なぜ人は推しを必要とするのか。推し活が広がった経緯と、いま起きていること

「推しは誰?」と聞かれて、すぐに名前が出る人がいます。一方で、少し言葉に詰まる人もいます。前者はそのまま会話が続き、後者はなんとなく話題の外に置かれる。小学校の教室でも、職場の雑談でも、同じことが起きています。

なぜ人は推しを必要とするのか。世の中に流通している答えは、だいたい3つです。好きな対象を応援すると楽しいから。SNSで同じ趣味の人とつながれるから。日々のストレスから距離を取れるから。どれも間違ってはいません。

ただ、この3つはいずれも、すでに推している人の内側の話です。この記事では順番を変えます。推し活という言葉がどう広がったのか、推すと何が返ってくるのか、それが生活の何を埋めているのか。そして、推していない人がなぜ居心地の悪さを感じるのか。ここまでを順に見ていきます。

目次

推しという言葉は、いつから今の意味になったのか

推しは、比較的新しい言葉です。ニッセイ基礎研究所の廣瀨涼氏によれば、1980年代頃にアイドルファンの間で使われはじめた俗語で、その後インターネットの掲示板でモーニング娘。のファンを中心に定着していきました。当時は、グループの中で誰を応援しているかを示すための、内輪の言葉でした。

外に出てきたのはAKB48の時代です。2011年、ユーキャン新語・流行語大賞のノミネート60語に「推しメン」が入りました。同じ年のノミネート語には震災に関わる言葉が多く並んでおり、その中に一つだけアイドル文化の言葉が混ざっている形でした。この時点では、まだアイドルの話をするための言葉です。

対象が広がったのはここからです。アイドルだけでなく、俳優、声優、アニメのキャラクター、スポーツ選手、さらには鉄道や建築物まで推される対象になりました。2021年には「推し活」がノミネートされます。同じ時期、宇佐見りんの『推し、燃ゆ』が第164回芥川賞を受賞しました。発表は2021年1月です。10年で、内輪の言葉が社会の言葉になりました。

なぜ2020年代に一気に広がったのか

理由は2つに整理できます。共有できる場ができたことと、共有せざるをえない時間ができたことです。

かつてのファン活動は、基本的に閉じたものでした。好きなものを大声で言う場所がなく、言えば奇異な目で見られる。それがSNSによって反転します。同じ対象を好きな人と、知り合いでなくてもつながれるようになりました。好きだと表明することが、恥ではなく自己紹介として機能しはじめます。

もう一つがコロナ禍です。人と直接会えない時期に、日常の会話量が大きく減りました。その空白に入ったのが、画面越しでも成立する応援です。ライブ配信、SNSでの実況、グッズの写真。会わなくても続く関係だったからこそ、あの時期に残りました。

世代によって、この浸透度には差があります。ネオマーケティングの調査では、推し活の話をすることに抵抗がない人は20代で64.5%、30代で46.5%、40代で49.5%でした。20代とそれ以上で、15ポイント以上の開きがあります。推しの話が当たり前かどうかは、世代によってかなり違うということです。

推すと、何が返ってくるのか

ここは研究があります。井上淳子氏と上田泰氏が『マーケティングジャーナル』43巻1号に発表した論文では、ファンが推しに対して抱く感情を「心理的所有感」として捉え、2つの要素に分けています。

一つは心理的一体感です。推しを理想として尊敬し、推しと同じように考えたり行動したりすることに喜びを感じる状態を指します。もう一つは心理的責任感です。自分がこの人を育てなければならない、人気を高めるために自分が努力しなければならない、そして自分にはそれができる、と感じる状態です。

この2つは似ているようで、働き方が違います。同論文の分析では、一体感は推し活の継続性を高め、同じ対象を推す人への仲間意識を通じて幸福感も高めます。一方の責任感は、同じ対象を推す人への競争意識を強めます。その結果、幸福感は上がるものの、推し活を続けることにはマイナスに働きます。

言い換えると、育てなければという気持ちが強いほど、その瞬間の充実は大きく、続けることは苦しくなるということです。推し活がしんどくなってきたという感覚には、この構造が関係している可能性があります。

推しは、人生の何を補っているのか

ここからは解釈です。研究として確立された議論ではありませんので、そのつもりで読んでください。推しが返してくれるものを、生活の側から見ると3つに分けられます。

1つ目は、進んでいる感覚です。大人になると、自分の人生に節目がほとんどなくなります。入学も卒業も進級もなく、何年経っても同じ景色が続く。そこに推しの時間を重ねると、デビュー、初めてのホール、周年、卒業と、節目が定期的にやってきます。自分の側では何も起きていなくても、時間が進んだ手応えが得られます。

2つ目は、自分の行為が何かに効いたという実感です。仕事でも家庭でも、自分がやったことが何にどう効いたのかは、数年経ってもはっきりしないことがほとんどです。推し活では、投票数、再生数、チケットの売れ行きという形で、自分の一票が数字になって返ってきます。しかも相手からは何も要求されません。見返りを求められない側で貢献できる、という点が効いています。

