。睡眠と食べるものを変えるのは、地味で面倒な作業です。
判断の基準は、食べたい理由を考え始めたかどうか
食べたくなったときに見る基準は2つあります。1つは頭の中で理由を考え始めたか、もう1つはその食欲を睡眠と直前の食事で説明できるかです。
1つ目:頭の中で理由を考え始めたか
「食べたい」で止まっていれば、処理は1つです。「今日は疲れたから仕方ない」「どうせ自分は続かない」と考えが続き始めたら、そこから先が我慢の作業です。
理由を考え始めたと気づいたら、その考えを最後まで続けずに途中でやめてください。
2つ目:睡眠と直前の食事で説明できるか
昨夜の睡眠と、直前に食べたものの中身で、その食欲が説明できるかを見ます。説明できるなら、我慢で対処する種類の食欲ではありません。
その場合は、眠る時間を確保し、甘味と脂質と塩分がそろって強い食品を減らすほうが、その日の我慢を増やすより効果があると思います。説明できないなら、1つ目の基準に戻ります。
よくある疑問
Q:食欲を我慢しないと、際限なく食べてしまうのではないでしょうか。
A:この記事でいう「我慢しない」は、食べてよいという意味ではありません。食べたい気持ちに、良し悪しの判定を足さないという意味です。Forman らの実験では、食べ物に反応しやすい人のあいだで、欲求を受け止めた群の食べた量が少なくなりました。
Q:どのくらい続ければ効果が出ますか。
A:期間を示せる研究はまだありません。分かっているのは、数十分から48時間の実験で差が出たことだけです。
Q:眠れていないときは、どうすればよいですか。
A:その日の食欲は、判定をやめても収まりにくいと考えてください。睡眠不足は、グレリンを増やしてレプチンを減らすと報告されています。その日は我慢を増やさず、次の夜の睡眠を優先するほうが理にかなっています。
まとめ
食欲が我慢できなかった日は、その日に食べ物へ良し悪しの判定を何回下したかを振り返ると、原因が見えやすいと思います。
判定を重ねると、考えるための余力が減り、食べたいものを選びやすくなります。抑えた分は、あとで多く食べる形で出ることがあります。
食欲の一部はホルモンが動かしていて、我慢では変えられません。減量から1年たっても、体は食欲が上がる方向の信号を出し続けます。
そこで増やすとよいのは、我慢しなくて済む場面の数です。眠る時間を確保し、甘味と脂質と塩分が強い食品を手の届く場所から減らし、湧いてきた気持ちには名前だけつけて考えるのをやめます。
食べることをやめられない状態が続き、日常生活に支障が出ている場合は、医師などの専門家に相談してください。
今夜、その日に食べ物へ良し悪しの判定を何回下したかを、数えてみてはいかがでしょうか。




