コンプライアンス委員会の委員長は、社長か担当役員が務めるのが一般的です。トップの関与を示すため、必要な権限を持たせるため。理由は揃っています。
では、通報の対象が委員長本人だった場合はどうするか。
委員長を審議から外せばよい、というのが最初に出てくる答えです。多くの規程には、特別の利害関係を有する委員は議決権を行使できないという条項があります。これを使えば、残りの委員で審議できます。招集についても、副委員長や委員による招集規定があれば動かせます。
そこまでは、そのとおりです。委員会は審議できます。委員長を外して、残りの委員で結論を出すところまで進みます。
問題は、審議した後です。委員会が出せるのは結論であって、処分ではありません。結論は、どこかに届けなければ何も起きません。
この記事が立てる問いは、社長を外せるかどうかではありません。外して結論を出した後、その結論はどこへ行くのか。
委員会は、誰が対象でも具申しかできない
前提を確認します。コンプライアンス委員会は、通常は調査と提言を行う機関です。人事権も処分権も持ちません。
これは対象が誰であっても同じです。部長の不正であっても、委員会が懲戒を決めるわけではありません。調査して、事実を認定して、経営や人事に上げる。そこまでが委員会の仕事です。
規程を見れば、そう書かれています。所管事項として並んでいるのは、方針の策定、遵守状況の監督、違反に関する調査および対応、再発防止策の検討。処分の決定は入っていないのが通常です。
したがって、社長が対象になったときに権限が足りなくなるわけではありません。もともと足りていません。委員会に処分権があれば解決するという話ではないということです。
違いは別のところにあります。
変わるのは権限ではなく、報告先の位置である
部長の不正を調べた場合、委員会は結論を社長や取締役会に上げます。上げた先は、被通報者より上位にあります。だから処分が実行されます。
社長の不正を調べた場合、上げた先が問題になります。
取締役会に上げるとします。取締役会は代表取締役を解職する権限を持っています(会社法362条2項3号)。条文上は機能します。
しかし、その取締役会の構成を見ます。社長が実質的に選任した取締役が過半を占めている場合、決議は通りません。社外取締役がいない会社では、この状態が普通です。
人事部門に上げるとします。人事部門の責任者の人事権は、社長にあります。
社長本人に上げることになる場合もあります。委員会の報告先が委員長と定められていれば、規程どおりに動かした結果、被通報者に報告することになります。
顧問弁護士に相談するという経路もありますが、顧問弁護士は経営陣の相談相手でもあります。消費者庁も、顧問弁護士を通報窓口とすることについて、通報を躊躇する者が存在し早期把握を妨げるおそれがあると指摘しています。相談すること自体が社長に伝わる可能性を、事務局は考えます。
同じ手続を踏んでいるのに、結果が変わります。変わったのは委員会の権限ではなく、報告先が被通報者との関係でどこにあるかです。
言い換えると、委員会の実効性は、委員会の内側では決まりません。上げた先に、被通報者から独立した判断ができる人がいるかどうかで決まります。委員の顔ぶれをどれだけ工夫しても、この点は動きません。
委員会の報告先を決めているのは、法律ではなく規程である
ここで確認しておくべきことがあります。委員会がどこに報告するかを、会社法は定めていません。
会社法が定めているのは、機関の権限です。監査役は取締役の職務執行を監査し、不正を発見したときは取締役会に報告する義務を負います(会社法382条)。著しい損害が生じるおそれがあれば、行為の差止めを請求できます(同385条)。取締役は、会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、監査役設置会社であれば監査役に報告しなければなりません(同357条1項)。
これらは監査役や取締役の権限と義務です。コンプライアンス委員会という社内の任意機関について、会社法は何も定めていません。
つまり、委員会の報告先は、社内規程で決めるものです。規程に取締役会としか書いていなければ、報告先は取締役会だけになります。監査役への経路は、書いていなければ存在しません。
ここに、実務上の意味があります。会社法が用意していないということは、逆に言えば、規程で自由に設計できるということです。
私が自社の規程を読み直したとき、気づいたのはこの点でした。委員長が欠けた場合の職務代行は定めてある。特別利害関係人の議決権排除も定めてある。しかし報告先は取締役会とだけ書かれていて、監査役への経路がない。審議はできるが、その結論の行き先が一つしかない状態でした。
規程を作った時点では、これで足りていたはずです。想定していたのは、従業員や管理職の違反だからです。その場合、取締役会に上げれば処分は実行されます。想定の外にあったのは、上げた先が被通報者になる場合だけでした。
監査役への報告経路は、平時に作る
ここからは私の解釈です。指針は独立性確保の措置として監査機関への報告を例示していますが、いつ作るかまでは書いていません。
規程に加えるべき一文は、こうなります。
委員長または経営幹部が調査の対象となる事案については、委員会は監査役(監査役会または監査等委員会)に直接報告する。
この一文の価値は、有事に報告先を選ばずに済むことです。
事態が起きてから監査役に持ち込むと、なぜ通常の経路を使わなかったのかという問いが必ず生じます。持ち込んだ事実自体が、社長に対する意思表示になります。事務局の担当者が一人で決めるには重すぎる判断です。
