私は少し前まで、中国の製造業はここで止まると考えていました。根拠にしていたのはチップです。EUV露光装置が輸出規制で手に入らず、SMICは7nmクラスで止まっている。最先端の半導体を自前で作れない国が、この先で伸びるはずがない。そう並べて、説明がついたつもりでいました。
その見立てが一方しか見ていなかったと分かったのは、ロボットの数字を見たときです。産業用ロボットでもヒューマノイドでも、中国は他国を大きく引き離していました。同じ国が、半導体では止まり、ロボットでは抜けています。チップの制約だけを見ていると、逆の結論が出ます。
よく挙がる説明は、補助金と人件費と国内市場の大きさです。どれも間違いではありませんが、それだと半導体で止まっている理由が説明できません。同じ補助金は半導体にも入っているからです。この記事が扱うのは、2つの分野で壁の作りがどう違うのか、そして自分の仕事を守っている壁がどちらの型かを見分ける方法です。
2026年上半期、ヒューマノイド出荷の97%は中国だった
Smart Analytics Globalの集計では、2026年上半期の世界出荷は19,100台で、前年同期から272%増えました。このうち97%を中国メーカーが占めています。
その手前の産業用ロボットで、先に差がついていました。国際ロボット連盟の2025年版統計によると、2024年に世界で設置された産業用ロボットは542,000台です。そのうち中国が295,000台で、中国1国で世界の54%になります。
ヒューマノイドの97%は、この土台の上に載っています。関節モジュール、モーター、減速機を作る会社が、すでに国内に何百社もある状態から始まっているからです。
半導体の壁は一箇所にある
半導体の壁は、数えると1つです。EUV露光装置という1種類の機械が通らないと、その先の工程が全部止まります。SMICは、ASMLの旧型のDUV露光装置を使ったマルチパターニングという手法で7nmクラスを作っていますが、最先端の量産ラインが使うEUV露光装置は輸出規制で入ってきません。そしてEUV露光装置を量産できているのは、オランダのASML1社だけです。
中国は2028年の量産を目標に掲げていると報じられています。ただし2026年4月の時点で、専門家の見方は厳しいものでした。一度きりの実証機なら作れても、量産に耐える装置を10年以内に仕上げるのは考えにくい、というものです。2025年末にはEUVの試作機が動いたという報道も出ていますが、それが量産に使える段階かは確認できていません。
ロボットの壁は、数百箇所に散っている
ロボットには、EUVに当たるものがありません。アクチュエータ、減速機、永久磁石、電池、筐体、そして組み立て。どれも1社が独占している部品ではなく、それぞれに複数の供給元があります。
代わりに、数が多いのです。数百の部品と工程が、それぞれ作ってみて直すという反復の回数だけ良くなります。1つずつは追いつける差でも、数百箇所に少しずつ差があると、まとめて追いつくことができません。
私は最初、これを「サプライチェーンが強い」と言っていました。声に出してみると、何も説明していないことが分かります。強いとは、何本の壁が、どれだけ低いということなのか。壁の数に置き換えた瞬間に、なぜ片方で止まって片方で抜けたのかが1文で言えるようになりました。
深センでは、試作が25日から40日で終わる
科学技術振興機構のScience Portal Chinaによれば、深センとその周辺では現地調達の比率が6割を超え、既存の部品を使えば試作は最短で25日から40日で終わります。部品メーカーと組立と金型が、同じ地域にあるからです。
反復の回数は、期間で決まります。1回の試作に3か月かかる場所と、1か月で終わる場所では、1年で回せる回数が3倍違います。数百箇所の差は、この回数の差として開いていきます。
出荷が多いことと、使われていることは別である
ここは自説の弱いところなので、そのまま書きます。出荷97%を技術の差と読むのは、たぶん行き過ぎです。Forbesの2026年8月の論考は、販売の差はエンジニアリングの差ではなく、かなりの部分が戦略の差だと主張しています。Figure AI、Boston Dynamics、1Xは能力では同等以上だが、信頼性と採算が立つまで意図的に量を絞っている、という読みです。
使われ方の側にも数字があります。2026年5月に報じられたモルガン・スタンレーの調査では、導入を検討した企業のうち、いまある製品に満足しているのは23%でした。2025年に中国国内へ出荷された約14,000台の多くは、展示会やショールームでの実演にとどまっているとされています。
一箇所の壁で守られた優位と、数百箇所の壁で守られた優位は、壊れ方が違う
ここから先は、確かめた数字ではなく、その数字をどう並べたかです。壁の数で優位の壊れ方が決まるという見方は、一つの整理であって、証明された法則ではありません。
一箇所の壁は、破られる日まで完全に効きます。売ってもらえないものは、いくら払っても買えません。その代わり、越えられた瞬間に全部が開きます。だから守る側は1つを守ればよく、攻める側は1つを取ればよい。失う日が、一日で来ます。
数百箇所の壁は、完全には効きません。1つずつは真似されます。ただし全部を同時に真似することはできないので、崩れるのに時間がかかります。その代わり、自分が一度失ったときも、戻すのに同じだけ時間がかかります。守っている実感が薄いのに、失ってから価値が分かるのがこちらです。
自分の仕事を守っている壁は、どこにあるか
資格、独占契約、特許、代理店の権利。これらは一箇所型です。効いている間は強く、制度が変わった日に消えます。一箇所型で守られている人は、その一箇所が動いたときの替えを先に持っておくことになります。
10年かけて覚えた手順、社内の誰がどこで詰まるかの記憶、取引先の担当者ごとの癖。これは束型です。1つずつは説明できるのに、全部をまとめて他人へ渡すことはできません。束型の人は、束のどこが自分にしかない部分かを言葉にしておくことになります。
なお、一箇所型と束型に分ける見方は、この記事のために作ったものであって、確立した分類ではありません。
壁の数を数えてから、次に蓄えるものを決める
中国が半導体で止まってロボットで抜けたのは、越える壁の数が違うからだと整理できます。半導体の壁は1つで、売ってもらえないものは金を積んでも買えません。ロボットの壁は数百あって、越えるには反復の回数が要ります。
同じ問いは、自分の側にも向けられます。あなたの仕事を守っている壁は、一箇所にありますか。それとも、数百箇所に散っていますか。
数えてみると、次に何を蓄えるかが変わってくるかもしれません。一度、紙に書き出すところから始めてみてはいかがでしょうか。




