電子ドラムを叩いていて、音がまとまらないと感じることがあります。スネアが薄い。キックが埋もれる。ハイハットだけが耳に刺さる。パーツを単体で聞くと悪くないのに、同時に鳴らすとちぐはぐになる。
こうなったときに世の中で言われている答えは、だいたい3つです。イコライザーで帯域を整理する。音源をパソコンのソフトに差し替える。パッドやシンバルを上位機に買い替える。どれも効果はあります。
ただ、その3つに進む手前で、確かめておくことがあります。この記事が立てる問いはひとつです。まとまらないのは、本当に音色の問題なのでしょうか。
パッドを1つずつ叩いて合わせた音量は、同時に鳴らした瞬間に崩れる
音作りを始めるとき、たいていはパッドを1つずつ叩きます。スネアを叩いて、大きすぎないかを確かめる。次にキックを叩いて、同じように確かめる。全部のパッドを順に回って、それぞれがちょうど良い音量になるまで直していきます。
この手順は、途中までは正しく進みます。1つずつ聞いている限り、どのパッドも適正に鳴っているからです。
崩れるのは、同時に鳴らした瞬間です。8ビートを叩けば、キックとスネアとハイハットが重なって耳に届きます。単独では聞こえていた音が、重なると聞こえなくなる。単独では控えめだった音が、重なると前に出てくる。1つずつ合わせたはずのバランスは、そこで一度まるごと無効になります。
低い音は高い音を覆い、音量を上げるほど覆う範囲が広がる
なぜ重なると変わるのか。その理由は音源の側ではなく、聞いている耳の側にあります。
2つの音が同時に鳴ると、片方がもう片方を聞こえなくすることがあり、これをマスキングと呼びます。そしてこの打ち消し合いは対等ではなく、低い音が高い音を覆う効果のほうが強く出ます。逆に高い音が低い音を覆う効果は、それほど顕著ではないことが知られています。
さらに厄介なのは、覆う範囲が音量によって変わることです。覆う側の音が50デシベルから80デシベルへ上がると、影響はより高い周波数まで広がっていきます。これは上方拡散マスキングと呼ばれる性質です。
だからキックが埋もれて聞こえるときに、キックの音量を上げても解決しないことがあります。上げたキックが覆う範囲を広げ、今度はハイハットやシンバルが引っ込む。片方を上げ、もう片方を下げる往復がいつまでも終わらないのは、これが起きているときです。
全体の音量が変わると、同じ設定でも音色が変わって聞こえる
音量には、もうひとつ見落とされやすい性質があります。全体の音量が変わると、聞こえ方の比率そのものが変わります。
人が感じる音の大きさは、周波数によって違います。同じ音圧でも、低い音は小さく聞こえ、中域は大きく聞こえる。この関係を曲線にしたものが等ラウドネス曲線です。1933年にベル研究所のハーヴェイ・フレッチャーとウィルデン・マンソンが最初の測定を発表し、その後ISO 226として国際規格になり、2003年に約40年ぶりの全面改訂を受けています。
重要なのは、この曲線が音圧レベルごとに違う形をしていることです。つまりヘッドホンの音量を上げ下げすると、低域と高域の出方の比率が動きます。音源側を何も触っていないのに、音色が変わったように聞こえる。音作りの最中にヘッドホンの音量を動かしてはいけないのは、これが理由です。
作業に入る前にヘッドホンの音量をいつもの位置に固定し、その日のあいだは二度と動かさないでください。動かした時点で、それまでに決めた値は全部その音量を前提にしたものになります。
基準にするのは、自分の手がいちばん強さを覚えているパーツである
では、どのパーツから合わせるのか。ここで、よく紹介されている手順とは分かれます。
録音した音をパソコンで混ぜる作業では、キックを基準にするのが定石とされています。音圧があり、演奏中の音量変化が少なく、音色も安定している。メーターで数値を見ながら決められるので、基準として扱いやすいわけです。
ただ、電子ドラム本体の音量合わせには、見るべきメーターがありません。判断しているのは自分の耳で、音を出しているのも自分の手です。ここからは私の解釈になりますが、この状況で基準に向くのは、自分がいちばん同じ強さを再現できるパーツだと考えています。手で直接叩き、力の加減を最も細かく覚えているという意味で、多くの人にとってそれはスネアになります。
やること自体は単純で、スネアを中くらいの強さで叩き、その音がヘッドホンでちょうど良く前に出る位置に合わせるだけです。ここで決めた値は、以後いっさい動かしません。残りのパーツは全部、この1つに寄せていきます。
単独で大きく感じるパーツほど、演奏の中では控えめが合う
基準が決まったら、あとは残りのパーツを順に足していきます。守ることは1つだけです。単発で叩いて合わせず、必ず演奏の形にしてから判断してください。