3つ目は、自分を説明する言葉です。出身地や勤め先で人を説明する場面が減った代わりに、何を好きかが人柄の要約として使われるようになりました。推しを言うことは、自分の趣味や価値観や、感情の傾きまでをまとめて伝える手段になっています。

1つ目と2つ目は、本人が自分で選び取ったものです。3つ目だけは性質が違います。次の章で見ていきます。

推しがいない人は、なぜ肩身が狭いのか

推しが自己紹介の道具として定着すると、推しがないことは、単に好きなものがないという意味ではなくなります。自分を説明する語彙を持っていない状態として扱われてしまいます。

「推しは誰?」という質問には、推しがあることが前提として含まれています。ないと答えると、質問した側が気まずくなる。その気まずさを避けるために、とりあえず名前を出しておく、ということが起こります。この順番になると、推しを持つことが目的で、対象は後から選ばれることになります。

ここでねじれが起きます。推しは本来、好きになった結果として生まれるものでした。それが、場に参加するための条件になると、順序が逆転します。楽しむために推すのではなく、話せる状態でいるために推す。推し活がしんどいという声の一部は、この逆転から出ているように見えます。

ただし、これは推し活そのものの問題ではありません。何かに夢中になっている人が、その熱を語れる場ができたこと自体は、良い変化です。問題があるとすれば、それが会話の必須項目になったところだけです。

推し活が成熟すると、業界の何が変わるのか

推し活には、お金を使うほど応援の量が増える仕組みが組み込まれています。CDに封入された握手券や投票券は、その代表的な形でした。何枚買ったかが、そのまま応援の量に変換される設計です。

この設計は、市場が拡大している間はうまく回ります。ただ、参加者が増えて言葉が一般化すると、条件が変わります。応援の熱量よりも支出額が可視化される仕組みは、続けられる人を選別することになるからです。長く続けたい人ほど、途中で降りざるをえなくなります。

ここからは私の見立てです。今後の変化は、金額と貢献度を切り離す方向に進むのではないかと考えています。回数や金額ではなく、参加そのものが記録される形。そして、離れた人が後から戻れる設計。推す側が疲弊しない仕組みを作らないと、市場の側が先に痩せていきます。

送り手の中にも、過熱を望んでいない人がいます。もっと気軽に楽しんでほしい、という言い方をされることがあります。応援の量を競わせる仕組みを作った側と、競争を望んでいない側が、同じ業界の中に同居している状態です。ここがどう解けるかが、次の10年の分かれ目になりそうです。

よくある疑問

Q:推しがいないのは、何かが足りないということなのでしょうか。

A:いいえ。推しは、好きになった結果として生まれるものであって、先に持っておくべきものではありません。パナソニックの調査では、推し活をしていると答えた人は約5人に1人です。多数派ではありません。

Q:推し活にお金を使いすぎている気がします。どこからが使いすぎでしょうか。

A:金額そのものより、生活に支障が出ているかどうかで見てください。家賃や食費を削っている、支出を家族に隠している、次の出費の当てがないのに参加を決めている。このいずれかが起きているなら、金額の大小にかかわらず一度立ち止まるタイミングです。

Q:推しがいると、なぜ仕事も頑張れるのでしょうか。

A:予定が先に決まるからです。この日のライブに行くと決めると、そこまでの時間の使い方が逆算されます。目標が自分の外側にあるので、気分に左右されにくいという利点もあります。

Q:推しが卒業したり解散したりすると、なぜあれほど喪失感があるのでしょうか。

A:進んでいる感覚と、貢献の実感と、自分を説明する言葉を、同時に失うからです。1つではなく3つ抜けるので、想像より大きく感じます。時間はかかりますが、これは自然な反応です。

自分の推し活を点検するための問い

最後に、判断の基準を3つ置いておきます。

まず、いま返ってきているのは一体感でしょうか、それとも責任感でしょうか。自分が支えなければという気持ちが前に出ているなら、続けることが苦しくなりやすい局面にいます。

次に、推していることを人に話すとき、楽しさから話しているでしょうか、それとも会話を成立させるために話しているでしょうか。後者なら、その推しは自己紹介の道具として働いています。それが悪いわけではありませんが、疲れの原因になっていることがあります。

そして、推しの時間だけが進んでいて、自分の時間が止まっていないでしょうか。推しから受け取っているものが、見るだけの時間なのか、自分の生活に持ち帰れる何かなのか。ここが分かれ目です。真似したい手つきや姿勢が一つでもあるなら、その部分は自分の側に残ります。

なお、推し活に関する不安が2週間以上続いていたり、金銭のことで眠れない日が続いていたりする場合は、この記事の範囲を超えています。支出の問題であれば消費生活センター、気持ちの落ち込みが続くのであれば医療の領域なので、専門家に相談することを検討してみてください。

あなたが推しから受け取っているものは、この3つのうちどれでしょうか。

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