平時から規程に書いてあれば、規程どおりに動かしただけになります。判断が要りません。
加えて、平時から監査役に定期報告する運用にしておくと、さらに機能します。通報件数や対応状況を四半期ごとに報告していれば、有事に報告することが例外になりません。
この定期報告には副次的な効果もあります。監査役の側が、通報制度の運用状況を継続的に把握している状態になります。有事に初めて事案の説明を受けるのと、日頃から制度を見ている人が受けるのとでは、判断の速さが違います。
もう一つ、委員に取締役が含まれている場合、その委員は個人として会社法357条1項の報告義務を負います。会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、監査役に報告しなければなりません。これは規程がなくても発生する義務です。委員会として動けない場合でも、取締役である委員には個人としての経路が残っています。
なお、社長が調査の対象であっても、本人への事実確認は行います。弁明の機会を与えなければ、調査が適正手続を欠き、処分の有効性にも影響します。伝えるのは、こういう事実についての情報が寄せられ、委員会として調査しているという事実です。
伝えないのは、通報者を特定させる事項だけです。氏名、所属、通報の日時。求められても答えません。範囲外共有の対象はここであって、通報があったこと自体ではありません。
社長が推測することは止められません。ただ、推測することと、委員会が伝えることは別です。2026年12月1日施行の改正法では、事業者が正当な理由なく公益通報者を特定することを目的とする行為が禁止されます(改正法11条の3)。推測を行動に移した側が、規制の対象になります。
そして、報告先を監査役にしておく意味がここにも現れます。社長に事実確認をしても、その結果を持っていく先が社長でないなら、通報者に関する情報が社長の手元に集まりません。
監査役も機能しない場合に残るもの
監査役が社長の縁故者である、あるいは実質的に社長が選任している場合、この経路も働きません。オーナー企業では珍しくない状況です。
そのとき委員会に残るのは、2つだけです。
ひとつは、記録です。調査した事実、認定した内容、報告した相手と日付。これらを残しておくことは、後日の検証に耐える唯一の材料になります。何もできなかったことと、何もしなかったことは、記録の有無で区別されます。
もうひとつは、外部への通報が委員個人の選択肢として残っていることです。公益通報者保護法は、行政機関や報道機関への通報についても保護要件を定めています。委員がこれを行使するかは個人の判断ですが、制度上は閉じていません。
ただ、ここまで来ている組織では、委員会の設計を見直す段階を過ぎています。実務としては、監査役が機能する状態を作れるかどうかが分岐点になります。
会社法は、監査役の独立性を確保する仕組みを用意しています。監査役は、監査役の選任に関する議案を株主総会に提出することについて同意権を持ちます(会社法343条1項)。社長が一方的に後任を決められない構造になっています。社外監査役の選任も選択肢です。
これらは委員会の外側の話ですが、委員会の報告先を機能させるための前提になります。報告先を規程に書いても、その報告先が実質的に社長の指名した人物であれば、書いた意味が薄れます。
よくある疑問
Q:社長を委員長から外して審議すれば、問題ないのではありませんか。
A:審議はできます。特別利害関係人の議決権排除規定があれば、社長を外して決議できます。問題はその後で、委員会は調査と提言を行う機関なので、結論を実行するには報告先が必要です。報告先が被通報者本人か、その影響下にある場合に止まります。
Q:委員会から監査役に報告する義務は、法律にありますか。
A:ありません。会社法は監査役や取締役の権限と義務を定めていますが、コンプライアンス委員会という社内の任意機関の報告先については何も定めていません。監査役への経路は、社内規程で作る必要があります。なお、委員が取締役である場合は、会社法357条1項により個人として監査役への報告義務を負います。
Q:社外取締役を増やせば解決しますか。
A:取締役会の決議に影響するので、一定の効果はあります。ただし社外取締役の選任も、実質的には社長の意向が働くことが多いため、それだけでは十分ではありません。委員会の報告先を規程で複線化することと、あわせて検討する形になります。
Q:社長に事実確認をすると、通報者が特定されませんか。
A:通報があったこと自体は伝えます。伝えなければ弁明の機会を与えられず、調査が適正手続を欠きます。伝えないのは、通報者を特定させる事項です。氏名、所属、通報の日時は、求められても答えません。社長が推測することは止められませんが、推測を行動に移せば、2026年12月施行の改正法11条の3が禁止する行為に当たり得ます。
設計すべきは、権限ではなく報告先である
委員会に強い権限を持たせようとする発想があります。処分権を与える、人事に踏み込ませる。しかし委員会が調査と提言の機関である以上、権限を増やしても性質は変わりません。
変えるべきなのは、その提言がどこへ届くかです。
報告先が一つしかない委員会は、その一つが被通報者になった時点で先へ進めなくなります。報告先が二つあれば、片方が使えなくなってももう片方が残ります。
会社法は委員会の報告先を定めていません。定めるのは規程であり、規程を作るのは自分たちです。裏を返せば、書き足すのに法改正も株主総会の決議も要りません。
自社の委員会規程には、報告先がいくつ書かれていますか。