キックは8ビートの中で合わせます。ハイハットは、そのビートに刻みを入れてから下げていく。タムはフィルを回して、スネアと同じくらいの存在感になる位置を探す。クラッシュは曲の流れの中でアクセントとして叩き、ライドは刻んで確かめる。
そのうえで、単発だと大きく感じるパーツほど、演奏の中では控えめが正解になります。クラッシュとハイハットが典型です。1発だけ聞けばちょうど良い音量でも、8分で刻み続けると耳に刺さる。鳴っている時間が長いパーツほど、単発での印象と演奏中の印象が離れていきます。
20分叩き続けた耳は、最初の20分と同じ音量を選ばない
作業が長引くほど判断はずれていきますが、その原因は設定ではなく耳のほうにあります。
大きな音を浴び続けると内耳の細胞が一時的に感度を落とし、これを一時的閾値上昇と呼びます。85デシベルを超える音を長時間聞いたあとは、元に戻るまで1日から2日かかることもあると報告されています。ドラムの音量は、この水準を簡単に超えます。
自覚しにくいのが厄介なところで、聞こえにくくなったとは気づかないまま、物足りない感じだけが残ります。そこで音量を上げると、疲れた耳の状態がそのまま設定に焼き付きます。15分から20分で一度離れ、戻って叩いた第一印象を採るほうが確実です。
なお、耳鳴りや詰まった感じが休んでも残るようであれば、それはこの記事の話ではありません。聴力に関わる領域なので、耳鼻科での相談を検討してみてください。
この手順のコストを、正直に書いておく
この方法には、はっきりした欠点があります。とにかく時間がかかることです。
1つずつ叩いて回れば10分で終わる作業が、演奏の文脈で確かめると1時間近くかかります。しかも途中で耳を休ませるので、1回の練習では終わらないこともあります。プリセットのキットをそのまま使うなら、この時間はまるごと不要です。
もう1つ、この手順は好みの音を作ってくれません。決まるのはバランスだけで、音色そのものは何ひとつ変わっていない。太さや派手さを求めていた人には、地味な作業に見えるはずです。それでも先にやる価値があるのは、バランスが崩れたまま音色を触ると、どちらが効いたのかを判定できなくなるからです。
判断基準は、いま動かした値が音量なのか音色なのか
作業中に迷ったら、確かめることは1つです。いま動かした値は、音量を変えるものか、音色を変えるものか。
音量に属するのは、パッドごとの音量と、ヘッドホンの音量です。音色に属するのは、Decay、チューニング、イコライザー、コンプレッサーといったものになります。この2つを同じ回に動かすと、変化がどちらから来たのかが分からなくなります。
だから順番を固定します。音量だけを動かし、決まったところで一度キットを保存する。基準キットとして名前をつけておけば、あとで分からなくなっても必ずそこへ戻れます。音色に手をつけるのは、その保存が済んでからです。
TD-50Xの場合、パッドごとの音量やイコライザーはミキサーの中にまとまっていて、キットごとに保存されます。画面の名前は機種によって違いますが、パッドごとの音量が並ぶ画面は、どの音源にもあります。
よくある疑問
Q:スネアではなくキックを基準にしてはいけないのでしょうか。
A:いけないわけではありません。録音した音を混ぜる作業では、むしろキックのほうが基準に向いています。ただ叩きながら合わせる場合は、自分が同じ強さを再現しやすいパーツのほうが基準として安定します。足のほうが正確だという方は、キックを基準にして構いません。
Q:音量を合わせても薄いままだったら、次は何を触ればいいのでしょうか。
A:音量が決まったあとに残っている薄さは、音色の側の問題です。そこで初めてDecayやイコライザーに進みます。順番を逆にしていなければ、どちらが効いたのかは判別できます。
Q:パソコンのソフト音源で鳴らす場合も、この順番は同じでしょうか。
A:同じです。鳴らしている中身が変わっても、同時に鳴ったときにマスキングが起きることと、耳が疲れることは変わりません。ソフト音源側のミキサーで、同じ手順を踏むことになります。
まとめ
電子ドラムの音がまとまらないとき、原因が音色ではなく音量にあることは少なくありません。パッドを1つずつ叩いて合わせた値は、同時に鳴らした瞬間に崩れます。低い音が高い音を覆い、全体の音量が変われば聞こえ方の比率まで動くからです。
やること自体は難しくありません。ヘッドホンの音量を固定する。スネアを基準に決めて動かさない。残りは演奏の形にしてから合わせる。20分で一度離れる。決まったらキットを保存する。
音色を触るのは、そのあとです。この順番を守っていれば、次にどこを直せばいいかが毎回はっきりします。
まずはスネアだけを中くらいの強さで叩いて、ヘッドホンでちょうど良い位置を探すところから始めてみてはいかがでしょうか。そこが決まれば、あとは全部そこに寄せていくだけです。






