社長の器以上に会社は大きくならないのは、人格の問題ではなく決定権の置き場所の問題である

役員会で議題が一巡しても、何も決まらない。出席者は全員が社長の表情を見ていて、社長が一言うなずけばその場で決まり、うなずかなければ次回に持ち越されます。

会社が大きくなれば、この状態は自然に解けるはずだと考えていた方は、多いのではないでしょうか。人が増え、部門が分かれ、決裁規程が整えば、判断は分散していく。そう思っていたのに、実際には何も変わらない。

社長の器以上に会社は大きくならない。この言葉について世の中に流通している説明は、だいたい人格の話です。能力と謙虚さ、人を許す力、私利私欲を捨てること、志を持つこと。どれも間違ってはいませんが、どれも社長という人間の中身を指しています。

この記事が立てる問いは違います。器という言葉で実際に測られているのは、人格なのでしょうか。

目次

100人以下の会社では、業績の96パーセントが社長の戦略で決まる

数字のある側から始めます。

ランチェスター経営株式会社は、自社サイトでこう書いています。従業員100人以下の会社では、業績の96パーセント以上が社長の戦略実力で決まる。同社代表の竹田陽一氏の著書には『プロ☆社長 98%は社長ひとりの実力で決まる』という題のものもあり、数字は文脈によって96とも98とも表記されています。

同じサイトには、もう一つ重要な記述があります。業績不振の原因をたどると、その8割は戦略の取り違えで起きており、戦略上の失敗は戦術ではカバーできない、というものです。

ここで注意していただきたいことがあります。この数字が対象にしているのは従業員100人以下の会社だけで、それより大きな規模について同社は何も言っていません。

つまり、100人を超えた会社でこの割合がどうなるかは、誰も測っていない領域です。ここから先は、私の解釈になります。

1000人になると、社長は現場の判断から手を離す

まず、明らかに変わることを確認します。

100人までの会社では、社長は戦略も戦術も自分で回せます。どの顧客に会い、誰を採用し、どの案件を受けるか。全部を自分の目で見て決められる規模なので、96パーセントという数字が成立します。

1000人になると、この条件は消えます。社長はもう個々の商談も個々の採用面接も見ておらず、日々の判断は完全に組織の側へ移ります。

ここまでは、誰の目にも見える変化です。だから多くの方が、社長の影響力もそれに応じて薄まったと考えます。

しかし薄まったのは、社長が自分の手でやる仕事の量です。それと、社長が決めている割合とは、別のものです。

手を離した後も、その現場を任せる相手を選んだのは社長である

1000人の会社で、現場の判断を実際に下しているのは部長や課長であり、ここは規模が変わっても動きません。

ただ、その部長を部長にしたのは誰でしょうか。

人事権は社長にあります。誰を昇格させ、誰にどの部門を持たせ、誰を外すか。この決定は規模がいくら大きくなっても社長の手元に残り、取締役会が形式的に承認する場合でも、原案を作るのは社長です。

資源の配分も同じです。どの事業に人と金を厚く入れ、どこから引くか。撤退をいつ決めるか。これらは戦術ではなく戦略の側にあり、規模が大きくなるほど社長以外には決められなくなります。

すると、こういう構造が残ります。現場の判断は組織がしているが、その判断を下す人を選んだのは社長で、その人が使える資源を決めたのも社長です。

中間層の質が問題だと言われる場面は、たいていここに行き着きます。その中間層を選び、そこに配置したのは社長だからです。

決めている割合は、足し算ではなく掛け算で残る

ここからの数字は、私が対話の中で組み立てたものです。研究として確立された数値ではありませんので、そのつもりで読んでください。

100人以下で96パーセント。では1000人で、この数字は何パーセントになるのか。

分解すると、二つの掛け算になります。戦略をどれだけ握っているか、人事をどれだけ握っているか。この二つの積が、社長が決めている割合です。

天才型の創業社長が率いる1000人の会社を考えます。戦略はほぼ完全に握っているとして0.9、幹部人事も実質的に握っているとして0.9。掛け合わせると0.81になります。

96パーセントが81パーセントに落ちてはいますが、依然として支配的です。会社の8割は、まだ一人の判断で決まっている計算になります。

この81という数字自体に精度はありません。0.85を二つ掛ければ72になりますし、0.95なら90になります。意味があるのは数字そのものではなく、二つの掛け算で残るという形のほうです。

足し算なら、規模が増えるほど社長の取り分は薄まります。掛け算では薄まらず、どちらか一方をほぼ完全に握っている限り、積は高いままです。

会長になっても、決定が動かないなら何も引き継がれていない

社長が会長に退く場面を考えると、起こることは実質的に二つしかありません。

一つ目は、戦略は会長が握り続け、新社長は執行に専念する形です。この場合、81パーセントは会長の側に残ったままなので、数字の上では当面何も変わりません。

これは承継ではなく、延命です。会長の判断力が衰えるか亡くなった瞬間に、その81パーセントが行き場を失い、誰も引き継いでいないので誰も代わりに決められません。天才型の経営者ほどこの形に落ちやすく、崩れるときは段階を踏まずに一度に崩れます。

