大人がぬいぐるみを持つことは、珍しくなくなりました。東京商工リサーチによると、ぬいぐるみの販売などを主な事業とする34社の売上高は、2021年の504億円から2025年には849億円になり、4年で約1.7倍に増えています。2026年11月には、大人がぬいぐるみを持つのは精神的な幼児化の表れだという見方が話題になりました。
それでは、大人がぬいぐるみを持つ心理は、どこから来ているのでしょうか?
大人がぬいぐるみを持つのは、一息つける空間がなくなったからだと思う
大人がぬいぐるみを持つのは、一息つける空間がなくなったからだと思います。コンプライアンスとSNSの相互監視という社会的な重力がかかり、自分の言葉や振る舞いが、いつも誰かに確かめられるようになりました。ぬいぐるみの前では、何を話しても、どんな顔をしていても、評価されません。
ぬいぐるみがつくる空間は、精神分析の考え方と重なる
子どものぬいぐるみには、精神分析で名前が付いています。イギリスの小児科医で精神分析家のドナルド・ウィニコットは、子どもが手放さない毛布やぬいぐるみを「移行対象」と呼びました。1951年にイギリス精神分析協会で発表し、1953年に国際精神分析学誌(International Journal of Psycho-Analysis)34巻に載った論文です。
ウィニコットは、移行対象を、心の中の世界と外の現実のあいだにある「中間の領域」に置きました。子どもがそのぬいぐるみを自分で思いついたのか、誰かに与えられたのかを、大人は問いたださない。この領域は、問いただされないことで成り立っていると書いています。ウィニコットは、この領域を人が休む場所とも呼びました。ウィニコットのいう中間の領域は、一息つける空間と重なると思います。
ウィニコットは、この空間は大人になっても残ると書いている
では、大人になると、この空間は要らなくなるのでしょうか。ウィニコットは同じ論文で、中間の領域は大人になっても残り、芸術や宗教に打ち込む体験の中に保たれるとしています。移行対象をめぐる現象は、誰にでもあるものだとも書いています。ウィニコットの考え方に沿うと、一息つける空間は、大人にも残るものだと思います。
コンプライアンスとSNSの相互監視で、一息つける空間がなくなった
その一息つける空間が、なくなりました。コンプライアンスでは、発言や振る舞いが決まりに照らして確かめられます。SNSでは、投稿が知らない人にも読まれ、言葉の一部が切り取られて広がることがあります。読まれていると分かっていると、言葉を出す前に、自分で確かめるようになります。誰かに確かめられることを前提にすると、確かめずに言葉を出せる場所はなくなります。
ぬいぐるみは、一息つける空間を持ち運べる大きさにしたもの
ぬいぐるみは、なくなった空間を手元に戻します。ぬいぐるみは返事をせず、話したことを誰かに伝えず、切り取って広めることもありません。持ち歩けば、机の上にも旅行先にも、その空間を連れていけます。ぬいぐるみは、一息つける空間を、持ち運べる大きさにしたものだと思います。
一息つける空間を、あなたはどこに持っていますか。







