研修をやりました。相談窓口も作りました。方針も社長名義で出しました。それでも半年後に、また似た相談が上がってきます。
よく言われる原因は、だいたい3つです。本人に自覚がない。何がハラスメントに当たるのかを知らない。職場の風通しが悪い。どれも実際に起きていることです。
ただ、この3つでは説明がつかない会社があります。自覚を促す研修を毎年やっていて、窓口も機能していて、それでも同じ部署から同じ種類の相談が出てきます。ハラスメントがなくならない場所は、たいてい会社の中で局所的です。この記事が立てる問いは一つです。その部署では、厳しくやった人が、どう扱われているのでしょうか。
対策をしていない会社のほうが、いまは珍しい
厚生労働省が2024年5月に公表した令和5年度の実態調査があります。全国の従業員30人以上の企業を対象にした調査で、有効回答は7,780件でした。
パワーハラスメント(パワハラ)の予防や解決のための取組をしていると答えた企業は、95.2%です。
取組の中身も出ています。最も多いのは相談窓口の設置と周知で86.0%、次が方針の明確化と周知啓発で82.6%でした。就業規則への規定、社内広報への掲載、従業員向けの研修が、この2番目に含まれます。
つまり、この記事を読んでいる方の会社でも、たいていは実施済みです。ですから、何もやっていないからハラスメントがなくならない、という説明はもう使えません。
禁じられているのは言い方であって、求められている成果ではない
社内規程のハラスメントの項目を開いてみてください。並んでいるのは言動です。
大声で怒鳴らない。人格を否定しない。他の社員の前で長時間叱責しない。実行できない量の仕事を意図的に割り当てない。
どれも必要な条項で、ここに異論はありません。
一方で、同じ会社の目標管理シートを開くと、そちらは何も変わっていません。前年比の数字も、四半期の締め切りも去年のままで、部長が達成しなければならない水準は、規程が増えても1円も下がりません。
やり方だけが制限されて、出すべきものは同じ。この状態に置かれた管理職が何を選ぶか、という話になります。
厳しくやった人が、いちばん数字を出している
職場のいじめを扱った研究に、Denise Salin が2003年に Human Relations 誌へ発表したレビューがあります。56巻10号の1213頁から1232頁に収録されているものです。
この論文は、職場のいじめが起きる条件を3つに分類しています。可能にする構造、動機づける構造、引き金になる出来事の3つです。
このうち動機づける構造として挙げられているのが、社内の競争、報酬制度、そして期待される利益でした。
言い換えると、いじめは性格の問題としてだけ起きるのではなく、その組織でそれをやると得をする状態があるときに起きやすい、という整理になります。
ここからは私の解釈です。この研究は職場のいじめ全般を扱ったレビューであり、日本企業のハラスメント対策を検証したものではありません。両者を並べて比較した研究があるわけでもありません。ただ、動機づける構造という視点は、日本で語られる対策の議論からきれいに抜け落ちています。
私がこれまで関わってきた会社で、ハラスメント的な事象が続いたところには共通点がありました。どこも推進力の強い会社だったことです。数字への意識が高く、決めたら早く動き、達成すれば正しく報われます。悪い会社ではありません。むしろ、業績だけを見れば良い会社に分類されます。
そういう会社で対策の相談が始まると、議題に上がるのは規程と研修と窓口です。評価制度の話は、一度も出てきませんでした。
理由は、担当が違うからです。ハラスメント対策はコンプライアンスや総務が持ち、評価制度は人事が持ちます。2つは別の会議で、別の時期に、別の目的で動いています。誰かが握りつぶしているのではなく、最初から同じ机に載りません。
相談窓口は、起きた後にしか動かない
ここで、対策の置かれている位置を確認しておきます。
相談窓口は、事象が起きた後に動く仕組みです。方針の周知と研修は、行為者の認識に働きかける仕組みです。
どちらも必要ですが、どちらも、上司が今月どうやって数字を作るかには触れていません。
同じ調査に、その結果と読める数字があります。過去3年間にパワハラの相談があったと答えた企業は64.2%で、3年前の調査の48.2%から増えました。
そして相談件数の推移を聞くと、最も多い回答は「件数は変わらない」で30.2%です。次が「増減は分からない」で28.4%、「減少している」は21.8%でした。