二つ目は、戦略を決める権限そのものを移す形です。この場合、会社の天井はその日から新社長の判断で決まり直します。

天才の後継者が天才である確率は高くありませんから、期待値としては天井は下がります。それでも、こちらのほうが会社は続きます。下がった天井は次の誰かがまた上げられますが、空洞になった天井は上げる人がいないからです。

天井の低下を小さくする方法は一つだけあります。前任者の判断の中身を、判断基準として言葉にしておくことです。なぜその事業から撤退したのか、なぜあの人を抜擢したのか。この理由が形になっていれば、後任は同じ問いを自分で立てられます。

先に穴が開くのは、社長の席ではなく、社長を支えてきた席である

承継の議論は社長の席に集まりますが、実務として先に問題になるのは、たいてい別の席です。

社長を長く支えてきた管理部門の責任者は、多くの場合、社長と同じ世代です。経理、法務、労務の判断基準。銀行や行政との関係。過去の経緯を知っている人だけが持っている、書かれていない情報。これらは全部、その人の中にあります。

しかも、この席の後任は社内に育っていないことが普通です。社長の後継者は何年も前から候補として名前が挙がりますが、管理部門の後継者は、抜ける直前まで議題に上りません。

社長の判断を言葉にする作業は3年から5年かかるプロジェクトですが、管理部門の引き継ぎはそれより短い時間で来ます。しかも並走の期間を最低1年は取らないと、日常の運転に穴が開きます。

順序で言えば、こちらのほうが先です。戦略の承継が間に合っても、支払いと申告と契約が止まれば、会社は動きません。

この見方のコストを、正直に書いておく

ここまで社長が決めている割合の話をしてきましたが、この見方には代償があります。

すべての問題を社長に帰属させると、組織の側が努力する意味を失います。何をしても最後は社長次第だ、という結論は、現場から改善の動機を奪います。実際、うちは社長が全部決めるからと言って提案を止める人は、どの会社にもいます。

また、この見方は測りにくいものです。81パーセントという数字は決算書のどこにも載っておらず、外から検証する方法もありません。数字の形をしていますが、実態は見立てです。

公平を期すために、逆側も書きます。1000人規模になれば、社長が知らないところで生まれている価値は確実にあります。長年の顧客との関係、現場が自分たちで改良した手順、若手が持ち込んだ技術。これらは社長の決定とは無関係に積み上がっており、会社の実力の一部です。

だから、社長が8割だという話は、残りの2割が無意味だという意味ではありません。上限を決めているのが社長だ、というだけのことです。

よくある疑問

Q:社長が全部決めている状態は、権限委譲で解消できるのでしょうか。
A:解消できるのは戦術の側だけです。決裁権限規程を整えれば、金額の小さい判断は現場に降ります。ただし、誰にその権限を持たせるかを決めているのは社長なので、人事と資源配分の権限は移りません。ここを移さない限り、割合は動きません。

Q:社外取締役を入れれば、社長への集中は緩和されますか。
A:取締役会の決議には影響します。ただし社外取締役の選任にも実質的に社長の意向が働くことが多いため、それだけでは足りません。誰が決めるかを変えるには、選ぶ人を変える必要があります。

Q:承継が進んでいるかどうかは、どう見ればよいのでしょうか。
A:肩書ではなく、決定の中身で見ます。新しい体制になってから、前任者が反対しそうな決定が一つでも通ったかどうか。通っていないなら、席が移っただけで、決定は移っていません。

Q:この記事の数字は、どこまで確かなものですか。
A:確かなのは、従業員100人以下の会社で業績の96パーセントが社長の戦略実力で決まる、というランチェスター経営株式会社の主張が存在することだけです。1000人規模での81パーセントは、私が組み立てた見立てであり、測定された数値ではありません。

判断基準は、決まらなくなった案件の数である

最後に、自分の会社に当てはめられる基準を一つ置いておきます。

社長が不在の一週間を思い浮かべてください。出張でも入院でも構いません。その一週間のあいだに、いくつの案件が前に進み、いくつが止まるでしょうか。

止まった案件の数が、社長が決めている割合です。止まった理由を一つずつ見ると、それが人事なのか、資源配分なのか、それとも本来は現場で決まるはずのものだったのかが分かります。

そして承継が進んでいるかどうかは、この止まる本数が年ごとに減っているかで測れます。肩書が変わっても本数が変わらないなら、それは移譲ではなく、名前の付け替えです。

社長の器以上に会社は大きくならない、という言葉はたしかに本当ですが、それは社長の人格が会社の限界を作っているという意味ではありません。決定が一箇所に置かれている限り、その一箇所の処理能力が会社の限界になる。それだけのことです。

そして、置き場所は変えられます。人格を変えるより、そちらのほうがはるかに現実的です。

あなたの会社では、社長がいない一週間のあいだに、いくつの案件が止まりますか。

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