95.2%が取り組んでいて、減ったと答えた企業は5社に1社にとどまります。
ルールを足すと、必要な指導まで止まる
対策を厚くしていくと、途中から別の現象が出てきます。訴えられることを恐れて、部下に何も言わない管理職が現れます。
これは対策の失敗ではなく、同じ構造の裏側です。
言い方は制限された。しかし、達成すべき数字は据え置かれています。この2つを同時に満たす方法を、誰も渡していません。
そうなると、管理職に残る選択肢は2つです。制限を無視して従来どおりやるか、何も言わずに自分で巻き取るかのどちらかになります。前者を選べばハラスメントの相談になり、後者を選べば管理職本人が潰れます。
どちらの結末も、規程の量を増やせば増やすほど起こりやすくなります。禁止事項が細かくなるほど、迷ったときに何も言わないほうが安全になるからです。
ハラスメントを受けたと答えた人の割合は、実際に下がっている
公平を期すために、逆側も書きます。
同じ調査で、過去3年間にパワハラを受けたと答えた労働者の割合は19.3%でした。3年前の同じ調査では31.4%だったので、実数として下がっています。
ですから、これまでの対策が無意味だったとは書けません。方針の明確化も、窓口の設置も、研修も、明らかに何かを動かしています。ここを否定する意図はありません。
私が書いているのは、その先で止まっている会社の話です。一通りやったのに、特定の部署だけ変わらない。その状態を説明するのに、意識と風土だけでは足りない、という範囲に限られます。
数字が下がったことと、下がりきらない部分が残ることは、両立します。
判断基準は、去年いちばん評価された人がどうやって数字を作ったかである
明日から確かめられる形にすると、やることは2つです。
1つ目は、直近1年で昇格した人と表彰された人を思い浮かべることです。
その人が、どうやってその成果を作ったのかを具体的に確かめてください。長時間の巻き取りだったのか、部下への強い要求だったのか、それとも仕組みを変えたからなのか。前の2つが混じっているなら、会社は今もその方法に報酬を払っています。研修で何を言っても、その事実のほうが強く伝わります。
2つ目は、相談が出た部署の今期の目標を読むことです。
その目標が、去年と同じ方法でしか届かない水準に置かれていないかを見てください。人員も、期限も、権限も変わらないまま数字だけが上がっているなら、上司に残された手段は部下への圧力だけになります。
この2つは、規程を1行も書き換えずに確かめられます。そして確かめた結果は、たいてい経営会議の議題になります。
よくある疑問
Q:厳しい指導をやめたら、成果が落ちるのではないでしょうか。
A:言い方だけを禁じて、目標も人員もそのままにした場合は落ちます。落ちるのは指導をやめたからではなく、それまでの成果が圧力で作られていて、代わりの方法を用意しなかったからです。代わりの方法とは、目標の水準を実態に合わせるか、人を増やすか、やらない仕事を決めるかのいずれかになります。
Q:それは、目標を下げろということでしょうか。
A:そうではありません。確かめてほしいのは、いまの目標に到達する方法が、圧力以外に存在するかどうかです。存在するなら目標は下げなくてよく、その方法を明示して評価に載せる作業が残ります。存在しないなら、目標か資源のどちらかを動かす必要があります。
Q:意識を変える研修は無駄でしょうか。
A:無駄ではありません。研修は、何がハラスメントに当たるかの線を揃える役割を果たします。ただし研修が扱えるのは行為者の認識までです。その人が置かれている評価の条件は、研修では動きません。2つは別の担当者が別の会議で扱うものなので、片方だけが進んでいる状態になりやすいと考えられます。
ハラスメントは、やり方を禁じても、評価が変わらなければ残る
ハラスメント対策として整備されているものは、ほとんどが言動と認識に向いています。禁じる。教える。起きたら受け付ける。
一方で、その言動を選ばせている条件のほうは、対策の担当範囲に入っていません。目標の水準も、評価の基準も、人事制度の側にあるからです。
だから、対策を厚くしてもハラスメントがなくならない部署が残ります。禁じられた方法の周辺で、少しだけ形を変えたものが続きます。
規程を1行増やすより先に、見るべき書類があります。いま、あなたの会社でいちばん評価されている人は、どうやってその成果を作ったのでしょうか。


